レビュー

「伝統」。普段、何気なく使われ、濫用されがちなこの概念が本質的にどんな意味を持ち、現代の個人にとってどんな意義を持つのか。

それが本書の主要テーマではあるのだが、単に「伝統」の危機や良さを語るのではなく、そもそも、なぜ「現代の個人にとっての伝統の意義」を考えるべきなのかといった、素朴かつ根源的な問いから探究するところに、本書の驚くべき濃密さと幅広さの要因がある。
古今東西の「伝統」をめぐる様々な知見から、目を背けたくなる歴史的事実、そして著者がフィールドとする「発酵」のめくるめく豊潤な世界まで。多彩な引き出しを開けながら深まっていく思考に、読者はまるで自分が微生物(菌)になって、「伝統」という底知れぬ堆積物に潜っていくかのように感じるのではないか。
潜った先に待つのが有益な「発酵」(伝統の活用)なのか、それとも有害な「腐敗」(伝統の忘却、衰退、あるいは誤用)なのか。味噌づくりすらしたことのない要約者には正直、見通せないけれど、本書がフォーカスする「小文字の伝統」の寛容さとポテンシャルの高さを思えば、自分なりに「伝統」と手を携えて、良い方向に進めるのではと希望を抱く。それは、新しいものを求めるデザイナーから「伝統」の担い手に転身した著者ならではの、ユニークで前向きな視点が与えてくれる意欲なのだろう。
本書は「小文字の伝統」が放つ芳醇な香気を堪能しながら、読み手それぞれが自身の「伝統との生き方」を探るための、格好の水先案内人である。

本書の要点

・日本の伝統は危機に瀕している。社会が長年放置してきた問題のツケに、今直面している。
・伝統の継承に必要なのは「血」ではなく、実際に「手」を動かし、蓄積された感覚や記憶を受け継ぐことだ。著者は伝統を、権威や排除につながる「大文字の伝統」と、弱者のアイデンティティを支え、多様な可能性を生む「小文字の伝統」に分け、後者の価値を見直すよう提案する。
・柳宗悦が掲げた民藝運動は、簡素で土着的な「小文字の伝統」にアイデンティティを見出したが、結果的に権威化(大文字の伝統)を招くことになった。

一方、岡本太郎は伝統と「対決」し、違和感をぶつけることで新たな伝統が生まれると考えた。



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