ファンタジーもボーイミーツガールも全部入り


さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい。明るく楽しい冒険活劇だよー!
そう劇場の入り口で呼び込みしたくなるぐらい、細田守監督の劇場アニメ最新作『バケモノの子』は、堂々とした冒険活劇です。エンタメ度や作画のリッチさを数値化できるなら『天空の城ラピュタ』にも肩を並べるはず。
チケットのお値段以上の満腹感を持ち帰れることは保証付き。

両親が離婚して母とも死別した9歳の少年。無神経な親戚の手を逃れ、渋谷でバケモノの格闘家・熊徹と出会い、その背中を追ってバケモノ界に迷い込む。そこで熊徹に九太と名付けられ、奇妙な共同生活と親子のような関係が始まり……。ひとりぼっちの少年が「バケモノの子」になるあらすじには、理解につまずくところが一つもなし。

様々なお店や通行人、坂道だらけで起伏ある地形も、日本をギュッと詰め込んだような渋谷の街。
そんなディテールまで描かれた箱庭から、まるで9と4/3番線ホームのように異空間に通じた路地を抜けると、そこはバケモノの棲む「渋天街」。
雑然とした中に活気も溢れスケール感ある渋天街は、昔の日本の懐かしさもありヨーロッパの街並みのようでもあり、久々の冒険アニメだなあ!という劇場大作の風格あり。『千と千尋の神隠し』の異形で賑わうワクワク感が再びです。

バケモノといっても「ケモノが服を着て歩いてる」程度で、お子様連れのご家族にも安心。熊徹に卵かけご飯を出されて、九太が生臭いと反抗するのも「異文化の中で暮らす疎外感」ではなく大人と現代っ子の世代差ぐらいのさじ加減。ちょっと田舎の親戚の家にホームステイする感覚ですね。

最近の漫画では避けられがちな修行を楽しめるひと時に仕上げているのも、細田アニメのスゴさ。師匠が弟子に技を「教える」のではなく「盗む」真髄を、熊徹と九太の動きのシンクロでコミカルに表現。それは我流で強くなった熊徹が「教える」ことの学ぶや、擬似親子関係の深まりでもあります。

やがて17歳に成長した九太は「2つの世界」を行ったり来たり、ボーイミーツガールもあります。人間の17歳なりに悩みも抱えつつ、「2つの世界」を繋いで揺るがす事件も起こります。まだ劇場に行ってない人は急げ!

「父親役」として信用されてない熊徹


細田守監督の前作『おおかみこどもの雨と雪』は「遺体(狼)が清掃車に回収」で妻が夫の死をダイナミックに乗り越えた一方でスペクタクル控えめでしたが、今回は映像の快楽に振り切った景気の良さです。
テーマパークに行って全力でもてなされる心地よさ。
スタッフは笑顔で接してくれて、道もチリ一つなく掃除されている。観客はゲストなんだ……。

あれ?映画ってそういう他人行儀なもんだっけ? 
完璧な笑顔ほど不自然なものはありません。細田監督、実は誰も信用してないんじゃないか?
 まず、九太の父親役が多すぎ!とは他の人達のレビューでも指摘されているところ。熊徹の悪友である僧侶の百秋坊は優しさ担当、猿顔の多々良は憎まれ口を叩きながらも世話見の良い保父のような役回り。

この二人、映画で見る限りは(小説版で補完されてるかもですが)九太の世話以外は何も仕事をしていない。
いつも熊徹の周りをうろついていて、九太にベッタリ。つまり仕事は「九太の父親」。熊徹だけでは父親役を安心して任せられない……と神様である細田監督の声が聞こえるようです。

その上にバケモノ界の頂点にいる宗師が、九太の後見人をするおじいちゃんポジション。家族一人ひとりの役割がいまいち見えなかった『サマーウォーズ』以上に「家族」してます。
人間界に戻れば、実の父親など「親」役は増えるばかり。
現実の親子はケンカしたり不信に捕らわて疎遠になることもありますが、それも「親子関係」を占める大事な時間。熊徹には、そんな迷走の自由さえも(少なくとも九太が幼いうちは)許されていません。

