サントリーの銘酒「山崎25年」を差し置き、英専門誌で最高得点を獲得したウイスキーがある。埼玉県秩父市のベンチャーウイスキーがつくる「イチローズモルト」だ。
カードシリーズはオークションで全58本セットが1億円で落札されるなど、世界の愛好家を驚かせてきた。従業員約50人の小さな蒸留所は、なぜこれほど高い評価を得たのか。元サントリー社員の肥土伊知郎社長(60)に、フリージャーナリストの前屋毅さんが聞いた――。(後編)
■オークションで9750万円の値が付いた
2019年8月、驚きのニュースが飛び込んできた。2019年8月18日付の日経新聞によると、ベンチャーウイスキーの「イチローズモルト」カードシリーズ54本セットが、英競売会社ボナムズの香港オークションで719万2000香港ドル、当時のレートで約9750万円という1億円近い値で落札されたのだ。日本産ウイスキーのコレクションとしては、当時の世界最高額だった。
単一ボトルの落札額も高騰している。英国の酒類業界専門メディア「The Drinks Business」(2025年3月28日付)によれば2022年9月にはクリスティーズ香港のオークションで、カードシリーズ「10・オブ・スペーズ」1本が125万香港ドル、約2300万円で落札された。カードシリーズは通常の54本に、初期4銘柄の別リリースを加えた全58本が完全版とされ、完全にそろったセットは世界でも数えるほどしか存在しないとされる。
「シリーズ54本セット」とは、イチローズモルトの「カードシリーズ」の全54本セットのことだ。シリーズ最初にリリースされた4本のうちの1本、「キング・オブ・ダイヤモンズ」は、2006年に世界的な雑誌『ウイスキーマガジン』で日本ウイスキーとして最高点を獲得している。
そのカードシリーズが誕生するまでには物語がある。
家業だった東亜酒造を経営難から売却し、2004年9月にベンチャーウイスキーを立ち上げたのが肥土伊知郎社長だった。そのとき東亜酒造で父親が手がけていたウイスキーの原酒、400樽を買い取っている。
■最初は“ウイスキーの本場”で馬鹿にされた
父親から引き継いだ原酒をブレンドして2005年5月につくったのが、イチローズモルトの第1号である。それを持って肥土社長は、ウイスキーの本場であるスコットランドに飛ぶ。知り合いに地元の酒卸業者を紹介してもらったからで、イチローズモルトの販路を切り拓くことが目的だった。
「持っていたウイスキーを見て先方がまず言ったのは、『なんだ720mlの瓶かよ。ウイスキーは700mlの瓶でないと売れないんだよ』でした。会社を立ち上げたばかりのころは、そんなことさえ知らなかったわけです」と、肥土社長は笑った。
肝心の味については何と言われたのかといえば、「味はいいね」だったそうだ。720mlの瓶を使ったのは、ウイスキーの瓶についての知識もなかったので、たまたまあったワインの瓶を使ったからだという。
■「自分の名前」を商品名にしたワケ
イチローズモルトというブランド名についても訊いてみた。
「サントリーの『山崎』のように蒸溜所の名前をつければいいのでしょうが、これをつくった羽生蒸溜所はすでに売却してしまっていたので、手元の400樽を使い切ってしまえば羽生製のものはなくなります。
羽生の名前で売りだしても、消費者に覚えてもらったころには羽生製ではなくなるので躊躇しました。そのとき秩父に蒸溜所を立ち上げる計画もあったので、秩父にしてもよかったのですが、まだ影も形もない蒸溜所の名前をつけるのもおかしいかなと思ったのです」
そこで思いついたのが、創業者である自分の名前をつけることだった。世界的に有名なジャックダニエルにしろバランタイン、ジムビームにしろ創業者の名前からきている。
「肥土なので『アクトーズモルト』にしようと思ったのですが、どうも語呂が悪い。『悪党のモルト』にも聞こえてしまう」と言って、肥土社長は笑った。
そして下の名前をとって、「イチローズモルト」にした。もともとの原酒をつくったのは父親なので、「父親の名前にしてもよかったのでは」とも訊いてみた。
「そういう発想はありませんでした。美味しくなくて売れないときに、父のせいにはしたくなかったからです。自分の名前をつけるのは勇気も必要で、自分の名前をつけたからには、自分の責任でつくるという覚悟の表明でもありました」
