AI時代に求められる世界標準のスキルとは何か。作家でプリンストン日本語学校高等部ディレクターの冷泉彰彦さんは「今後は管理者の管理方法と管理の範囲はさらに拡大する。
日本の大学や高校でそのためのスキルを鍛える機会がないが、アメリカの名門大学群であるアイビー・リーグ校の入試や入学後の時間割などでは求めていることがわかる」という――。
※本稿は、冷泉彰彦『世界の一流は「子ども」に何を教えているのか』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■自己管理能力は「マルチタスク処理」に表れる
アメリカの大学は受験生のスポーツ歴やアートの活動履歴を重視します。それは、同時に個々の人材の実行力を見るためです。
これからのAI時代は、最高ランクの知性を持つ「第1グループ」と呼ぶべき人材だけでなく、十分な知性と実行力でAIを使う側に回る「第2グループ」が大切になってきます。その「第2グループ」に期待される「実行力」こそ、現在のアメリカの大学が重視しているスキルそのものです。
ヨーロッパでも、またアジアでもそうですが、アメリカでは、大学は「社会に有為な人材」を送り出すところだという意識は特に強いと感じられます。
そのために、ビジネスの世界や行政の世界でサクセスしそうな「潜在能力」が重視されるのです。そこには、学力も入ってくるし、コミュニケーション能力やリーダーシップの経験といったものも入ってくるでしょう。
ただ、アメリカの大学が受験生に期待している「潜在能力」というのは、そうした漠然とした人物像だけではありません。もっと具体的な問題として、「自己管理能力」があります。
この「自己管理能力」ですが、宿題の締め切りに遅れないとか、この「大学の願書締め切り」に願書一式を「間に合わせる」というような、「締切厳守」という点がひとつあります。
ですが、それだけではありません。
もっと大きな概念として、「同時並行的に多くのプロジェクトを進行させ、それぞれについて期日までに成果を出す」という能力、つまり「マルチタスク管理能力」とでもいうものを、アメリカの大学は非常に重視しています。
■「同時進行的に何をやっているのか」の例
どうして成績とテストの点数だけでなく、スポーツや課外活動の成果を求めるのかというのも、実はこの点に理由があります。
たとえば、進学実績の高い学区の公立高校に通っている12年生(高校4年生。日本の高3と同じく最高学年です)で、名門大学に出願すべく「目いっぱいのスケジュールを入れている」ような場合、11月の大学出願時点で「同時進行的に何をやっているのか?」のモデルケースを考えてみましょう。
① 高校では主要な科目は11年生(日本の高2相当)までに修了しているものの、依然として「多変数微積分」「AP統計学」「APアメリカ政治」など宿題の多い科目を履修。テストの直前には相当に勉強しなくてはならない(ちなみに「AP」とは、高校生向けに提供される、大学レベルの初級コースのこと)。
② 選択科目として「オーケストラ」を取ってチェロを弾き、「学校に3つあるうちの最高ランクである代表オーケストラのトップ」を務める。同時に学校のオーケストラの幹事役として、資金集めの企画も担当。
③ その「チェロの腕前」が落ちないように、週に1回、専門家の指導を受けている。
④ 学校外の「州南部高校生の代表オーケストラ」の楽員にもなっていて、コンサートへ向けて定期的な練習に参加している。
⑤ スポーツはサッカー部に入っていて、学校の代表選手。
練習は月曜から金曜の放課後に2時間、土曜の午前中にも3時間。秋はシーズンなので、2カ月半のシーズン中に約10回の遠征試合と、5回のトーナメント戦があり、アウェーの場合は、帰宅は午後8時から9時。
⑥ そのほかに、週末には「語学学校通い」もしくは「定期的に病院やEMS(救急隊)でボランティア」。

おおよそこんな感じでしょうか。
■「忙しい日常」できちんと成果を出せるか
この中で④は、ごく一部の「音楽エリート」の生徒しか関係がないのですが、音楽エリートと言っても、たとえば音楽専攻でプロのチェリストを目指すというのは少数派で、ほとんどは名門大学への出願を意識してやっていることになります。
ここで大切なのは、とにかく全体の活動が多岐にわたっていて、しかもそれぞれに個別のスケジュールが決められているということです。
日々の授業で好成績を維持するには、日々の宿題をきちんと提出し、小テストで高得点を取り、中間テストや期末テストでもよい点数を取らなければなりません。そのために、そうした学期のスケジュールに合わせて、自分の生活も管理していかなければならないのです。
音楽も同様で、「チェロのトップ」とか「州南部の代表オーケストラのメンバー」という「地位」を維持するには、それぞれのシーズンの終盤に設定された「オーディション」を勝ち抜かなければなりません。ですから「オーディション」に向けて課題曲を練習し、そのためには個人レッスンに通いつつ、日々の練習を欠かすことはできないのです。
特にスポーツは、所定の練習に出るだけでなく、コーチに指示された自主練習や走り込みなどを――特に高学年になれば、ほかのメンバーを引っ張るようなリーダーシップを発揮しつつ行わなければなりません。さらにそこに学校外の勉強やボランティア活動などが乗っかってくるのです。

