◆不思議な空気とちょっとだけ意外な結末
片岡義男が旺盛に小説を発表するようになってから、何年くらいだろうか。昔、片岡の小説を読んでいた世代からすれば、カムバックは喜ばしい限りだ。
だがいまふうの街の様子とは、まるで関係のない登場人物たち。たとえば冒頭の「ミッキーは谷中で六時三十分」。主人公はフリーランスで雑誌に文章を書いているライター。彼はある喫茶店に入る。コーヒーを飲みたいのかと自問するが「さほどでもない」という答えを抱えながら、喫茶店のドアを押す。宙(ちゅう)ぶらりんの気持ち。
店主は主人公に「なにしてんのよ、仕事は。今日は平日なのに」と語りかける。「なにもしてません」と答えると、「ほんとに、なにもしてないの?」と店主は畳み掛ける。
言葉遊びがある。それを特別視しない不思議な空気が流れている。そしてちょっとだけ意外な結末。堪能できる。
【書き手】
陣野 俊史
1961年長崎生まれ。文芸評論家、フランス文学者。ロック、ラップなどの音楽・文化論、現代日本文学をめぐる批評活動を行う。最新作に『戦争へ、文学へ 「その後」の戦争小説論』(集英社)。その他の著書に『フランス暴動 - 移民法とラップ・フランセ』『じゃがたら』(共に河出書房新社)、『フットボール・エクスプロージョン』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)など。
【初出メディア】
日本経済新聞 2014年6月11日
【書誌情報】
ミッキーは谷中で六時三十分著者:片岡 義男
出版社:講談社
装丁:単行本(259ページ)
発売日:2014-05-21
ISBN-10:4062187442
ISBN-13:978-4062187442