韓国の李在明政権が2026年6月に発足1年を迎えた。評論家の白川司さんは「李在明大統領は経済政策で失敗し続けているだけでなく、『司法改革』という名目で露骨な権力強化を狙っている。
こうした政権に対する国民の反発が直近の選挙結果に表れた」という――。
■12勝を打ち消す首都ソウルの「1敗」
2026年6月の韓国統一地方選で、革新系与党「共に民主党」が12勝4敗という数字上の勝利を収めた。
12勝4敗であれば、「共に民主党」の圧勝のように見える。ところが、この結果は「苦い勝利」と報じられた。最大の理由はソウル市長選の敗北だ。
韓国政治においてソウル市長は「次の大統領候補」を占う試金石である。そのソウルで保守系野党「国民の力」の現職市長が接戦を制した。首都の象徴的意味は極めて大きく、12勝という数字が霞むほど、この1敗の政治的ダメージは重かった。
ちなみに、与党代表の鄭清来(チョン・チョンレ)氏は「ソウルを奪還できず残念だ」と率直に語っている。
※時事通信「韓国与党、苦い勝利 12首長当選もソウル惜敗―統一地方選」(2026年6月4日)
■与党圧勝のはずが、各地で競り合い
さらに深刻なのは、事前の「圧勝予測」との落差である。選挙前の各種調査ではソウルを含む11地域で与党優勢が報じられていた。蓋を開けてみれば各地で激戦が繰り広げられて、事前の予測とは大きく乖離していた。

韓国の通信社、聯合ニュースは「与野党のいずれにも民意が偏らず、力の均衡が絶妙だった」と分析し、SBSは「国民の力が惨敗した中で呉世勲氏と韓東勲氏が勝利したことは、国民が国民の力に復活の機会を与えたものだ」と報じた。つまり、韓国国民は与党を全面信任したわけではなく、「牽制球」を投じた選挙だったと捉えるべきだ。
※JETRO「韓国の統一地方選、与党が16の首長選のうち12で勝利」(2026年6月5日)
圧倒的な追い風の中での失速には、「4つの逆風」が重なったことが原因だ。
1つめの逆風は、李在明(イ・ジェミョン)政権による「司法改革」への懸念だ。李在明大統領が進める検察・司法制度の改革が「権力による司法支配」と受け取られ、中道・無党派層が終盤で与党離れを起こした。
特にソウルの高学歴・専門職層に不安感が広がったことが、ソウル市長選敗北の直接的な一因となったと考えられる。
■「選挙の女王」が9年ぶりに復活
2つめの逆風は与党圧勝の予測そのものだ。序盤は与党の圧勝が予想されたが、各地で与野党候補が競り合っているとの調査結果が出たことで、有権者が投票に行こうとする心理が働いた。「どうせ与党が勝つ」という空気が与党支持層の緊張感を緩め、危機感を持った保守の投票率を高めたわけである。
3つめの逆風は、朴槿恵(パク・クネ)元大統領の復帰だ。「選挙の女王」との異名を持つ朴槿恵氏が、弾劾から9年ぶりに国民の力候補の応援演説に立った。大邱・慶尚道の高齢保守層に火がつき、眠っていた保守支持層が目覚め始めた。
尹錫悦(ユン・ソンニョル)前大統領の弾劾によって完膚なきまでに叩きのめされたかに見えた保守層が存在感を示したのである。
※ハンギョレ新聞「韓国地方選挙で李明博・朴槿恵元大統領が前面に…保守野党からも『中道層に悪影響』」(2026年6月1日)
4つめの逆風は投票用紙不足という行政的失態だ。ソウル市長選では複数の投票所で投票用紙が不足し、「不正選挙だ」と抗議する有権者が投票箱の搬出を阻止、開票に計40時間以上かかった。
※日経新聞「ソウル市長選などの開票終了 投票用紙不足への抗議で40時間超」(2026年6月5日)
この行政ミスが選挙に与えた直接的影響はごく軽微ではあろうが、尹前大統領が不正選挙を根拠に「非常戒厳」を宣言した過去がある韓国では、選挙不信を再燃させ、勝った側である与党にも「失われた選挙」への疑念を与え、禍根を残している。
■李在明大統領が狙う「司法改革」3本柱
李在明政権は司法改革を進めているが、その実態は、独立した捜査・起訴権限を政権が掌握するという露骨な権力強化策である。いくつもの疑惑を抱える李大統領が進めているのだから、「被告人が自分の裁判を無効化する」という構図である。
李在明政権の「司法改革」は大きく3つの柱がある。
① 検察庁の解体・再編
政権の国政企画委員会は検察庁を廃止し、起訴を担う「公訴庁」と捜査を担当する「重大犯罪捜査庁(重捜庁)」を新設する改革案を発表した。
「検察の強大な権限を分散・制御する」という建前だが、実態は日本の地検特捜にあたる政治経済の重要事件を担当する組織を政権のコントロール下に置こうというものだ。法務省の「脱検察化」も推進され、これまで検察出身者が独占してきた主要ポストには非検察出身者を起用する方針が示されている。
※AFP「韓国・李在明政権、検察庁を廃止へ…『検察改革の青写真』公訴庁と重大犯罪捜査庁を新設」(2025年8月14日)
■自分の罪を消すための「セルフ免罪符」
② 大統領による特検の私物化
地方選まで約1カ月前の4月30日、李大統領が被告人である事件への公訴取消権を「特別検察官」に付与する法案が発議された。
この法案の最大の問題は、特検の任命権が大統領にあることだ。
野党は「李大統領が自分で任命する特検によって自分の罪を消そうとするもの」と批判し、「セルフ免罪符のために刑事司法システムを完全に崩壊させる悪法」と非難した。
※朝鮮日報「大統領・李在明が被告人・李在明の公訴を取り消す特別検察官を任命、与党は今月上旬の法案処理目指す」(2026年5月2日)
③ 大統領による人事権の掌握
捜査・起訴機関の人事を政権が掌握することで、法律の条文を変えずとも実質的な司法統制が可能になる。制度の再編と人事権の掌握を組み合わせた、より巧妙な「武器化」の手法である。
李在明氏は現在、8件の刑事訴追を抱えた被告人でもある。この司法改革の骨格は、文在寅(ムン・ジェイン)政権で曺国(チョ・グク)氏が推進したものと同じであるが、決定的な違いもある。曺国は「検察共和国の解体」という左派イデオロギーによるものだったが、李大統領は「自分の訴追リスクの排除」という個人的な動機による。
■20~30代男性が保守化しているワケ
いわば、この「司法の私物化案」への有権者の拒絶反応は、世論調査に鮮明に表れた。全地域で反対が賛成を上回り、与党の票田である光州・全羅道でさえ反対39%が賛成35%を上回った。党内基盤の中心からも「やりすぎだ」という信号が出ていたにもかかわらず、政権は推進を続けた。
※朝鮮日報「李在明大統領の刑事事件8件全て公訴取り消し『特別検察官法』に反対44%・賛成27% 韓国世論調査」(2026年5月23日)
三権分立という民主主義の根幹への侵食が地方選終盤の失速をもたらした最大の要因であり、「苦い勝利」の本質的な理由である。
「韓国の保守支持層は年配者」というのがこれまでの常識だったが、韓国では若年層の保守化が強まっている。ただし、若者全体が保守化しているのではなく、20~30代男性に限って保守化が起こっている。