■バーで思いついた「トランプのカード」
スコットランドの酒卸業者に品質は認めてもらえたので、こんどは700mlの瓶で本格的に売り出す製品づくりにのりだすことになった。
「ウイスキーの魅力を伝えるには味のバリエーションがあったほうがいいと考えていました。そこでシェリー酒とかコニャックの空き樽とか、いろんな樽を新たに調達してきて父の原酒を詰め替えて風味を加えました。
そのなかから状態のいい4種類を、まずは販売しようということになりました」
本格的に売り出すには、瓶のラベルもつくらなければならない。それについてはバーで知り合ったデザイナーと、バーで相談した。場所にバーを選んだのは、そこには参考になるたくさんのウイスキーの瓶があったからである。
話をしているなかで、「トランプのカードって4種類のマークがあるよね」ということになった。クラブ、ダイヤ、ハート、スペードの4種類である。その4種類をモチーフにしたのが最初のカードシリーズで、2005年に発売する。そこに、のちに世界一になる「キング オブ ダイヤモンズ」もあったのだ。
■「この瓶、見たことあるぞ」の口コミで人気に
「トランプのデザインはバーでも目立つので話題になりましたが、『ウイスキーマガジン』で最高得点をとって、かなり注目されるようになりました。サントリーの『山崎25年』という、愛好家にとっては憧れのウイスキーもあるなかでの最高得点ですから、愛好家はザワザワしましたね。じつは、【ウイスキーマガジン』でとりあげられたことは、事前には私も知りませんでした」
この受賞に目を留めた人物がいた。『ウイスキーマガジン』の元編集長だ。「お前のウイスキーはすごいから、ヨーロッパで展開したい」。
肥土社長は英語が得意ではなかったが、海外のセミナーやイベントに誘われれば断らないと決め、現地代理店に同行して顔を出し続けた。
バーでは、ウイスキー1本が空くのに1年かかることも珍しくない。売れ行きが遅いぶん、置いてくれる店だけが地域に少しずつ増えていく。すると、あるときから客のほうが気づき始める。「あれ、この瓶、他の店でも見たぞ」となる。マーケティングを仕掛けたわけではなく、自然と口コミで評判が広がっていったという。
ちなみに「山崎25年」をサントリーのホームページで調べてみたところ、41万5000円の希望小売価格がつけられている。その値段からも、銘酒中の銘酒であることが知れる。それを差し置いての最高得点なのだから、驚かないわけにはいかない。
最高得点をとったことに勢いづいて、トランプカードの全種類、54種類を世に送り出すことになる。その54種類が、香港のオークションで1億円近い値で落札されることになるのだ。
■全58本セットが1億円で落札された
「正確に言うと全部で58種類です。
コンプリートカード(限定カード)の4種類があるからです」と、肥土社長。
スペードのエースとハートのクイーン、クラブのジャックとダイヤのキングの4つを、ファーストリリースとは別にコンプリートカードとしてセカンドリリースしたのだ。2019年のボナムズ香港オークションでは54本セットが約9750万円で落札され、2021年10月には全58本のフルセットが東京のオークションに初登場した。カードシリーズの生産はすでに終了しているので、1本ずつでも目にするのは貴重だが、全種類セットとなると奇跡に近い。
問題は、最高得点を獲得したり、オークションで高値のつくイチローズモルトをつくった羽生蒸溜所製の原酒には限りがあるということだった。肥土社長が引き受けたのは400樽で、一見、多いようにも思えるが、販売していけばまたたく間になくなる量でしかない。
評判になって売れ行きが伸びれば伸びるほど、原酒の量は減っていく。原酒がなくなれば、ベンチャーウイスキーは存続できない。
■「日本で35年ぶり」の“ウイスキー蒸溜所”
実際、羽生製の原酒は現在、ほとんどなくなっている。それでも、ベンチャーウイスキーは立派に存続しているし、業績もずっと右肩上がりである。それは、羽生製の原酒に代わる原酒を確保しているからである。
ベンチャーウイスキーは独自のウイスキー蒸溜所を2007年11月に秩父に完成させ、翌年から蒸溜を行っている。
その原酒が、いまではイチローズモルトの主たる原料となっている。
