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「世界初の組織的な先物取引所」といわれる、江戸時代の大坂・堂島米市場。この舞台を題材にした小説が、『天下の値段 享保のデリバティブ』(文藝春秋)です。



執筆したのは、直木賞作家の門井慶喜さん。門井さんへのインタビュー後編となる本記事では、堂島で取引が発展していった享保時代と、新しいNISAが普及した現代は「意外と似ているのではないか」と話す門井さんの考えに焦点を当てていきます。

作家たちの話題によく挙がった「新しいNISA」

新しいNISAが広がる今は、享保時代と似ている? 直木賞作家・門井慶喜さんが語る堂島米市場


――本作を執筆するにあたり、堂島米市場の歴史などを細かく調べていったと思います。その中で、特に門井さんが興味を持った事象はありますか。

門井 ちょうどこの作品を書いているときに、日本では新しいNISAがスタートしました。作家仲間でも、「NISA始めた?」という話がよく出ていましたし、ニュースでも、これを機に投資を始める人が増えたという情報を目にしました。

私はその状況を見て、堂島米市場が発展していった時代と、当時の光景が「似ているのではないか」と思ったのです。

――どういうことでしょうか。

門井 堂島米市場が発展した享保の時代は、いわば取引がプロ以外に広まっていった時期です。この「広まっていく様子」が、新しいNISAの出てきた状況と重なるのではないかと思いました。

堂島での米の取引は、何かのきっかけで始まったのではなく、おそらく自然発生的に出てきたのではないかという話をしましたよね(前編参照)。自然発生ですから、最初の頃は、相当な金融知識を持った商人だけが取引を行っていたはずです。

新しいNISAが広がる今は、享保時代と似ている? 直木賞作家・門井慶喜さんが語る堂島米市場


なぜなら、先物取引の仕組みは当時かなり先進的で、その内容を理解できる人は限られるはずですから。

おそらくプロ中のプロだけがやっていたのではないでしょうか。

しかし江戸時代の半ば、享保の頃になると、商人にお金を預けて、自分の代わりに取引をしてもらう人が出てきます。自分では取引せず、プロに運用をお願いする形です。

次第にたくさんの客を抱える「人気トレーダー」が出てきて、大きなお金を運用するようになる。今でいうファンドのようになっていくわけです。面白いのは、そういったトレーダーは、運用の結果などをまとめたレポートを定期的に作り、顧客へ報告しているんですね。

――まさに今の投資信託と同じですね。

門井 このような形で、プロ以外の人も間接的にマーケットに参加し始めたのが享保の時代です。その光景は、新しいNISAが普及した近年と似ている。そういった意味では、今も享保時代とそれほど変わらないのかもしれません。

「投資家のバイブル」を読んで、門井さんが感じたこと

新しいNISAが広がる今は、享保時代と似ている? 直木賞作家・門井慶喜さんが語る堂島米市場


――本作を書いたことで、門井さんご自身の金融に対する興味は増しましたか。

門井 そうですね。この小説を書いてから、頭の片隅にずっと金融への興味があります。

たとえばこの前も、『ウォール街のランダム・ウォーカー』(日本経済新聞出版)という書籍を読みました。バートン・マルキールの著作で、投資家には大変有名な本ですよね。とても面白かったです。

この本では、主に後半部分で具体的な投資方法が書かれています。おそらくその内容が評価されて、たくさんの方が手に取ってきたのでしょう。しかし私が面白いと感じたのは、そこではありません。むしろ本の前半部分にある、20世紀までの人類の金融史に触れているパートです。

私は歴史小説を書いている人間ですから、とても興味深く読み進めました。ただし1つだけ言わせてもらうと、この本で書かれている歴史はすべて「悪い例」として取り上げられています。チューリップ・バブルなどが一例ですね。

最初から一方の観点で書いているのは、冷静に歴史を考察する意味では望ましくありません。とはいえ、バートン・マルキールは歴史家ではないので、それは仕方ないでしょう(笑)。

いずれにしても、金融の歴史は奥が深くて面白いと感じますね。

議論をしながら決めていった作品タイトル

新しいNISAが広がる今は、享保時代と似ている? 直木賞作家・門井慶喜さんが語る堂島米市場


――本作で印象的なのが、「天下の値段」というタイトルです。ストーリーに関わるので詳しくは言えませんが、今回の物語に必要不可欠な言葉がタイトルになっているのではないでしょうか。どのように決めたのですか。

門井 もともとこの小説は、文藝春秋のWebメディアで連載したのち、単行本として発刊されました。タイトルを決めたのは、連載の開始前です。編集担当者や、この作品の監修を依頼した高槻泰郎先生と会議をする中で、知恵を絞りながら考えていきました。

最終決定に至るまでには、いろいろなタイトル案があったんです。良いものもあれば、今思い出すと笑ってしまうようなものまで。「銭取物語」なんて候補も出ていましたね、一瞬で却下されましたが(笑)。そんな風にディスカッションする中で、「天下の値段」という言葉が出てきました。これは今回の作品タイトルに良いのでは、ということになりましたね。



それから連載が始まり、自分でもこのタイトルの意味を自問自答しながら、小説を書き進めていきました。今回のように、先にタイトルが決まる場合、執筆していく中で「このタイトルではなかったかもしれない」と思うことも正直あります。小説は生き物ですから。しかし、今回の作品はそれがありませんでした。物語の結末にもつながる、良い言葉を選べたと思います。

――最後に、これからこの本を読む方に向けてメッセージはありますか。

門井 金融やマーケットに興味がなくても、十分に楽しめる小説です。登場人物がどうなるのか、どのような運命を辿るのか、それだけでも面白い内容になっています。

その意味では、読者を選ばない小説です。金融に詳しくない方からも「楽しい」と言っていただけましたし、かたや東証の社長のような、金融のプロからも「面白い」という感想をいただきました(笑)。知識の有無に関わらず、みなさん楽しく読めるのではないでしょうか。ぜひ気軽に手に取っていただければうれしいです。



新しいNISAが広がる今は、享保時代と似ている? 直木賞作家・門井慶喜さんが語る堂島米市場


(取材・文/有井太郎、撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2026年8月現在の情報です

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