チリ北部のアタカマ砂漠に、歴史上のどの鉱山よりも多くの銅を産出してきた巨大な穴がある。地球の地殻からこれまでに採掘され精練された銅の少なく13分の1はここで掘られたものだという。
だが、その足元にある町は住民2万人が去った「ゴーストタウン」と化している。なぜ人々は町を捨てることになったのか。エド・コンウェイ(著)、佐藤優(監訳)『MATERIAL WORLD 世界は「資源」で動かされる』(三笠書房)より、紹介する――。
※本稿は、エド・コンウェイ(著)、佐藤優(監訳)『MATERIAL WORLD 世界は「資源」で動かされる』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■ボリビアの一部だったチリのチュキカマタ
チュキカマタは一見すると、南米チリ北部のあちこちで見かける小さな山間の町とよく似ている。
大通りを散策すると、銀行、映画館、図書館、そしてしゃれた小さなホテルが目に入る。滑り台やブランコのある遊び場、ピノキオの凝ったオブジェもある。野外ステージのある広場や、小さなスタジアム、エスタディオ・アナコンダもある。
チリのこの一帯は、かつて隣国ボリビアの一部だった。この地域の町では、ほぼすべての通りにチリの歴史上の英雄にちなんだ名前がつけられている。
チュキカマタには、チリの独立のために戦ったイギリス海軍将校の名を持つコクラン卿通りがある。
並行して走るアルトゥーロ・プラット通りは、1879年からの硝石戦争(チリ、ボリビア、ペルー間の戦争)の英雄にちなんで名づけられた。

塗装された家々の屋根や壁がコバルト色の空の下で輝いている。この高地の砂漠で暮らす人々の生活のすべてが、この空の下では小さく見える。
■丘の頂上に現れる巨大な裂け目
ところが、チュキカマタには実に珍しい2つのものがある。1つ目は、町の広場から北東の地平線の山々に向かって蛇行する主要道路を進むと見つかる。
1、2分も走れば、住宅地はコンクリートとトタンでできた巨大な倉庫群に変わる。奇妙な暗い貯水池や埃っぽい車両基地があり、岩を積んでできた小山があちこちに見える。
さらに何度かハンドルをきってトンネルを抜けると、突然目の前に巨大な裂け目が現れる。丘であるはずのこの頂上に、とてつもなく大きな峡谷があるのだ。
底はほとんど見えず、両側の斜面はめまいでよろけそうになるほど急である。
しかし、これは峡谷ではなく、チュキカマタ銅山である。アタカマ砂漠の山並みをえぐってできた堂々たる穴だ。
縦横の幅がニューヨークのセントラルパークよりも広いこの裂け目は非常に深く、もし世界一高いビルである中東ドバイのブルジュ・ハリファをこのなかに落としたら、避雷針もろとも完全にのみ込まれてしまうだろう。

