■食品営業から“キウイ開発の第一人者”
香川県高松市に拠点を置く「Orchard&Technology株式会社」。元香川県の職員だった末澤克彦さんが定年退職後に立ち上げた法人で、果樹栽培や人材育成、スマート農業などの技術コンサルティング会社として国内外の企業への技術支援を行っている。さらに同氏は末澤農園を経営し、キウイフルーツと50種類ものオーガニック柑橘を栽培する。地域の協力農家とチームを組み、グループ全体で年間30~40トン規模のキウイを生産・販売。数年後には年間100トン声を見込む勢いで生産を急拡大している。
栽培しているのは、高単価で売れる黄金色の「さぬきゴールド」や、小粒で食べやすい「さぬきキウイっこ」など。これらの品種は、香川県庁時代に末澤克彦さん自身が品種開発にかかわったものだ。現役時代、末澤さんは中小農家が大半である香川県農業の特性を鑑み、量ではなく品質と単価で勝負する「プレミアム戦略」を牽引。
しかし、彼がキウイと出合ったのは、全くの偶然だった。
1981年、外食産業の食品営業をしていた末澤さんは、大学時代のゼミの恩師から「農業試験場で研究員が欲しいから試験を受けろ」と強引に勧められ、香川県庁に入庁した。そして配属からわずか数カ月後、農業大学校の果樹の先生が急逝し、末澤さんの上司が急遽その後任として異動することになった。
「後を頼むな」と言い残して去った上司に代わり、入庁半年でキウイを見たこともなかった末澤さんが、キウイ担当に大抜擢されたのだ。当時の日本はキウイ栽培の黎明期。さらに翌1982年には日本で初めて「種苗法」が制定され、先輩が育成していた「香緑(こうりょく)」という新しいキウイ品種を国に登録するための「特性表」を自ら作成するという孤独な戦いが始まった。花びらの開く角度や葉のギザギザの数まで細かく定義するルール作りに奔走し、ここから日本のキウイ品種評価の第一人者としてのキャリアがスタートしたのである。
■「2030年代に果樹農家は消滅する」
末澤さんが定年退職後に自らOrchard&Technologyを立ち上げた背景には、日本の農業に対する強烈な危機感がある。
「1995年ころに県内の果樹農家に年齢や経営意向、後継者の有無等のアンケートをしました。そのアンケート結果には、ほとんどの農家には後継者がいない。経営主の年齢をもとに将来を推計すると、2030年代後半から2040年代前半にはゼロになる計算結果が出てきたのです。
日本の農業、特に果樹は「家族経営」に依存し、過剰な品質を追い求める「職人」の域を出ていない。加えて行政やJA等は手間暇かけて高品質を求め、オリジナル品種とブランド化で高付加価値を目指す。そして、オリジナル品種は県内で囲い込む。
「各都道府県がこのオリジナル品種の開発とブランド化という同質戦略の下で、手間と暇をかけて狙う高単価な果物に消費者は着いてこれていません。これに気付いた海外勢はグローバルスタンダードを握りに来ています。日本の果樹農業は今や絶滅寸前と言っても過言ではありません。国内の競争に打ち勝つための部分最適戦略が海外勢に市場を奪われた全体不最適の構造は、今まで日本がたどってきた他産業の失敗とおなじ」と末澤さんは指摘する。
この硬直化した枠組みの中では、世界を相手にするグローバルなアグリビジネスは実現できない。
■「属人化」を打ち破る栽培技術の革新
現在、末澤さんがキウイ栽培において力を入れているのが、日本の農業が抱える最大の壁「属人化」の打破である。
農家の規模が拡大し、他人が農作業に入るようになると、長年の経験と勘に依存する「匠の技」がボトルネックとなる。キウイ栽培においてその最たるものが、冬の「剪定」作業だ。どの枝を切り、どの枝を残すかは、畑の木ごとに判断しなければならず、素人には手が出せなかった。
これを「脱・属人化」するため、末澤さんはニュージーランドの現場で導入されている「ストリンギング栽培」を取り入れた。これは、来年実をつける枝を紐で上に生育させ、今年実をつけた水平方向の枝は冬の剪定で切り取るというもの(一度実を付けた枝はもう実をつけない)。「水平の枝は切る、上方に伸びた枝は残す」というルールがわかれば、素人でも剪定の理解が簡単になるという仕組みだ。加えて剪定作業を細かい作業工程に分けて分担作業にすることで、速度が極めて速くなった。
具体的には、剪定する枝にハサミで一箇所に切り目を入れる作業と、その枝を細断、棚から下ろす、落とした枝をチッパーにかけ砕く作業などを分ける。細断以降の作業をパートや農福連携のスタッフに任せた結果、「従来1人での剪定作業は10アールあたり3週間ほど要していたが、今は2~3日で同じ面積を対応できる」と語る。