観客も、自分のクリエィティブも信用しない細田監督


信用されてないのは、僕ら観客もそう。冒頭にナレーションでバケモノ界と人間界の関係、熊徹が弟子を取らないと宗師の後継者になれない事情まで、セリフで一から十まで説明ばっちり。熊徹が慣れない子供に戸惑ってること、弟子から学びつつあること、九太が人間的に成長したことも百秋坊や多々良が口に出します

そんなのは画面を見れば分かります。作り込まれた絵や実力ある声優・俳優の演技からしっかりと。なのになぜ、「言わないと分からない」表現力不足の作品と同じ振る舞いを?

そんなに観客の理解力が信用できないんでしょうか、細田監督。
 
細田監督の「誰も信用しない」態度は平等に徹底しています。ご自身のクリエイティビティのほとばしりに対しても。
クライマックス、ネタバレ防止のために話はボカしておくと、とんでもない破局の兆しが現れます。大量の群衆をCGで描くミクロ視点から、はるか上空から俯瞰するマクロ視点のカメラが捉える巨大な影……劇場版『デジモンアドベンチャー』以来の、細田守の怪獣映画だ!!
見たこともない“怪獣”の描写に胸は高鳴ります。が、怪獣につきものの災厄は……。すべてのキャラに救いの手を差し伸べるために犠牲者を出せない事情はよーく分かります。が、そこでブレーキかけるのか。狂気も破壊もルサンチマンも一人で爆発させられるSFX声優・宮野真守さんがもったいない。

次回作は「オマツリ男爵」モードの細田アニメが観たい!


細田監督が自分を、観客を、キャラを最も信用していた最後の劇場アニメは『ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島』でしょう。制作されたのは、幻の細田版『ハウルの動く城』がご破算になった直後のこと。
後半で仲間を一人、また一人失って絶望のどん底に落とされるルフィは、慣れないジブリで仲間を集めたのに、全てを失った細田監督の姿にかぶります。海賊の仲間を奪うのが楽しみだと暗い愉悦にひたり、ルフィの全身を串刺しにするオマツリ男爵もまた細田守。かわいい幼女に励まされて逆転の一撃を放つ頼りないお父さんも監督……の願望?

『オマツリ男爵』はワンピースの歴代映画の中でも下から数えた方が早い興行成績でした。ルフィを精神的に追い詰めるオマツリ男爵の陰険さや絵作りがホラーすぎるし、最終決戦では映画オリジナルの新しい仲間が助けてくれた…では、「いつもの仲良し麦わら海賊団」を見に来たご家族連れに、そりゃあソッポを向かれます。
「オマツリ男爵」では、細田監督はお客さんを信用していました。「ハウル」が破局に終わった傷心の胸の内をさらけ出すほどに。でも、商業的には報われず、それ以降は完璧な笑顔の向こうで心を閉ざしたのではないでしょうか。ちょうどオマツリ男爵が、序盤でルフィ達を華々しくもてなしたように。

公開初日の『バケモノの子』の興行収入は、前作「おおかみこども」の対比162%、およそ6割増しだったとのこと。細田監督は家族で見にいける、国民的アニメ映画の代名詞になりつつあるわけです。次回作では、もうちょっとキャラも観客も信用して、ご自分の中の闇をさらけ出してもいいんじゃないですかね。
(多根清史)

『バケモノの子』キャスト、スタッフ、主題歌


■キャスト
役所広司 / 宮崎あおい 染谷将太
広瀬すず / 山路和弘 宮野真守 山口勝平
長塚圭史 麻生久美子 黒木華 諸星すみれ 大野百花 / 津川雅彦
リリー・フランキー 大泉洋

■主題歌
Mr.Children「Starting Over」(TOY'S FACTORY)

■スタッフ
監督・脚本・原作:細田守 作画監督:山下高明 西田達三 美術監督:大森崇 高松洋平 西川洋一 音楽:高木正勝 企画・制作:スタジオ地図

『バケモノの子』動画は下記サイトで配信中


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