2025年の大統領選で李在明の当選を支えた中心は40~50代だった。20~30代男性の保守志向が突出し、同世代の女性との差が際立った。
※Newsweek「韓国大統領選が浮き彫りにした『男女分断』...若い女性票は李在明氏に」(2025年6月6日)
なぜ、20代と30代男性に保守化が起こっているのだろうか。
■「受験戦争、兵役を乗り越えたのに…」
理由の1つは、フェミニズムが浸透したことへの強い反発である。文在寅政権から青年男性の保守化が本格化し、「イデナム(20代男性)」という造語で呼ばれた。兵役によって約2年間を国家に捧げた男性が、除隊後に就職で得られていた加点制度がフェミニズムの批判で縮小されたことへの怒りが根底にある。
※朝日新聞「韓国の若い男と女はなにに怒っているのか 深刻化するジェンダー葛藤」(2025年5月10日)
2つめは、経済停滞が続いている原因を、革新系政権に求めていることだ。高い若年失業率・不動産高騰・激烈な受験競争という閉塞感の中で、同世代の女性が相対的に台頭しているように見えることへの焦りが反発として表出している。
3つめが与党「共に民主党」に対する反発だ。伝統的な革新政治に対する反発から共に民主党に対して敵愾心を持ち、それに対抗するイデオロギーを求めているのである。これは、日本における参政党の躍進と重なるところがあり、「新保守層の台頭」現象とでも呼ぶべきものだろう。
■「不動産から株へ」戦略に急ブレーキ
「ヘル朝鮮(地獄の韓国)」とは、若い世代が韓国社会の閉塞感を自嘲した言葉だ。
その閉塞感の源泉となっているのが、韓国における不動産問題だ。
韓国においてソウル、特に都心の江南の不動産保有は単なる資産運用ではない。どの学区に住むかで子どもの教育が決まり、教育が人生を決める韓国では、江南の不動産はアクセス権の購入であり、階級証明書だ。
「持つか持たないか」が人生の分岐点になるこの構造こそが、韓国の若者が「ヘル朝鮮」と呼ぶ閉塞感の正体に他ならない。不動産の有無によって、階級が分かれていると言っても言いすぎではない。
李大統領はこの構造を改革するための政策として「不動産から株へ」を公約した。不動産に固定されている家計資産を株式市場に誘導することで、「コリア・ディスカウント」(韓国株の割安)を解消しながら、不動産への資金流入を遮断して価格を下げるという構想である。
当初、この戦略は機能した。韓国株式市場KOSPIは、李大統領が選挙戦で掲げた目標5000を大きく上回り、5月には取引時間中として初めて8000の大台に乗せた。李大統領は「資本市場の正常化が現実のものとなったように、亡国的な不動産共和国の解体も決して越えられない壁ではない」と自信を示した。
※日本経済新聞「韓国、6月3日に統一地方選挙 株価最高値で革新系与党に追い風」(2026年5月31日)
だが、6月23日、KOSPIは前日比9.99%急落し、過去最大の下落幅を記録した。SKハイニックスが12.47%、サムスン電子が12.31%急落し、時価総額約78兆円が一日で消失した。