初年度は売上高2000万円、赤字2000万円からのスタートだった。それが以後、売り上げの下がった年は一度もないという。秘訣を訊ねると、「一気に伸ばさなかったから」と返ってきた。熟成の酒であるウイスキーは、手持ちのいい原酒を一気に放出すればそこで終わる。計画的に、少しずつ出す。金融機関の信頼も、そうして積み上げてきた。
「日本でウイスキー蒸溜所の免許が下りたのは35年ぶりということもあり、免許を発行する税務署でも発行経験がなかったので、いろいろたいへんでした」
そう肥土社長が言うが、なかでもたいへんだったのが、経営基盤があるかどうかの審査だったという。ウイスキーは蒸溜してすぐに売れるものではなくて、熟成させる時間が不可欠なので、製造から販売までにはタイムラグがある。その間に会社の経営が立ちゆかなくなれば、免許を発行した税務署も責任を問われることになるのだ。
「秩父の原酒が販売できるようになるまでは、羽生でつくった原酒があり、それを売るので経営は問題ないと説明しました。その原酒がほんとうに存在するのか確認する必要があると言われ、税務署の人と原酒を預けてある福島の笹の川酒造まで行って確認してもらい、それで免許もおりました」
2011年、秩父蒸溜所初のシングルモルト「秩父ザ・ファースト」を発売する。7400本という強気の本数は、発売日までに国内外の予約で完売した。
■「父の原酒と同じものはできない」
新設した秩父蒸溜所でつくるウイスキーは、羽生で父親のつくっていたウイスキーと同じではない。真似れば簡単なのにと思われるかもしれないが、あえて、そうはしなかった。その理由を、肥土社長が次のように説明する。
「国際的にも高い評価を受けた父の原酒と同じ設備をつくろうとしても、同じようにやってみても立地条件も違いますから、父の原酒と同じものはできません。そうではなくて、自分が思う最高のウイスキーを実現するための設備をつくろうとしました。いろいろ条件の制約があるので全部を思いどおりにできなくても、理想に近づけるような醸造所をつくりました。父のウイスキーと秩父でつくるウイスキーは同じものではない、という割り切りからスタートしたわけです」
こだわりのひとつがウイスキー造りの要となるポットスチルで、もろみを蒸溜するための銅製の釜のことだ。釜で蒸溜して、その蒸気をラインアーム(パイプ)で冷却器に送り、冷やすことでウイスキーのスピリッツ(蒸溜酒)ができる。
小型のものを使うので個性的で力強いものになると考え、その特徴をさらに引き出すために、釜の頭の部分を真っ直ぐに立ち上がるストレートヘッドにし、ラインアームをちょっと下に向けることで、より力強いスピリッツがつくれるよう工夫してある。特注製で、世界最高峰のポットスチル・メーカーであるスコットランドのフォーサイス社に依頼してつくった。
■樽は北海道産、大麦は埼玉産
羽生では無機質なホーロータンクで発酵させていたが、秩父では木桶にこだわった。木桶には乳酸菌が住みつき、酵母による発酵のあとに乳酸発酵が起こる。これがウイスキーを華やかでフルーティーにするのだという。そのうえで素材に「ミズナラ」を選んだ。発酵槽としては世界で唯一の使用で、さらなる個性につながっている。
ちなみに2019年に開設した秩父第2蒸溜所では、発酵槽にフランスのタランソー社に発注したフレンチオーク材が使われている。第1蒸溜所とは、また違う個性のものをつくろうという試みだ。
そして原料には輸入麦芽に加えて、ベンチャーウイスキーの地元である埼玉産の二条大麦も使われている。それによって、ジャパニーズウイスキーらしさをだそうという工夫である。
こうしてできあがったスピリッツは、樽で寝かせる(熟成させる)ことでウイスキーの原酒となっていく。そこでのこだわりを、肥土社長が次のように説明する。
「露出した地面の上に木製のレールを敷いて樽を積み上げていくという、昔からスコットランドでやってきた方式の貯蔵庫をつくりました。父の原酒ではやっていなかったことで、それも自分の理想とするウイスキーをつくっていくためです」
秩父盆地は、夏と冬、昼と夜の寒暖差が大きい。この気温の振れが樽の中の原酒の呼吸を促し、熟成に独特の深みを与えるという。
■2019年、世界最高のブレンダー賞を受賞
