「最近まで食欲も衰えておらず、8月11日の94歳の誕生日に食べたいものについても話していたといいます。最期は、横浜市内にある自宅で親族に見守られるなか亡くなったそうです」(芸能関係者)

8月19日、女優の岸惠子さんが老衰のため同7日に亡くなっていたことが報じられた。

享年93。

岸さんは’51年に映画『我が家は楽し』で女優デビュー。’53年には主人公・氏家真知子を演じた映画『君の名は』が大ヒット。劇中のストールの巻き方が“真知子巻き”と呼ばれ大流行した。’56年、日仏合作映画『忘れえぬ慕情』への出演をきっかけに、同作を手掛けたフランス人監督のイヴ・シャンピ氏と翌年に国際結婚。24歳でパリに移住することに。

「’63年には長女を出産しますが、’75年にシャンピ監督と離婚。その後もフランスを拠点に活動していました」(前出・芸能関係者)

日本とフランスの文化交流の架け橋としても功績を残した岸さん。その過程では、思いがけない交流もあったという。

晩年に出版した自伝『岸惠子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない』(岩波書店)の中で、’90年代中ごろに突然自宅にかかってきた“一本の電話”について次のように綴られている。

《「夜分遅くに失礼いたします。御所の女官長でございます」
〈ゴショ? ニョカンチョウ?〉
寝ぼけたアタマは何のことか分からなかった。


「皇后さまが、岸惠子さまとお話をされたいと仰せられていらっしゃいます。今、皇后さまと代わってもよろしゅうございますでしょうか」》

なんと、美智子さまからの電話だったのだ。美智子さまは、岸さんを昼食に誘われたのだという。

「美智子さまは芸術分野で活躍している人を御所にお招きになることがあります。これまで黒柳徹子さんや森山良子さん、故・曽野綾子さんといった著名人とも交流をもたれてきました」(皇室担当記者)

美智子さまにお目にかかった感想を、岸さんはこう記している。

《美智子さまは美しかった。広い玄関続きの廊下に、お一人で立っていらした。お伴も、女官長さんの姿もなく、ゆるりとお一人でほほ笑んでいらした》

じつは、この昼食会の数年前にも、美智子さまが岸さんとお話しになる機会があった。’94年10月、上皇ご夫妻がフランスを訪問された際、日本大使館でレセプションパーティが催された。その会場に岸さんもいた。

「当時、上皇ご夫妻は仏文学者の前田陽一先生にフランス語を習っていらっしゃいました。岸さんも前田先生の生徒という共通点があったのです」(前出・皇室担当記者)

上皇さまは、前田先生から岸さんのフランス語の上達ぶりをお聞きになっていたことをお話しされたそうだ。

岸さんの自伝では、美智子さまが続けて《三番目の出来の悪い生徒がわたくしでございます》とユーモアあふれるお声がけをされたことも綴られている。

「当時、前田先生が個人レッスンをしていたのは、上皇ご夫妻と岸さんの3人だけだったといいます」(前出・皇室担当記者)

すなわち美智子さまは、岸さんから見て、フランス語の“妹弟子”だったのだ――。

このときの思い出について《お二人のあまりにも自然で、さりげない御様子に感動したのである》 と自伝に記した岸さん。フランス語をきっかけとした心温まる交流と後の昼食会は、岸さんにとって、色あせることのない宝物だったに違いない。

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