※本稿は、長尾義弘『老後不安は「思い込み」が9割』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。
■老後は「ゴミ出し」さえも命がけ
私は、朝6時30分に開店するスターバックスに行って仕事をするのが日課です。ある日、いつものように6時すぎに自転車で向かっていると、小さな声で「助けてください」という声が聞こえました。気のせいかなと思いつつも、引き返してみると、都営住宅の階段のところでおばあさんが座り込んでいました。
「大丈夫ですか?」と声をかけると、腰を圧迫骨折していて、松葉杖をつきながらゴミ出しに来たものの、転んで起き上がれなくなったとのこと。「救急車を呼びましょうか?」と聞くと、「それは大丈夫」と言います。意識もしっかりしていて外傷もなさそうでした。3階に住んでいるから部屋に戻りたい、と。
(えっ、松葉杖でゴミ袋を持って3階から降りてきたのか……)そう思いながら、とにかく抱きかかえて立たせ、ゆっくりゆっくり階段を上がりました。なんとか玄関まで送り届けると、本当にホッとした表情をしていました。
きれいに片付いた部屋だったので、おそらくひとり暮らしでしょう。
後日、その方の息子さんがお礼に来てくれました。ちなみに私はというと、無理な体勢で抱き起こしたせいか、足首をひねって1週間ほど痛い思いをしました(苦笑)。この出来事で痛感したのは、ゴミ出しは高齢者にとって“命がけ”になりかねない、ということです。
■「今日はいいか」が自己放任に繋がる
普段は普通に歩けていても、重いゴミ袋を持つとバランスを崩しやすい。さらに階段の上り下りは、想像以上に危険です。階段には手すりがあっても、踊り場にはなかったりします。坂道があればなおさら。雪の日などは、転倒リスクが一気に高まります。
そして、ゴミ出しがつらくなると、今度は別の問題が出てきます。
「今日はいいか」と出さずにいるうちに、家の中にゴミがたまる。不衛生な環境になります。
「セルフ・ネグレクト(自己放任)」状態です。こうした状態が続くと、心身の健康が脅かされ、孤立が深まります。悪循環です。
じつは、支援制度も少しずつ広がっています。令和2年度の環境省の全国地方公共団体向けアンケート調査では、地方公共団体の34.8%が、高齢者向けのゴミ出し支援制度を導入しています。
■「自分が死んだら適当に火葬して」は甘い
単なる回収ではなく、見守りの意味もあり、しばらくゴミが出ていない場合には安否確認も行われます。要介護認定を受けていれば、訪問介護の中でゴミ出しや掃除、買い物代行をお願いできる場合もあります。また、自治会やNPOなど、地域コミュニティが独自に支援していることもあります。
意外と「知らなかった」というだけで、使える制度があるかもしれません。相談先としては、市区町村の廃棄物担当部署や地域包括支援センターがあります。ゴミ出しなんて小さなこと、と思うかもしれません。でも、その“小さなこと”が、転倒事故や孤立、さらには健康悪化につながることもあるのです。
老後の安心は、大きな問題を解決することだけではありません。毎日のゴミ出しのような、ささやかな日常をどう安全に続けられるか。そこにこそ、現実的な備えのヒントがあります。
できれば考えたくない。
でも、現実はそんなに簡単ではありません。
■死後の手続きは生きているうちに行う
法律や自治体のルールがあり、“適当”では済まないのです。はっきり言います。死後事務は、めちゃくちゃ大変です。まず火葬ひとつとっても、「火葬許可書」が必要です。そのためには、住民登録している自治体に、死亡届や死亡診断書(場合によっては死体検案書)を提出しなければなりません。
遺骨も、好き勝手にまいていいわけではありません。法律で全面禁止というわけではありませんが、自治体ごとに細かいルールがあります。
公共料金の精算、携帯電話の解約、病院への支払い、遺品整理、相続の手続き。誰かがやらなければいけません。もう一度言います。死後の手続きは、とても大変です。
亡くなった本人は何も感じませんが、残された人には大きな負担になります。だからこそ、生きているうちに準備しておく意味があるのです。
■悲しむ暇もなかった母親の葬儀前準備
私の母が亡くなったときの話を少し。亡くなってからの数日間は、本当に慌ただしくて、悲しむ余裕なんてありませんでした。
葬儀社が決まれば、今度は打ち合わせ。遺影の写真はどうするか、死装束はどうするか、宗派の確認、僧侶への連絡。お布施、お車代、御膳料の準備。初七日の段取りまで、ほぼ1~2日で決めていきます。気持ちは追いついていないのに、現実は待ってくれません。
葬儀が終わると、今度は役所の手続きです。戸籍謄本や住民票の除票を取り、必要な届けを出します。世帯主が亡くなっていれば世帯主変更届。年金受給者なら年金の停止手続き。医療保険や介護保険の資格喪失届もあります。
さらに、生命保険の請求、銀行口座の解約、電気・ガス・水道・新聞・インターネット・携帯電話・クレジットカードなどの解約や名義変更。母の場合は、生命保険や有価証券はなく、銀行口座とクレジットカードくらいでした。それでも十分大変でした。しかも田舎での作業なので、滞在できる日数が限られています。その間にできるだけ終わらせなければなりません。
■元気なうちに遺品の「生前整理」を
また、手続きには期限があるものもあります。年金の停止は10日以内、介護保険の資格喪失は14日以内など、意外とタイトです。不動産や複雑な相続が絡めば、さらに大変になるでしょう。そして忘れてはいけないのが遺品整理。これが本当に骨が折れます。だからこそ、「生前整理」は元気なうちにやっておいたほうがいい、と心から思います。
この死後事務の問題は、いま行政の中でも大きなテーマになっています。たとえば横須賀市では、「地域終身サポート隊」という取り組みがあり、終活の支援や身元引受人の紹介などを行っています。
ひとり暮らしの高齢者が増えるなかで、「亡くなった後をどう支えるか」は社会全体の課題です。他の自治体でもさまざまな取り組みが始まっています。死の話は重い。でも、準備の話は前向きです。きちんと整えておけば、残される人の負担はぐっと減ります。そして何より、自分自身が安心できます。
老後の不安の多くは、「よくわからないから怖い」ものです。死後事務も同じです。知って、準備しておく。それだけで、不安はかなり小さくなります。死は避けられません。でも、「どう迎えるか」は選ぶことができるのです。
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長尾 義弘(ながお・よしひろ)
NEO企画代表、ファイナンシャルプランナー、AFP
徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。新聞・雑誌・Webなどで「お金」をテーマに幅広く執筆。著書に『コワ~い保険の話』(宝島社)、『こんな保険には入るな!』(廣済堂出版)、『とっくに50代 老後のお金どう作ればいいですか?』(青春出版社)、監修書には年度版シリーズ『NEW よい保険・悪い保険』(徳間書店)など多数。
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(NEO企画代表、ファイナンシャルプランナー、AFP 長尾 義弘)

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