ウイスキーは、寝かせた樽から直接、瓶詰めされて製品になるわけではない。同じ場所で熟成された樽のものでも、個性が違ってくる。いろいろな樽の原酒をブレンドすることで、ひとつのブランドとしての味と風味に仕上げていく。
このブレンドを担当するブレンダーの腕がウイスキーの善し悪しを左右するし、ひいては売れ行きにもつながる、重要な役割である。その役を果たしているのも、肥土社長である。
秩父のブレンダーは現在3人。サントリーは7人ほどだというから、会社の規模を考えれば手厚い。それでも「質を上げるにはブレンダーを増やしたい」と、若手をさらに3人育てる計画だ。
父親の原酒をバーに持ち込んでプロであるマスターの意見を聞くことで、肥土社長は製品に自信を深め、製品化につなげていった。それ以降もバーまわりは欠かさず、そこから貴重な意見を汲み取り、ブレンドに活かしていったのだ。
肥土社長は、世界的なスピリッツの品評会のひとつである「ISC(インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ)」において2019年、世界の洋酒界で最高のブレンダーに贈られる「マスター・ブレンダー・オブ・ザ・イヤー」を獲得している。ブレンダーとしての肥土社長の手腕が、イチローズモルトの人気を支えていることはまちがいない。
「ブレンドのレシピをつくったり、テイスティングは私の仕事ですが、そのレシピで実際にブレンドするのは、いまは若手の仕事です」と、肥土社長。
ウイスキーの供給量が増えていけばブレンダーの数も必要となってくるし、そのために若手の育成は不可欠である。それができてこそ、企業としての存続も発展もある。世界最高のブレンダーとして認められた肥土社長は、それも忘れてはいないのだ。
■輸入ウイスキーとは「対抗しない」
輸入ウイスキーの人気ブランドと、どう戦うのか。そう訊ねると、意外な答えが返ってきた。
「対抗しようと思ったことは、いままでも全然ないんです。できたら、その横に置いてもらえたら嬉しいなと。飲み比べてもらって、10回に1回うちのを飲んでくれたらいいかな、と」
押しのけるのではなく、隣に並び、目を引き、たまに選ばれる。バーのカウンターで磨かれてきた、イチローズモルトらしい戦い方である。
2026年1月には、ベンチャーウイスキーの完全子会社であるベンチャーグレインが北海道の苫小牧蒸溜所を本格稼働させている。熟成を経て市場投入されるのは2029年以降とされているが、これによってベンチャーウイスキーの原酒量は格段に増えるはずである。その事業拡大に備えての人材育成も着々とすすんでいることになる。
生産量は秩父の約8倍。ただしつくるのはグレーンウイスキーで、これを使った新たなブレンデッドの構想も進んでいる。
現在、比較的一般的に飲まれている「ホワイトラベル」をはじめ、イチローズモルトは数種類が販売されている。なかには売り切れ状態のものも少なくなく、その高い人気ぶりがうかがえる。
2024年3月には、『ウイスキーマガジン』が認定する「Hall of Fame」に選出され、肥土社長は殿堂入りをはたした。日本人としては5人目、最年少での殿堂入りだった。
2004年に新興メーカーとして登場したベンチャーウイスキーは、いまや押しも押されもしない日本を代表する世界的企業に成長している。これから、どうイチローズモルトがブラッシュアップされていくのか楽しみである。

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前屋 毅(まえや・つよし)

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。著書に『学校が合わない子どもたち』(青春新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(KKベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『日本の小さな大企業』(青春新書インテリジェンス)などがある。

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(フリージャーナリスト 前屋 毅)
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