山口組にとって忘れてはならない「日付」がいくつかある。司組長の誕生日である1月25日、1年を締め括り親分への感謝と忠誠を誓う「事始め」の行われる12月13日がそうだ。


 中興の祖である田岡一雄三代目の祥月命日である7月23日も、メモリアルな日として山口組では知られている。六甲山の中腹にあり、山口組発祥の地である神戸港が一望のもとに見渡せる霊園に田岡家の墓所はある。


 先人顕彰を重んじる司組長の代になり、墓所は月命日ごとに清掃され、慰霊碑なども整備されていた。だが、19年の分裂抗争激化以降、同地も組員の進入が制限される「警戒区域」に入ったため、田岡三代目への尊崇の念が強い司組長もなかなか墓参ができずにいた。


 ところが、今年は異変が起きた。


 その日は早朝から掃き清められ、供花が備えられた墓所は参拝者を待つばかりとなっていた。そこへボディガード役1人を伴って司組長が突如、来訪。田岡家の墓に礼拝、焼香したのだ。


 異変はもう一つあった。実話誌記者がいう。


「司組長の参拝予定をなぜか事前にキャッチしたNHKの取材クルーが墓参の様子をカメラに収めていたんです。現地で視察していたのは他に地元の県警の刑事だけでしたから、そこから情報を察知したのでしょうが、その日のニュースで報じられるとは思えず、首を傾げました」


 天下の公共放送が裏社会の新旧ドンの“墓前での対面”を映像資料に収める理由は一つしかないはずだ。


 山口組が神戸市内(灘区篠原本町)の本拠を去ってすでに7年が経過。昨年4月、山口組が抗争の「終結」を宣言して以後、1年3カ月の間、流血事件は発生していない。事実上の抗争収束を受けて、「公安委員会が山口組の『特定抗争指定』を解除する手続きに入ったのではないか」との観測が業界で囁かれていた。NHKの対応は、晴れて司組長が神戸の総本部に帰還する「解除明け」の前兆とも受け取られたのだ。


 六代目の聖地である総本部が無住の地となり、建物内はハクビシンの棲家となって荒れ果てている。ここにきて、傘下組織に「修繕要員」「清掃要員」の調達を要請する伝達が相次いで発令され、司組長の「聖地帰還」が現実味を帯びてきた。


「分裂抗争以前は、前述の誕生会や事始めのほか、月に一度の定例会(直系組長会)、最高決定機関である執行部会のほか、年末の餅つき大会やハロウィンのお祭りが近隣住民に敷地内のスペースを開放して賑やかに開催されていました。発祥の地である神戸を愛した田岡三代目を信奉する司組長の伝統遵守を体現する場となっていたのです」(同)


 そう考えれば、山口組が10年に及ぶ抗争を一方的に終結させたのも、山口組の聖地である神戸の総本部に司組長が「里帰り」を果たすことが、目の前の「悲願」になっているからだろう。


「今回の墓参も、一日も早い神戸への帰還を田岡組長に祈る目的だったと言われているほど」(同)


 念願の聖地への「里帰り」が実現するXデーが組内では大きな関心となっているようだ。


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