アニメ映画「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」が8月18日から公開している。ズラーッと並んだ名前を見ると、否応なく期待を煽られる。

制作は「化物語」で知られるシャフト、プロデューサーは「君の名は。」を作り上げた川村元気、脚本は「モテキ」「バクマン。」など数々のヒット作を飛ばした大根仁(小説版)。主題歌は10~20代の心をバッチリ掴む米津玄師。
「君の名は。」の爆発的なヒットも記憶に新しい中、制作スケジュールの遅れなどやや懸念点はあったものの、まぎれもなく“今夏の青春映画”の大本命……だった。
「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」どうしてこうなってしまったか? 誰が観るべきか?
小説版はもうちょっと素直でわかりやすいです

岩井俊二ファンは見ると頭を抱えるかも


まず初めに言っておくと、この映画(以下、映画版)をできれば見ないほうがいい人たちがいる。その筆頭になるのが岩井俊二ファンだ。
本作は1993年に放送されたドラマを原作にしている(以後、このドラマを岩井版と書きます)。「If もしも」というシリーズで、「もしも、こっちを選んでいたら」をテーマに、AエンディングとBエンディングを描く。
岩井俊二が担当した16話が「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」だ。
ちょっと不思議なタイトルだが、シリーズの他のタイトルを見るとわかりやすい。「結婚するなら金持ちの女かなじみの女か」(1話)「彼女がすわるのは左のイスか右のイスか」(2話)など、「○○、~か? ~か?」という形式で、AとBの分岐を表現している。
岩井版もそのテンプレートにのっとっている。千葉の田舎町で暮らし「花火って横から見たら丸いのか? 平べったいのか?」なんて他愛もない疑問を抱く小学生男子たちと、謎めいた超絶美少女なずなのある夏の1日。少年たちは花火を「下から見る」Aエンディングと、「横から見ようとする」Bエンディングを迎える。

とにかくエモい。映画フィルム風の加工を映像に施しているため、ノスタルジーがガンガンにかきたてられる。そしてなずなを演じる奥菜恵の魔性っぷりに打ちのめされる。なずなは小学生男子を振り回すだけ振り回し、彼女にしかわからない苛立ちや納得を経て、少年たちの前から去っていく。どんな「もしも」があったって女の子が考えていることなんて小学生男子にはわかりっこないのだ(このオタクっぽい語りはできれば早口で読んでください)。

これらのコンセプト・エモさ・わからなさは、映画版からはほとんどなくなっている。
キャラクターの設定は小学6年生から中学1年生に成長。時代背景はあいまいになり、奥菜恵はシャフト的美少女になった。「もしも」は何度も繰り返すことになり、世界を変化させるために「もしも玉」という謎アイテムが登場。なずなは作中、自分の不安な心を主人公の典道に明かす。
岩井版を愛している岩井俊二好き好きボーイズに感想を聞いてみたところ、「『もしも玉』を使って、この映画を見ないことを選んだ世界に行きたい」とうつろな瞳でつぶやいていた。あなたが岩井版を好きであればあるほど、アニメ版を見に行かないほうがいい(もしかしたら一周まわって「これもまたよし」となるかもしれないけど)。
それよりも先日出たばかりのBlu-ray BOXを見て「は~、奥菜恵の首に這い回るアリになりたい」と夢に浸るのがいいです。

「君の名は。」を期待するのは筋違い、とはいえシャフトファンも……


「今年の『君の名は。』だ!」と見に行くのもオススメできない。
「繰り返す夏休みの1日、何度でも君に恋をする」というキーフレーズは、奇跡の力で“やり直し”を果たす「君の名は。」と重なるところがある。ただ「打ち上げ花火」が変える未来は、「好きな女の子が後味悪く転校してしまう」というもの。あくまでも“きみとぼくの物語”であり、もちろん個人的な大事件ではあるんだけど、去年のスケール感を期待するものではない。ティーン向けの映画で推されがちな「感動」「泣ける」映画でもない。

そもそも「打ち上げ花火」アニメ化の企画は、「君の名は。」より前に始まっていた。公開日が前後したのは偶然だ。ここまで比べられて、制作陣は苦笑いしているんじゃなかろうか。

じゃあこのアニメ映画、誰が見に行くといいのか?
シャフトファン……と言いたいところだが、今回はシャフトという制作会社が持つ特徴が、物語とやや噛み合っていない。主人公の典道がなずなと一緒にいる未来を掴もうと「もしも」を選択するたびに、世界では“明らかにおかしい”ことが発生するのだが、最初の世界の時点でシャフトっぽい背景美術なので、違いがよくわからなくなっているのだ。
もっとがつーんとおかしな世界にしてくれると、「もしも」の繰り返しもわかりやすくて親切だったし、シャフトの美術の魅力も炸裂していたような気がする。
その一方で、大根仁による小説版ではわかりやすかった部分が、めっちゃミステリーのように表現されているために、一見だと解釈しづらいシーンも増えている。「そこはもっと素直に作ってもよかったのでは」とも思ってしまう。
「知る人ぞ知る名作を、最高の布陣で現代によみがえらせたい。できればたくさんの人に見られる作品にしたい」――そんな気負いが、かえってちぐはぐな作品を作り上げてしまった印象だ。

広瀬すずはめっちゃいい


手放しで「よかった!」と言えるところはある。米津玄師の主題歌と、なずなを演じた広瀬すずだ。
浴衣を脱いで白のワンピースに着替え、ちょっとハスキーな声で、「ママのビッチの血を引いてる」なんて言う中学校1年生の女の子。ふわふわと夢を語り、でもどこかでシビアな現実を見てる。
奥菜恵のなずなとは全然違うけれど、違った方向で人生を狂わす女の子を、広瀬すずはきちんと作り上げている。こんなのに多感な中学生が出会ったら、そのあとの人生で女性の好みがハチャメチャになってしまう。なってほしい。
本来なら人を選ぶ作品をこれだけの大規模で展開するのは、世の少年少女を(過去の自分たちのように)ハチャメチャにしたいという陰謀なんだと思うと納得できます。
(青柳美帆子)

「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」動画は下記サイトで配信中


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「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」キャスト、スタッフ、主題歌


監督:新房昭之 、 武内宣之
脚本:大根仁
原作者:岩井俊二
音楽:神前暁
声の出演:広瀬すず、菅田将暉、宮野真守 、浅沼晋太郎、豊永利行、梶裕貴、三木眞一郎、花澤香菜、櫻井孝宏、根谷美智子

主題歌:DAOKO × 米津玄師『打上花火』