「ミューズの鏡」は、ヒットメーカー福田雄一が脚本、演出を担当している演劇ド根性コメディ。
さしこ演じる貧乏な少女・向田マキがふとしたきかっけで、名優・沖田竜に見出され、演技の真髄を直伝されることになる。
さしこを女優として鍛え上げる沖田竜を演じている俳優は、池田成志。そのあまりにも劇画タッチなルックスと、デカイ動作と台詞回しで、マキに演技のなんたるかを教える様は、感動的なまでの爆笑を生み出す。
だがしかし、あまりに超絶過ぎる存在感が、むしろ胡散臭い。
もちろん、そういうドラマなんだとはわかってはいる。
うん、わかってるけど、でも、このドラマでさしこが演技を学ぶ役を演じることで、彼女自身の演技的成長も期待されているはずなのだ。
崇高なる演劇への思いが肥大化することで笑いになってしまっている沖田の教えを聞いて、さしこは実際ちゃんと女優として成長できるのだろうか? とまったく筋違いな心配をしてしまう。
沖田役の池田成志とは何者なのか?
彼は信用できるのか?
不安な方に朗報。
池田成志が目下、リアルに舞台出演中。
この舞台を観れば、彼の真髄がわかるだろう。
池田成志が出演している舞台は、日本演劇界の宝のひとりである野田秀樹作品「THE BEE」である。
コトバとカラダを思いっきり使った表現、紙や鉛筆や割り箸などを他のものに見立てる想像力など、彼の舞台を観ることで感性が磨かれていくような気がする。
深津絵里、宮沢りえなども野田の舞台に出演したことで演技力を高め、花開いていった。向田マキにも観てほしい。向田マキにも野田秀樹に師事してほしい(それじゃ、沖田の立ち場がないけれども)。
「THE BEE」は、復讐の連鎖について問題を投げかける問題作。
脱獄犯に妻子を人質にとられてしまったサラリーマンが、仕返しに脱獄犯の妻子の家に立て篭る。目には目を歯には歯を、とばかりにサラリーマンの人質母子への仕打ちはどんどんエスカレートしていく。その人間の業の凄まじさに目を覆いたくなるばかり。
サラリーマン役は野田秀樹。脱獄犯の妻は宮沢りえ。
池田成志が演じているのは、この事件の捜査を担当する警部。
トレンチコートにソフト帽姿の彼には、ふと出てきただけで、昭和の刑事ドラマに出てきそうなリアリティーが漂う!
この警部、絶対、取り調べ室でカツ丼注文するんだろうな。
そんな背景までまざまざと見えてくる!
劇中出てくるのは、ソバだけど。それも、あるものをソバに見立てたものなのだが、池田がすすると圧倒的にソバなのだ。
なんて俳優なの、池田成志!
観ていて思わず、漫画的な集中線に囲まれながらモノローグしてしまった。
さらに、池田は、警部だけでなく事件現場に群がるマスコミのリポーターやサラリーマンが観るテレビの料理番組のシェフなどへと瞬時に変化していく。
野田演劇の面白さは、ひとりの人間が複数の役を演じるところにもあるのだ。
役が変わる時の、池田の変化の速さはとても鮮やか。
スピーディーな動きに心躍らされる一方で、後半の静かな静かな気配の演技にも魅入られる。
この変化のテクニック、演技の引き出しの豊かさを向田マキに学ばせたい。
野田秀樹は、池田のことを「パッと見からイヤなヤツに見えるのがいい」と誉めなのか、そうじゃないのかよくわからない感じに言っている。
「THE BEE」で池田が演じているのは、日本の警察――国家権力だったり、都合のいいとこしか報道しない乱暴なマスコミだったり、テレビの中で調子よく存在しているタレントシェフだったり、ちょっとイヤな感じの人たちばかり。
ただ、それをイヤな人ですよー、とわっかりやすく見せることよりも、そういうものだと思い込んでやっている無意識がコワイと思わせる。
そういう無意識は誰しもの心の中にあって、何の因果か事件に巻き込まれてしまったサラリーマンが、やられたらやり返すという反射神経を発揮しはじめ、次第に身を滅ぼしていく様は本当にコワイ。
向田マキにも、この人間真理の深さを学んでほしい。
また、野田秀樹は、池田のことを「言葉を大切に扱う」とも表している。
向田マキにも、言葉を大切にして相手役に気持ちが届く芝居を学んでほしい。
池田成志は、映画「GIRL」(東宝)でも主人公の勤める広告代理店の軽〜い感じの上司役を演じているが、本当は、めっちゃ頼りになる俳優なのだ。
これまでも、三谷幸喜や宮藤官九郎や劇団☆新感線の舞台などでも大変重要な役を演じてきた。福田雄一の舞台「モンティ・パイソンのスパマロット」にも出演している。
演劇出身俳優というと劇団に所属している人が多い中、いち早く劇団を辞めてフリーとして様々な舞台に出演してきた。流行り言葉を使ってしまえば、ノマド俳優の走りである(事務所には所属していらっしゃいますが)。
向田マキにも、あらゆる演出家に重用される女優になってほしい。
女優という点でいえば、宮沢りえにも学んでほしい。
彼女が惜しげもなく「女」の色気を発揮して、サラリーマンの気持ちを煽っていくことが、この作品の重要なトリガーとなっている。
「女」そのものであることは、とてつもなく哲学的なのだ。
向田マキに、それがわかる時は来るだろうか。
そんな宮沢りえのプライベート問題がリアルにマスコミに騒がれているが、劇中でも、妻子を脱獄囚に人質に取られたサラリーマンのところへマスコミが群がるシーンが出て来る。
なんたる偶然? 劇中劇の「ミューズの鏡」よりもメタ演劇度数が高いじゃないか。
野田秀樹、おそろしい作家……。
向田マキよ、こんな凄い作家と仕事している池田成志こと沖田竜に安心してついていってほしい。「ミューズの鏡」の今後がどんなになるのかさっぱりわからんけど。とにもかくにも、いい師匠に出会えて良かったね。
(木俣冬)