※本稿は、櫻井かすみ『不安通貨 貯金や投資で消えない「お金の不安」を最新科学で解決』(Gakken)の一部を再編集したものです。
■「自分ならできる」と信じているか
お金の不安をなくすために本当に必要なものは何でしょうか。
収入や知識を増やすことではありません。
自己効力感という概念を提唱した心理学者アルバート・バンデューラは、次のように述べています。
【人が行動を起こすかどうか、どれだけ努力するか。そして困難に直面したときにどれだけ持続できるかは、「自分にはそれができる」という信念によって決まる】
言い換えると、「自分でコントロールできている」という感覚。心理学では、これを自己効力感と呼びます。つまり、人の行動や継続力を決定づけているのは、能力そのものではなく、「自分なら対処できる」「想定外のことが起きても、なんとか自分で対応できる」という感覚なのです。
■お金の不安の正体は「無力感」
自己効力感とは、結果をすべて完璧に“実際にコントロールできる”という意味ではありません。「想定外のことが起きても、なんとか自分で対応できる」と“信じられること”です。この感覚があるかどうかで、同じ状況でも不安のレベルは大きく変わります。
多くの人が勘違いをしていますが、お金の不安は「お金が足りないから」だけで生まれるわけではありません。むしろ不安の正体は、「何が起こるかわからない」「起きたときにどうすればいいかわからない」「自分には対処できない気がする」「立ち上がれない気がする」という無力感に由来します。
■「金融自己効力感」の4要素
つまり、コントロールできていない感覚に襲われることが、不安の本質なのです。この状態では、たとえ貯金や投資が順調でも、不安は消えません。
それでは、お金の分野における自己効力感、「金融自己効力感」とはどういう状態でしょうか。
安心してお金と向き合えている人の共通点がそのまま当てはまります。日々の管理を自分で回せている感覚、将来への見通し、想定外にも対応できるという信頼、そして判断を誰かに丸投げしていないこと。
ここで重要なのは、「正解かどうか」ではないという点です。完璧な判断である必要はありません。失敗の可能性がゼロでなくてもいいのです。もしズレたとしても修正できる。そう思えているかどうか。
■物価高、円安でも揺らがない最強資産
なぜこの金融自己効力感が「最強の心理資産」と言えるのでしょうか。理由は明確です。自己効力感は、外部環境によって簡単に揺らがないからです。マーケットの変動でも、物価高でも、円安でも、他人の成功談でも、簡単に減ったり奪われたりしません。なぜなら、それは外の環境ではなく、自分の内側にある資産だからです。
しかも、この資産は使うほど強くなります。小さな判断を自分で下せている。結果を振り返り修正できている。「自分でできた」という感覚を積み上げている。これだけで、金融自己効力感は着実に育っていきます。
金融自己効力感を持つ人だって、不安に駆り立てられるときはあります。
だからこそ、お金の不安を本当に減らしたいのであれば、追いかけるべきものは「正解」ではありません。「自分なら大丈夫」と思える感覚です。それこそが、どんな環境でも、どんな人生の局面でも機能する、最も強い心理的資産なのです。
■「選択肢がいっぱい」が逆効果に
選択肢は、多ければ多いほど良いと思っている人もいるかもしれません。確かに「情報が多ければ多いほどいい」というのは、伝統的な経済学の考え方です。「人間は正しく合理的な意思決定をもとに行動できる」というのが伝統的な経済学の基本なので、たくさんの情報の中からベストを選べば最良のものが手に入る、というわけです(※参考:『行動経済学が最強の学問である』相良奈美香/SBクリエイティブ)。
一方で、多くの選択肢を持つことは、かえって逆効果になる可能性があるという研究が蓄積されています(Iyengar & Lepper, 2000; Iyengar, Wells, & Schwartz, 2006; Schwartz, 2004)。行動経済学の世界では選択肢が多すぎることで逆に選べなくなるという「選択オーバーロード」という理論もあります。
2022年のアメリカでの「選択オーバーロード」の調査によると、対象者の28%が「買い物をする際、選択肢があまりにも多すぎる」と回答しており、特に日用品は48%のアメリカ人が「選択肢がありすぎて選べない」と述べています。(※参考:『行動経済学が最強の学問である』)。
選択肢の数が増えると、購買行動には複数の心理的プロセスが影響すると考えられます。まず、選択肢が増えれば増えるほど、消費者は自分のニーズに合った商品を見つけやすくなると考えられます。もしこの要因だけが働くのであれば、選択肢が増えるほど購買は増加するはずです。
■選択肢が5000もあったら選べない
しかし一方で、選択肢が増えると、自分の基準を満たす商品が複数見つかり、しかもそれらの主観的価値がほぼ同じである場合、選択が難しくなります。さらに、選択肢が増えるほど、それらを評価するための認知的負荷(思考の負担)も増加します(Keller & Staelin, 1987)。
例えば、楽天市場で「ティッシュペーパー」と検索したら、5000件以上ヒットします。同じ種類でも5箱×3セット、6セット、12セットなど選択の余地にさらされます。ティッシュのデザインや肌触りや枚数など好みはあるかもしれませんが、5000以上の選択肢も必要ないことは満場一致だと思います。
