【この有名人の意外な学歴 2026年夏】#9


 山本美月


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 “リケジョ”ナンバーワン女優といえばこの人。「芸能界に入っていなければ、今も大学の研究室で試験管をながめていたに違いない」(制作会社プロデューサー)といわれる山本美月(35)である。

「理詰めで演技するタイプ。思考回路が完全に理系脳」だという。


 長崎県大村市で生まれ育ち、小学校4年生の時に父の転勤で福岡市に引っ越した。両親は教育熱心で、娘を早い時期から公文に通わせていた。地元の公立小学校での成績は上位。公文では2年上のカリキュラムを受けるようになっていた。


 5年生の夏休みになると、進学塾に通うようになる。中学受験をしようと決めたからだ。親から勧められたわけではないという。受験準備を始める時期としては遅かった。公文では2年進んでいたのに、塾の生徒たちはさらに先を行っていた。のちのリケジョもこの頃は算数はあまり得意ではなかった。

中学入試でよく出題される「ウサギとカメ」の旅人算などが出てくるとチンプンカンプンだったが、生来の負けず嫌い。必死に食らいつき、カメはまもなくウサギに追いついた。


 私立中高一貫校の筑紫女学園に合格。「九州の女子校で偏差値トップ。国公立大、早慶上理、関関同立などへの進学実績も非常に高い」(福岡県の予備校スタッフ)という名門だ。高校に上がる頃から山本はリケジョの片鱗を見せ始める。特に得意だったのが生物。定期試験ではいつも満点だった。


 祖父は高校の生物教師。子どもの頃は休みになると、福岡県八女市の郊外にある祖父の家に行き、一緒に野山を歩き回った。そこで植生調査を行うのだ。将来の夢は生物学の研究者。

高2の時に生物学者の下村脩氏がクラゲの研究でノーベル賞を受賞すると、一層その思いを強くした。


 そこに立ちはだかったのが芸能活動である。現在も所属する事務所からスカウトされたのは高1の冬。福岡市天神のもんじゃ屋の前で並んでいたら声をかけられたという。転機は高3の7月。東京スーパーモデルコンテストに出場するとグランプリを受賞し、一躍注目される存在になっていく。女性誌「CanCam」の専属モデルに起用され、早くも2009年12月号で表紙を飾った。


 だからといって、研究者の夢をあきらめたわけではなかった。「国公立大に合格できる実力があったと聞いている」(前出の予備校スタッフ)とされる山本だが、受験したのは東京の私大。「芸能活動との両立をしながら、研究の道も模索できる環境に身を置きたかったのではないか」(同)とみられている。そして、一般入試で見事、明治大農学部に合格するのである。


 しかし、研究に没頭するような時間はつくれなかった。

大学2年になると「幸せになろうよ」(フジテレビ系)で女優デビュー。以降、ドラマや映画のオファーが次々に舞い込むように。目まぐるしい忙しさの中、山本は大学にだけは通い続け、4年間できっちり卒業している。


(田中幾太郎/ジャーナリスト)


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