2,700年前の古代アッシリアの遺物に、当時の技術では難しいとされる高度な加工の跡が残されていた。
イスラエル中央部の古代遺跡テル・ハディドで見つかった小さな印章は、石ではなく、薄い層が重なった貝殻の内側を彫って作られていた。
硬い道具を当てれば割れたりはがれたりする加工が難しい素材に、古代の職人は月神を思わせる図像を刻んだ。
テルアビブ大学の研究チームは、この素材が遠方の海から運ばれ、図像が北メソポタミアの月神信仰に通じることから、現在のイラク北部を中心に広がったアッシリア帝国のもとで人や物、信仰が交わっていた可能性を示した。
この研究成果は『Levant[https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00758914.2026.2663758]』誌(2026年5月29日付)に掲載された。
2,700年前の印章は真珠母貝で作られていた
イスラエル中央部の古代集落、テル・ハディド遺跡で見つかった奇妙な遺物が、古代の広い交易網、宗教的な伝統、そして文化の変化を知る思いがけない手がかりになっている。
この小さな遺物は、約2,700年前の印章だと判断された。
印章とは、粘土などに押して所有者や認証を示す小さなはんこのような道具である。
発見された印章は、表面に刻まれた図像を押して使う押印型の印章で、このタイプの印章自体は当時珍しいものではなかった。
だが、テル・ハディドの印章は素材が異なっていた。
テルアビブ大学の考古学者イド・コッホ氏ら研究チームによると、この印章は真珠母貝で作られているという。
真珠母貝(しんじゅぼがい)とは、貝殻の内側にある真珠のように光る層のことだ。
通常、鉄器時代の印章は、長く使えるように壊れにくい石で作られていた。
真珠母貝は薄い層が重なっており、硬い道具で彫れば表面が欠けたり、層がはがれたりするため、鉄器時代の道具で細かな図像を刻むことはきわめて難しい。
約2,700年前の近東の職人が使えたとされる道具と技術で、真珠母貝からこのような印章を作ることは、かなり高度な技術が必要だったはずだ。
では、古代の職人はなぜ、これほど扱いにくい素材を選び、あえて印章を作ろうとしたのだろうか。
印章の素材である貝殻は人と文化の移動で運ばれた可能性
テル・ハディド遺跡は、アル・ハディーサとも呼ばれている。現在のイスラエル中央部、ベン・シェメン森林の中にある考古遺跡で、テルアビブとエルサレムの間に位置している。
テル・ハディド遺跡はイスラエルの海岸平野を見下ろす丘にあり、2,700年前にも交通や防衛の面で重要な場所だったと考えられている。
研究チームによると発見されたは真珠母貝は、クロチョウガイに由来するものだったという。
クロチョウガイは紅海やペルシャ湾に生息する貝で、テル・ハディド周辺にはない。
ということは、この印章の素材はテル・ハディドの古代集落へたどり着くまでに、遠くから運ばれてきたことになる。
研究チームは、この奇妙な遺物は、紀元前8世紀後半に起きたアッシリア帝国がイスラエル王国を征服した後に起きた人と文化の移動が関係しているとみている。
アッシリア帝国は、現在のイラク北部を中心に発展し、紀元前911年頃から紀元前609年頃まで西アジアの広い範囲を支配した大帝国だった。
アッシリア帝国は征服した地域の人々を、帝国内の別の場所へ移住させる政策を行っていた。
その結果、遠い地域の素材、信仰、習慣が、各地の共同体の中で混ざり合っていったのだ。
真珠母貝は、移住してきた家族の誰かが、貴重品として持ち運んだものだった可能性がある。
一方で、アッシリア帝国の発展によって広がった商業ネットワークを通じて、この素材や印章が持ち込まれた可能性もある。
刻まれた図像は月神信仰とのつながりを示していた
コッホ氏らによると、印章に刻まれた図像も興味深いものだったという。
印章に描かれているのは、古代イスラエルに根ざした図像ではなかった。
三角形の台のようなものの上に三日月が載り、そのそばには腕を上げて礼拝しているように見える人物像が刻まれていた。
この図像は、メソポタミアで信仰された月神シンと関係している。
メソポタミア文明は、現在のイラク周辺にあるチグリス川とユーフラテス川の流域で発展した古代文明で、紀元前3200年頃から都市文明が発達し、紀元前331年のアレクサンドロス大王によるバビロン征服まで続いた文明圏として知られている。
月神シンは、メソポタミア文明で信仰された月の神である。月神シンの信仰は、アッシリア帝国の西方属州にも広がっていった。
テル・ハディドの印章に刻まれた図像は、北メソポタミアの月神信仰や象徴が、イスラエル中央部にあったテル・ハディドにも伝わっていた可能性を示している。
また、この印章の彫りは浅い。研究チームは、浅い彫りが真珠母貝という繊細な素材を扱うための工夫だった可能性があると見ている。
このことから、テル・ハディドの印章は、実用的に粘土へ押すための道具ではなく、宗教的な意味を持つ護符として身につけられていた可能性もある。
護符とは、災いを避けたり、神の守護を得たりするために身につけるお守りのようなものだ。
印章は古代の社会で実用品として使われた一方で、当時は持ち主の身分や信仰を示す装身具として使われることもあった。
真珠母貝の印章が示す古代アッシリア帝国の影響
テル・ハディドの印章は、いくつもの点で通常の印章とは異なっている。
素材は、遠方の海に由来する真珠母貝だった。図像は、北メソポタミアの月神信仰につながるものだった。そして、製作には当時の道具では不可能に近いほど難しい加工が必要だった。
これらの要素を合わせて考えると、この小さな印章は、古代アッシリアの支配下にあった共同体の中で、複数の文化が交わっていたことを示す手がかりになる。
征服によって人が移動し、交易によって素材が移動し、信仰によって図像が移動する。テル・ハディドの印章は、そうした大きな時代の変化を、手のひらに収まるほど小さな遺物の中に残していた。
コッホ氏らは論文で、この印章が、アッシリア帝国の西方属州という文脈の中で、広く知られた図像がどのように物質として表現されたのかを示していると述べている。
同時に、この印章は、真珠母貝に図像を刻む技術と、その難しさを調べるための、きわめてまれな資料でもある。
References: doi.org/10.1080/00758914.2026.2663758[https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/00758914.2026.2663758] / One-of-a-kind Iron Age mother-of-pearl seal unearthed at Tel Hadid, Israel / The Moon God’s Shell: Study Finds a Unique Mother-of-Pearl Seal Buried in an Ancient Garbage Pit | by Sandee Oster | Palaeopress | Jun, 2026 | Medium[https://medium.com/palaeopress/the-moon-gods-shell-study-finds-a-unique-mother-of-pearl-seal-buried-in-an-ancient-garbage-pit-9c8952620322]











