いつもなら電気がついているはずの家が、真っ暗。

祖父が暮らす家に帰ってきたCさん(投稿時:30代女性)は、不安になった。

そして、嫌な予感は的中していて......。

<Cさんからのおたより>

私が26歳の時です。10月の夕方、仕事から帰宅すると家が真っ暗で一抹の不安を覚えました。

いつもなら居間で祖父が電気を付けてテレビを観てるのに......。

足も悪いし倒れているのでは、と急いで家に入りました。

暗がりの中祖父はやはり倒れていました。

救急車の中での処置で...

パニックになりながらも救急車を呼び、到着までに家族に電話をかけまくりました。

田舎の山奥まで救急車は急いで来てくれて、車で1時間の総合病院まで運ばれました。救急車の中で、救急隊の方は、「大丈夫だよ! おじいちゃん! もう大丈夫だからね!」と声を掛けてくれ、泣きじゃくる私にも「大丈夫だからね~」と声を掛け続けてくれました。

苦しそうにしていた祖父も処置のおかげで落ち着き、私は「もう大丈夫だ! 祖父は助かる!」と安心しました。

わたしたちが病院に着いてから家族、親戚が集まるまで1時間以上かかり、その間に先生から、おじいちゃんは今は落ち着いてるがその時を待つのみ、と説明がありました。今日かもしれないし、明日かもしれない。3日後かもしれないし、1か月後かもしれない、と。

目の前が真っ暗になったのを覚えています。なんで? 今こんなに落ち着いてるのに、と。

母、弟が到着し、夜中の2時に父が到着しました。そこでみんなで祖父に会いに行こうとなりました。

病室に入るといろんな管につながれた祖父が少しだけ目を開けてこちらを見ていました。

みんなが来てくれるのを、ずっと待っていた

そして5分もしないうちに、祖父は目を閉じて静かにこの世を去りました。

祖父はずっと待っていたのだ。みんなが来てくれるのをずっと待っていたんだな、と思います。

あの時間まで祖父が生きていられたのは、家族みんなで看取ることが出来たのは、救急隊や救急救命士の皆さん、病院の皆さん......あの日、祖父に関わった全ての人のおかげだと思っています。

そして、祖父が運ばれる救急車の中で、夕方の帰宅ラッシュの国道をサイドに道を譲るたくさんの赤いテールランプ、2車線の真ん中に出来た1本の道を今でも覚えています。

こんなにもたくさんの人に助けられて、助かるに違いないという確信した気持ちもずっと忘れないと思います。

今は気持ちも落ち着き、あの日あの時、祖父に関わった全ての方、ありがとうございますと言いたいです。


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