この栽培方法には「誰にでもできる」ことに加え、「作業時間の短縮によって、規模拡大ができるようになった」という経営上の劇的なメリットが隠されていた。
従来のキウイの剪定は、冬になって葉が完全に落ちてからしか、どの枝を切るべきか判断できなかったため、1月~2月中旬の40日程度という短期間で一気に作業を終わらせる必要があった。しかし、上と下で枝が明確に分かれているストリンギング栽培であれば、剪定で切り落とす枝は一目瞭然。葉がついている12月頭の段階から切り落とすことができるのだ。
「作業できる期間が約1カ月伸びるんです。数日で無理やり人数を集めてやるのではなく、数十日かけて作業してもらうことができる。それにより、パートさんのシフトを柔軟に組んで作業負荷を平準化することもできます。規模拡大だけでなく、作業負担の平準化もできることがストリンギングの本当の強みなんです」
■AIアプリで勘と技を「見える化」
さらに末澤さんは、テクノロジーの力で「摘果(実を間引きして減らす)」や「夏の枝管理(伸びすぎた無駄な枝や葉を減らす)」といった勘に頼る作業をも標準化させた。石川県のITベンチャー「エイブルコンピュータ」と協業し、スマートフォンで写真を撮るだけでAIが瞬時に果実の数や葉の量を計算するアプリ「フルーツ棚次郎」を開発したのだ。
キウイの木をスマートフォンで下から撮影すると、AIが赤枠で実を囲み「〇〇〇個」とカウントしてくれる。作業者は棚ごとに、いくつ摘果すればいいか一目で分かる。また、葉の量についても「開空率(葉と空の比率)」をアプリで計測し、適切な葉の量になるような枝管理を数字で評価することができる。
「剪定、摘果、夏枝管理はキウイ栽培のもっとも重要な作業です。
作業を数字で把握することにより脱俗人化、勘と経験を数字に置き換え、見える化し、学べば容易に再現できる栽培技術へと変える。長年の経験でしか得られなかった栽培技術の習得のハードルを下げること、すなわち「新規参入のハードルを下げ、新しい経営の血をいれる仕組みが、この国の果樹農業の課題解決の基本です」と末澤さんは力説する。
さらに現在、自身の栽培ノウハウや講演内容をすべてAIに学習させ、現場からの質問にチャットで答える「末澤AI」の開発も進めている。これにより、遠隔農家でも常に適切な技術指導を受けられる体制を構築しつつあるのだ。
■「1分で説明できない仕事はさせない」
テクノロジーの導入だけでなく、現場のオペレーションも、農作業の工程は詳細にこれ以上分解できないレベルにまで分けられている。
末澤さんは「1分で説明できない仕事はやらせない」というルールを徹底している。例えば、出荷用のキウイを300グラムの袋に詰める「袋詰め作業」でも、一人がすべてをこなすことはしない。Aさんは大きいサイズを2個入れる担当、Bさんは中サイズを3個入れる担当、Cさんは小サイズを1~2個入れて重量を調整する担当と、完全に分業化している。そしてEさんがシールを貼り、Fさんが箱に詰める。さらにボトルネックとなる工程に人員を余分に配置して流れ作業化することで、圧倒的なスピードを生み出している。
さらに、マニュアル以上の「気遣い」が作業効率を左右すると語る。
「『袋にシールを貼ってくれ』という指示は曖昧すぎます。
どんなに立派なマニュアルや動画を用意しても、それらは単なる「教材」にすぎない。本当に重要なのは、相手が作業に迷わないためのこうした物理的なガイドと、現場で相手の不安を取り除きながら丁寧に教える「メンター的なOJT」である。
「規模が拡大し、家族以外の外部人材を雇うフェーズになれば、オーナー、マネージャー、ワーカーの役割を明確に分け、経営者はそれぞれに適切な指示を出す必要があります。コミュニケーション能力が農作業のスキル以上に必要不可欠なんです」
■「時給6000円」のカラクリ
末澤さんは、パートに地域の最低賃金をはるかに超える賃金を支払いながら、自身の時給換算は「6000円」を超えるという。キウイ栽培の時給は、2007年と少し古いデータだが農水省が発表する最新のもので1533円(自営農業労働1時間当たり/農業経営統計調査)。現在は気候変動やコスト高の影響でもう少し下がっていると予測できるので、時給6000円がいかに高い水準かわかるだろう。一般的なフルタイム(1日8時間・月20日勤務)で年収換算すると、日本人の平均年収を大きく超える、約1100万円という高水準だ。
なぜ農業の現場でこれが可能なのか。その答えは「収量」「単価」「労働時間」のすべてを最適化しているからだ。
第一に「収量の高さ」である。ニュージーランドでは気候が一定のため、10アール(1反)あたり約6トン収穫できるのに対し、日本の平均は約2トンにとどまる。しかし、末澤さんの経営では10アールあたり約3.5トンという極めて高い収量を誇る。