それでは行動経済学の観点からは、選択肢はいくつくらい提示するのが良いのでしょうか。
トロント大学のアヴニ・シャー氏が調査を行いました。この実験では、被験者である学生に「もし、この中に欲しいペンがあったら1本購入してください。なければ購入しなくていいです」と伝え、ある人は「2本から1本選ぶ」、ある人は「20本から1本を選ぶ」というように選択肢の数を変えます。
■購入率のピークは「選択肢が10個」
結果は次の通りに(図表1)。10本だと約90%で購入率は最も高くなりましたが、選択肢が11本以上になると購入率は下がりました。選択肢が20本まで上がった際は、選択肢が2本しかなかった場合より、購入率は下がっていました。(※参考:『行動経済学が最強の学問である』)。
もちろん、ネットかお店か場所や環境により、ケースバイケースですが、参考にしてみるのも良いでしょう。
つまりは、途中までは選択肢は増えるほど買う、ただし選択肢は多ければ多いほど良いわけでなく、多すぎると決められなくなるので適量である必要性があるということ。
そしてこれは、お金の不安とも深くつながっています。選択肢が増えるほど、比較が増え、迷いが増え、判断力が削られていく。すなわち、不安の正体は「選択肢の多さ」と「比較の増加」にある。だからこそ必要なのは選択肢を増やすことではなく、むしろ選択肢を絞ることと自分の基準を持つこと。これが、迷わないお金の使い方につながっていくのです。
■1日で数万回もの「決断」をしている
迷わない人は、決して決断力がある人ではありません。
心理学では、人は選択や判断を重ねるほど意思決定の質が落ちていくことが知られています。この現象は「決断疲れ」と呼ばれ、多くの心理学研究で確認されてきました。
「今日は何を着よう」「どの電車、バスに乗ろうか」「何時の電車で帰ろうか」「誰にどんなメッセージを送ろうか、話そうか」といった小さな選択に対し、私たちは1日のうちに多くの決断をしています。連続的な意思決定により、その後の意思決定能力が低下する現象として定義されているのです。
一説には、人は1日に数万回もの意思決定を行っているともいわれています。多数の選択は「見えないコスト」を奪っています。1つひとつの決断は小さく見えても、多くの情報を取得、整理、比較、選択し、ようやく決断する――これだけの選択を積み重ねれば、脳が疲労したり消耗したりするのも無理ありません。
■NISAも保険もローンも選ぶのがしんどい
決断疲れが起きると、人はどうなるでしょうか。無難な選択に逃げる。決断を先延ばしにする。他人の意見に従いやすくなる。不安を感じやすくなる。つまり、情報が増えるほど迷いが増え、自己決定感が下がっていくという状態に陥ります。
お金に関する判断は、この決断疲れを起こしやすい条件が揃っています。正解が1つではない。情報が多すぎる。将来の結果が不確実。失敗すると後悔が大きい。NISAをはじめ投資商品、保険、家計、節約、住宅ローン、教育費。毎回「もっといい選択があるのでは?」という不安がつきまといます。
この状態で判断を重ねると、人は疲れ、やがて考えること自体がしんどくなります。それでもなお、正解を求め続けると、さらに疲弊し、ますます自己決定感を失っていく悪循環に陥るのです。
■選択肢を絞り、「決断疲れ」を回避する
では、迷わない人は何をしているのでしょうか。答えは驚くほどシンプルです。「毎回正解を求めて、うまく決めようとしない」こと。代わりに、判断基準を先に決めておく。選択肢をあらかじめ絞っておく。考えなくていい領域を最初から作っておく。このようにして、その場での判断を減らしています。
これは意思の強さの問題ではありません。誤解してはいけないのは、迷わない人は「すべてを考えている人」ではありません。むしろ、自分が考える場所と考えない場所をはっきりと分けている人です。これができると、お金の判断は驚くほどスムーズになります。大切なのは、すべてを毎回ゼロから考えるのではなく、あらかじめ「ここは考えない」と決めておくことなのです。
一番大切なのは、すべてを毎回ゼロから考えないこと、ここは考えないと決めておくこと。これが迷わないお金、不安に振り回されない生き方につながっていきます。
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櫻井 かすみ(さくらい・かすみ)
法政大学大学院ファイナンシャル・ウェルビーイング研究者
投資の学び舎「トウシナビ」代表。大阪府出身。投資詐欺被害3回、貯金ゼロ、離婚&無職、再婚直後に不妊治療でもっと貧乏に……などドン底を経て、極度のお金恐怖症になるも、4年で1000万円まで貯めることに成功。それから投資を本格化し、純資産は1億円になった。お金の増やし方&守り方を、延べ2000人に直接指導している。SNSフォロワー3万人以上。著書に『投資への不安や抵抗が面白いほど消える本』(Gakken)。
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(法政大学大学院ファイナンシャル・ウェルビーイング研究者 櫻井 かすみ)

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