そうした「忙しい日常」できちんと成果を出しつつ、その上で、大学出願のためにSAT(大学進学希望者を対象とした全米共通の標準学力テスト)などでしっかり高得点を出し、高水準のエッセイ(作文・自己紹介文)を期日までに仕上げなくてはなりません。
■タスク一つひとつに「締め切り」や「競争」
またエッセイの添削や、推薦状や内申書の手配などは、コミュニケーションのルールに従って、先生たちにきちんとした依頼をしなくてはならないのです。
つまり、SATで好成績を上げるために、あるいはエッセイ執筆に集中するために、「部活やスポーツから引退する」などということはありえず、とにかく最高学年になるに従って、積み重なるように「多くのタスクが同時並行で走っていく」し、そのタスク一つひとつに「締め切り」や「競争」があるというわけです。
そうした環境の中で、よい成果をそれぞれのタスクについて出していくこと、これが「自己管理能力」です。
そのような能力は、何よりもビジネスにおけるスキル、研究や公共サービスにおけるスキルに直結します。
入学後の大学のカリキュラム自体が「ややオーバーロード気味」につくってあるのも、そのためだと言えます。特に名門と言われる大学のカリキュラムと、その中にある個別のスケジュールの密度は、大変に濃くなっています。
そうした「マルチタスク」に耐えられるかというのは、学生の資質を見ていく上で入試事務室が極めて重視する点なのです。
■アイビー校が求める時間感覚の正体
私の教え子でアイビー・リーグ校(※)に進学して、今は生物学の研究者になっている人がいます。彼女は高校時代からバイオリンを弾いていて、大学でもオーケストラ部に入っていたそうです。その彼女が、大学時代に目を輝かせてこんなことを言っていました。
「大学のオーケストラって、定例の練習が夜の9時15分からなんです。
これがすごく便利で。だって、9時15分って決まっていると、そこまでの時間でできる宿題は終わらせられるじゃないですか」
基本的に全寮制だったからできることとはいえ、部活のオーケストラの練習が夜の9時15分に集合というのは、普通の生活パターンではありえないことです。
ですが、そんな日程が機能してしまい、なおかつ参加者は時間管理の都合から「便利」と思う、そこにアイビー校ならではの時間感覚を見た思いがしました。
よく、アイビー校レベルの入試を見て、結局は「文武両道でバイオリンなどを弾いている優等生」しか受からない、だからアイビーは保守的だというような印象を持つ人がいるようです。それは半分は正しいのですが、半分は違います。
確かにマルチタスクを処理するスキルを持った学生は高評価を受けます。ですが、それは「保守的な優等生」が欲しいからではなく、マルチタスク処理能力、つまり「自己管理能力」というものを、期待される人物像の中で極めて高い優先順位に設定しているからにほかなりません。

※米国北東部にあるブラウン大学、コロンビア大学、コーネル大学、ダートマス・カレッジ、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、プリンストン大学、イエール大学の8つの私立大学のこと。
■AI時代にますます求められる資質
このマルチタスク処理スキルというのは、現在でもビジネスの世界では重要なスキルです。
日本の場合も管理職、あるいはその前の段階から厳しく問われるスキルでもあります。それを、大学や高校の時点で鍛える機会がないというのは、ある意味で学生がかわいそうだとも言えます。
日本の伝統的な紙と鉛筆による一発勝負の大学受験というのは、完全なシングルタスクの処理になっているからです。


このマルチタスク処理ですが、AI時代になる中では、人間に求められる資質としてますます重視されるようになると考えられます。もちろんAIも、シングルタスクの処理から、処理のための手段を自動的に選択して実行する2階層のAIエージェントに進化しつつあります。
この先に、階層はもっと増えるでしょう。ですが、そのような時代に生きていく人間は、「大枠だけを指示して、細かいことはAIに丸投げ」ということにはならないと思います。
たとえば英語圏の多くの経営者は、数階層下のレベルから、重要な社内メールは「CC」に入れさせて、決定に関与したり、進行中の案件の把握をしたりします。
AI技術が進むにつれて、その内容の重要性をAIに振り分けてもらうようなことは起きるかもしれません。
■管理方法と管理の範囲は拡大する
ですが、そうしたサポートが機能するようなら、管理者の管理方法と管理の範囲は、現在よりさらに拡大するに違いありません。このマルチタスク管理スキルというのは、21世紀においては、加速度的に重要になると見ておいたほうがよさそうです。
そう考えると、18歳の時点で「マルチタスク処理能力」を厳しく問うということ、これに応えるために、その練習をもっと早期に始めるというのは、とても大切になるのです。

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冷泉 彰彦(れいぜい・あきひこ)

作家、ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。プリンストン日本語学校高等部ディレクター。1959年東京生まれ。
東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。著書に『アメリカの警察』(ワニブックス新書)、『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)、『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)など。有料の週刊メルマガ「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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(作家、ジャーナリスト 冷泉 彰彦)
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