■原油価格が安定化してもインフレは加速する
米国とイランが停戦協議を行っているが、依然として予断は許さない。イスラエルはレバノンを攻撃するなど、独自の動きを強めている。
米国はそのようなイスラエルを見限っている感があるが、見限られているのはむしろ米国かもしれない。いずれにせよ、情勢が不透明なままに、原油価格は一時の騰勢を失い、安定してきている(図表1)。
そもそも原油価格の上昇は、供給のひっ迫を織り込んだ先物が主導だった。言い換えれば、原油の需要はそれほど強くないのだから、供給のひっ迫への懸念が和らげば、原油価格が安定することは自明の理であったわけだ。しかしながら、各国中銀は、インフレの加速を見越してタカ派の姿勢を強めている。これはいったい、なぜだろうか。
■石油製品の供給がインフレを左右する
重要なことは、供給のひっ迫は、原油もさることながら、石油製品だという事実である。原油の供給のひっ迫が和らいで原油価格が下落したところで、石油製品の供給のひっ迫が和らがなければ、インフレの加速は免れない。ではなぜ石油製品の不足が解消されないかというと、米国とイランの戦争で湾岸各国の製油施設が破壊されたためだ。
これまでの脱炭素化の潮流に伴う石油製品需要の減退を受けて、主要国の製油能力は縮小している。加えて原油には、スウィート、サワー、軽質・重質と質に違いがある。石油精製が足りなくなったからといって、原油さえあれば国内で精製できるというものでもない。
原油や石油製品の輸入の多角化は言うは易く行うは難しの世界そのものだ。
日本では、イラン情勢が緊迫化する以前から、原油や石油製品の中東依存の高さを問題視する声が聞かれた。それはその通りだが、それでも中東依存度が9割以上のままであったのは、結局のところ、種々のリスクに鑑みても、中東産の原油や石油製品を輸入した方が、コストが圧倒的に安かったからだろう。この点は軽視されがちである。
■欧州でも高まる石油製品の中東依存度
ここで、欧州のケースを考えてみよう。欧州連合(EU)の統計局より、まず原油に関して、EUの域外輸入総量に占める中東産とロシア産の割合がどう変化したかを2015年から5年単位で比較してみた。すると、ロシア産に関しては2015年の29%が、2020年は27%、2025年は2%と急減する。これは脱ロシアの取り組みのためだ。
一方、中東産の割合も16%から14%、13%と低下していく。中東産原油は脱ロシア化の受け皿とはならなかったわけだ。代わりにEUは、米国やカザフスタン、ノルウェーなどから原油の輸入を増やした。とはいえ、原油に関しても1割強が供給不安に陥ったわけだから、相応の価格上振れ圧力は生じてしかるべきだと考えていいだろう。

問題は石油製品だ。石油製品の場合、ロシア依存度は2015年の38%が2020年には41%となり、2025年には0%となる。これに対して、中東依存度は11%、17%、38%と上昇が顕著である。つまり石油製品に関しては、EUの中東依存度は脱ロシアの取り組み以前から上昇していたが、脱ロシア化でそれに弾みがついたと判断していいだろう。
こうした石油製品には、ガソリンや軽油などの化石燃料のみならず、歴青(ビチューメン)のような建設資材も含まれる。それに石油製品のコメとも言われ、さまざまなプラスチックや合成繊維などの「石油化学基礎製品」の原料となるナフサ(粗製ガソリン)も含まれる。これらの供給がひっ迫すれば、当然だがインフレの加速は免れない。
結局のところ、化石燃料の脱ロシア化は石油製品の中東依存の強化と裏腹の関係にあったのだから、それを進めるにしても、より漸進的かつ段階的に行っていれば、EUはイラン発のエネルギーショックに伴う悪影響を強く被ることがなかったと考えられる。イラン発のエネルギーショックは、EUにとって想定外の出来事だったのだろう。
■石油使用量の削減にまい進するEUだが
石油製品の量が足りないなら、他のルートを開拓すればいい。とはいえ、誰もがそう考えるし、供給側に余力がないため、奪い合いとなる。あるいは、原油を入手して国内で精製すればいいと考える。
そういっても、国内で精製できる原油をまず入手しなければならず、それが困難だ。それに、短期のうちに製油能力の向上などは図れない。
残された現実的な手段は、石油使用量を可能な限り削減し、代替材料に転換することだ。つまりは節約だが、実際に脱炭素化を重視するEUは石油製品の利用の削減を進めており、欧州連合統計局(ユーロスタット)によると、非エネルギー部門の2024年時点の自動車用ガソリン使用量は107.4万石油換算トンと、4年連続で減少している。
高い価格を受け入れることで、投下した資源の量当たりの付加価値の算出を増やす。つまり価格効果を通じた効率化だが、これは経済学的には正しい判断だ。かつて日本も、二度のオイルショックでこの事態を経験し経済の効率化を果たした。一方、高インフレという相応の痛みを被るため、補助金などで痛みをある程度は緩和する必要がある。
しかし、こうした価格効果を通じた効率化は、過剰な規制のもとでは成立しえない。先進国の中でも規制が強いことで知られるEUのことであるから、価格効果を通じた効率化はあまり図られないかもしれない。できていたなら、EU自身が国際競争力の改善を課題になど掲げないだろう。こうした点、EUのチグハグさが浮き彫りになる。

■小幅でも利上げが免れない情勢に
欧州のみならず、戦争の当事者である米国でもインフレ圧力が高まっている。米国は原油の純輸出国であり、本来はエネルギーを自給できるはずだが、先物を通じた価格の上昇圧力に晒されている。それに石油製品に関しても、海外での引き合いの強さから輸出が増えており、その連れ高というかたちで、価格の上昇を余儀なくされている。
米国は欧州より規制が緩和されているため、価格効果を通じた効率化が図られる余地が大きい。とはいえ、需要をある程度は抑制しないと、インフレが自己実現性を強めてしまうことになる。5月には新たにタカ派の論客であるケビン・ウォーシュ氏が連邦準備制度理事会(FRB)の議長に就任、市場では米国の利上げ観測も高まっている。
イラン情勢が落ち着き、原油価格が安定化しても、石油製品の供給のひっ迫が緩和しない以上、インフレ圧力は鎮まらない。そもそも本当にイラン情勢が落ち着くかもよく分からない。インフレが自己実現性を強める前に、その芽を摘もうと各国中銀が動くのは当然といえる。情勢を見極めながら、各国中銀は慎重ながらも利上げに踏み込む。
日本の方が欧州よりも中東への石油製品依存度が高いのだから、原油価格が安定化しても、石油製品の価格は落ち着かない。多角化もまた長期の時間を要するのだから、インフレの加速を抑制するためにも、追加利上げは必要である。
コストプッシュだからと躊躇し続けると、インフレは自己実現性を強め、国民の生活をさらに苦しくする。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員

1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)
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