※BigGo ファイナンス「韓国KOSPI、1日で910ポイント暴落…過去最大の下げ幅『暗黒の火曜日』」(2026年6月23日)
真面目に資金を株に移した国民が大損するという、最悪の政治的結末だ(また、この中には、「階級」を乗り越えるために、借金して株を買った者もいるはずであるが、その悲劇は今後、報道に載ってくるだろう)。
今後の動向次第では、家計部門に深刻なダメージを与え、韓国経済にも悪影響が拡がりかねない。
■不動産を手放さない高級官僚の矛盾
不動産政策も同じパターンを繰り返している。就任直後から複数物件保有者への課税強化・融資規制強化に乗り出したが、ソウルのマンション平均価格は就任からわずか4カ月で過去最高値を更新した。規制のたびに価格が上がるという「お決まりのパターン」が今回も繰り返された。
この失敗には構造的な理由がある。規制を打つたびに市場が「希少性の確認」として反応し、価格が上がる。複数物件保有者への課税強化は家主が税負担を家賃に転嫁することで、最も打撃を受けるのは守ろうとした「持てない下層」だ。
さらに皮肉なのは、「不動産共和国の解体」を叫んだ政権の高位公務員のうち約3割が複数の不動産を所有していたことだ。「株に移せ」と国民に呼びかけた当人たちが不動産を手放していなかったのである。
※AFP「韓国の中央省庁の高官3人に1人が“2軒以上”の住宅保有…強まる不動産偏重の実態」(2025年3月28日)
「ヘル朝鮮」を生み出す「不動産階級制」は、「打倒しようとしている政党の支持者の多くが、すでにその階級制の上位に入っているか、入ろうとしているから」こそ壊れない。これが李在明政権の不動産政策が失敗し続ける本当の理由だ。
■政治の「暴走」に国民がNOを突き付けた
地方選の「苦い勝利」は、李在明政権に3つの問いを突きつけた。
第一に、「司法の武器化」を続ければ次の選挙でさらなる代償を払うという警告だ。光州・全羅道という与党の牙城でさえ「セルフ免罪符」への反対が賛成を上回った事実は、政権の中核支持層からも黄色信号が灯っていることを意味する。
第二に、保守の「底力」が消えていないという現実だ。尹錫悦前大統領の弾劾で完膚なきまでに叩きのめされたはずの保守が、朴槿恵という象徴の復帰と20~30代男性という新しい燃料を得て再編されつつある。「圧勝できるはずの選挙」で圧勝できなかった理由はここにある。
第三に、不動産と株式という二正面での経済政策の失敗が、政権の信頼基盤を侵食しているという問題だ。
最も注目すべきは、この「苦い勝利」が民主主義の自浄作用として機能している点だ。「司法の武器化」という民主主義の根幹への侵食に対し、韓国の有権者は票という形で「それは違う」と示した。怒りはデモではなく投票所で表現された。
今回の韓国地方選は「与党圧勝」ではなく、「次なる混沌の始まり」と見るべきだろう。特に、三権分立をないがしろにしようとする現職大統領の姿は、今後、国民からさらに強い反発を生む可能性が高い。
政権が司法を武器化しようとするとき、民主主義社会はそれに抵抗する力を持っているかどうか。これが、韓国国民の次なる試練である。

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白川 司(しらかわ・つかさ)

評論家・千代田区議会議員

国際政治や日本論など幅広いフィールドで活躍。YouTubeチャンネル「デイリーWiLL」コメンテーターを経て、文化人放送局コメンテーター。メルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評。新刊に『習近平は何を恐れているのか?』(ビジネス社)。既刊書に『14歳からのアイドル論』(青林堂)、『日本学術会議の研究』『議論の掟』(ワック)、翻訳書に『クリエイティブ・シンキング入門』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。

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(評論家・千代田区議会議員 白川 司)
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