第二に「独自の高単価ルート」だ。国産キウイの一般的な市場価格(卸売価格)はキロ400~600円程度だが、末澤さんは「300グラム300円」のパック売りで1キロ換算約1000円近い高単価を実現している。さらに、地域の農家とチームを組んで展開する大型量販店などの大口取引でも、キロ600円台後半という独自の販売ルートを確立している。
この「高い収量」と「高単価」を掛け合わせることで、キウイ農地で10a換算で売上240万円、収益150万円を叩き出す。この高収益は前述のストリンギング栽培やAIによって「パート中心の労働」で回しているのだ。
末澤さん自身がキウイ栽培に費やす時間は年間わずか400時間。その結果、時給換算6000円を実現しているのである。そして、農作業から解放された残りの時間を、経営戦略や新たな品種開発、企業等へのコンサルティングという他の事業にフルに充てることができているのだ。
■農閑期をなくす「果樹コントラクター」構想
しかし、高い時給でパートや海外実習生を雇うといっても、それが365日通じて安定した仕事と収入を提供できなければ意味がない。キウイ栽培は冬の剪定や春の受粉で忙しい一方、夏にはどうしても仕事がない時期ができてしまう。
「果樹の経営が規模拡大しにくい理由の一つは、この作業の季節の偏りが大きく、習熟したスキルを持つ短期間の雇用が難しい点です」
そこで末澤さんが新たに着手したのが、農閑期を他品目で埋める「果樹コントラクター(農作業受託)」の組織化だ。キウイが暇になる夏前の時期は、まさに香川県の桃農家にとって「袋掛け」や「収穫」が重なる繁忙期。
桃農家もキウイフルーツ同様に、あるタイミングを除いては暇になる。それにより、通年の雇用ができないことがボトルネックとなっている。この一時期の作業を、末澤さん率いる部隊が請け負う。これにより桃農家は自力では不可能だった規模拡大が叶い、パート部隊は農閑期にも安定した仕事を得ることができる。地域全体で労働力をシェアして全員が儲かる農業を実現するという座組である。
一方で、キウイ以外の匠の技が必要となる作業をどうするのか。また、匠の技をどう標準化していくのかといった課題が残っているのも実情だ。現在、実験的に取り組んでいるコントラクター事業が、うまくいけば、他の地域や他の果樹にも応用できるのではと期待を込める。
■国内の空白市場を埋める「オールジャパン構想」
圧倒的な生産体制を確立した末澤さんだが、その視線は香川県内にとどまらない。
前編で触れた通り、日本の行政には地域でノウハウやオリジナル品種を囲い込む「タコツボ化」の壁があった。しかし、毎月7500トンもの国内の空白市場を埋め、海外勢に対抗するためには、地域を越えた連携が不可欠だ。
そこで末澤さんは、自ら開発した栽培技術とノウハウを持って県外へ飛び出した。現在、全国の意欲あるアグリベンチャーや農家と連携。北関東から沖縄に至るまで「オールジャパン」のコンソーシアムを組み、栽培技術やノウハウを提供することで、国内の巨大な空白市場を全国の仲間と共に自らの手で埋め尽くすプロジェクトを推し進めているのだ。
■次世代へ託す「種まき」と、日本農業の生存戦略
70歳を迎えた末澤さんだが、その視線はすでに「次世代」へと向けられている。
「品種開発からビジネス構築までを担える次世代の人材育成にも力を注いでいます。私たちが蒔いた種を、彼らがどう育ててくれるのか楽しみです。彼らのためにも私は農業を稼げる仕事にしたい。いまは時給6000円ですが、目標は高収入で有名なキーエンスを超えることです。徹底した効率化とスマート技術でそれも夢ではないと思っています。その目標達成のチャレンジに若い人たちの力が欲しいです」
末澤さんの挑戦は、日本の果樹農業の一つの可能性を示していると言えるだろう。
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鈴木 雄人(すずき・ゆうと)
農業ライター
1997年、茨城県石岡市生まれ。農学部を卒業後、青果卸会社に就職。全国の農家と繋がり、現地で得た情報を発信することで、農業界を盛り上げていきたい。という気持ちが強まり、約2年勤めたのち退職。2022年より、車中泊で全国の農家を周りながら現地で得た情報をメディアやSNS、ブログ「はれのちアグリ~農業情報~」で発信する。
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(農業ライター 鈴木 雄人)

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