北朝鮮が黄江(ファンガン)ダムから韓国側への事前通告なしに放流を行ったことが、21日までに確認された。韓国政府は衛星画像の分析から放流を把握し、下流住民への避難を呼びかけた。

2009年には同ダムの無通告放流で韓国側の6人が死亡しており、防災協力の断絶を改めて印象づける出来事となった。

今回の放流は、北朝鮮南部を襲った豪雨への対応とみられる。北朝鮮メディアも事前に「災害性異常気象」への警戒を呼びかけ、農業や鉄道、電力部門に防災態勢の強化を指示していた。

金正恩政権は発足以来、「自然との戦い」を国家的課題として位置付けてきた。黄州―岐東水路など大規模な灌漑施設の建設、河川改修、ダム整備、植林事業などを相次いで進め、近年は国家災害危機管理体制の整備にも力を入れている。米国の北朝鮮専門サイト「38 North」なども、防災体制や災害管理能力は金正恩時代に一定の改善がみられると評価している。

その背景には苦い経験がある。2006年、2007年、2012年には豪雨による洪水で多数の死者・行方不明者が発生し、数十万人規模が住居を失った。農地や鉄道、鉱山施設も甚大な被害を受け、食糧事情をさらに悪化させた。

もっとも、防災対策の前進をもって「水害に強い国になった」と評価するのは早計だ。

世界銀行などは、自然災害への強さはダムや堤防だけではなく、所得水準、保険制度、金融システム、社会保障、医療、地方行政などを含めた社会全体の「レジリエンス(回復力)」によって決まると指摘する。高所得国ほど災害後の復旧が早く、人的被害も抑えられる傾向がある一方、低所得国では一度の洪水が長期的な貧困につながりやすいとされる。

その点、北朝鮮は構造的な弱点を抱えており、水害克服は独裁権力をもってしても「脱出の難しい試練」となっている。

国家は軍や党組織を総動員し、大規模な復旧工事を短期間で進める能力を持つ。しかし、住民一人ひとりの生活再建を支える災害保険や十分な社会保障、復興融資といった制度はほとんど存在しない。地方インフラの維持管理も慢性的な資材・資金不足に悩まされている。

国民の犠牲を「献身」として称揚する政治文化は、防災の本来の目的である「人命を守る」という発想とも必ずしも一致しない。被災地では復旧速度が政治的成果として重視される一方、人的被害や失政の検証は十分に行われない傾向がある。

今回の黄江ダム放流は、北朝鮮が一定の治水能力を維持していることを示す一方で、防災協力が途絶えた朝鮮半島の現実も浮き彫りにした。そして何より、洪水との戦いはダムを築けば終わるものではないことを改めて示している。

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