歴史上、どこよりも多くの土がここから運び出されており、現代の優れた土木構造物のなかでも群を抜く工学的脅威のひとつである。
■緑色に染まった「銅の男」
銅はここで何世紀にもわたって採掘されてきた。
この鉱山の近代的な物語が始まるまであと10年と少しという1899年のことだが、地下2、3メートルのところで道具とともに埋まっている坑夫の遺体が、偶然にも探検家によって発見された。
オーストリア・ハラインの岩塩坑にいた古代ケルト人の坑夫のように、掘削中に坑道が崩れて地中に閉じ込められてしまったのだ。
何世紀も前の遺体だったが(その後の放射性炭素年代測定によって、西暦550年ごろと推定された)、銅を多く含む塩の膜によって保存され、その抗菌作用によって腐敗を免れていた。
髪は細かく束状になっており、肌は酸化した銅によって不気味な緑色に染まっていた。この亡骸は「銅の男」として知られるようになり、現在はニューヨークのアメリカ自然史博物館で見ることができる。
その昔、この鉱山で行なわれていた採掘が、古代に起源を持つ職人による小規模な交易だったことの名残である。何もかもが超大型化してしまった今では、地上にはそのような気配は微塵もない。
■純度ほぼ100パーセントの「陰極銅」
坑底から鉱石を運び出すトラックは外からはほとんど見えないが、こうした車両はコマツ(小松製作所)という日本の企業が製造しており、地球上では最大のものになる。底から地上にたどり着くのに1時間以上はかかる。
岩石は、町の近くにあるトラックの車庫に到着すると、アメリカ西部ネバダ州のコルテス金鉱とほぼ同じやり方で粉砕される。
粉々になった銅は特殊な溶液のなかで撹拌され、泡とともに分離される(浮遊選鉱)。
その後、一部は製錬されて電解され、純度がほぼ100パーセントに近い輝く銅板になる。これは「陰極銅」と呼ばれる。
残りは、約30パーセントの銅を含む黒っぽい粒状の土に似た「銅精鉱」として、別の場所で精練され、完成品となる(※)。
■世界中の原子を混ぜた「カクテル」
陰極銅と銅精鉱は、毎日のように列車に積み込まれる。
そしてチリ、ボリビア、ペルーの硝石戦争を招いた、かの有名な鉄道の線路を走って海岸まで下り、陰極銅は製造業者に向けて輸送され、銅精鉱はコンテナ船に積み込まれて中国の精練所に向かう。
このチリの銅は、その精練所で初めて純銅になる。もうこの時点では、それがどこから来たものなのか、本当にわかっている人はいない。
世界の銅のおよそ80パーセントは、地中から掘り出された場所から遠く離れたところで、このような手法で生産されている。そのため、実際にどの地面から出てきた銅なのかを正確に突き止めるのは非常に困難だ。
世界の銅板、銅棒、銅線のほとんどは、世界のあちこちからやってきた原子を混ぜ合わせてつくった「カクテル」である。
チリ産とオーストラリア産を少々、それにインドネシア産とアフリカのコンゴ民主共和国産を加え、大昔にどこかで採掘された銅をリサイクルしたものを少し混ぜる、という具合だ。

銅板の一枚一枚が、グローバリゼーションを物理的に体現しているのだ。
それでもこの場所が、見方によっては地球最大の鉱山だということを考えれば、誰の身の周りにも多少はチリ・チュキカマタの銅が存在することは間違いない。
※「陰極銅」に、電池の電極と同じ「陰極」という言葉がついているのは、これをつくる最終段階で電解が行なわれるからである。かなり高純度の金属のかたまり(約95パーセント)を電解槽に沈めて電流を流す。銅の原子は製錬されたかたまり(電解プロセスでは陽極)から、もう一方の電極である陰極へと移動する。すると純度99.99パーセントという、さらに純度の高い銅ができ上がる。このプロセスはチリ・チュキカマタの精練所で大規模に行なわれている。
■地球の表面を最も攪乱する銅採掘
何をもって地球最大の鉱山とするかについては、議論が分かれるところだ。1カ所から採掘される金属量という尺度で見れば、オーストラリア、ブラジル、ロシアの鉄鉱石鉱山はチュキカマタを楽々と上回る。
しかし、鉄鉱石は銅鉱石よりもはるかに高濃度で見つかる傾向があり、銅鉱石の濃度が一塊当たりわずか0.6パーセントであるのに対して、鉄鉱石は約60パーセントであるため、1トンの銅を得るには、1トンの鉄を得ようとする場合よりもとてつもなく大量の土を掘り出す必要がある。
私の大ざっぱな計算によると(このテーマに関する研究は驚くほど少ない)、銅の採掘は、ほかのどの金属の生産よりも地球の表面を大きく攪乱することになる。そこまでしても、最終的な生成物ははるかに少ないのである。

■歴史上のどの鉱山よりも多くの銅を産出
最近では、チリのアタカマ砂漠から数百キロメートル南にあるエスコンディーダという別の巨大な穴からも、毎年多くの銅が産出されるようになった。
アメリカ西部ユタ州にもビンガムキャニオンという古い銅山があり、深さだけで見ればもっと深い。
その名前からわかるように、ビンガムキャニオンはもともと谷だったが、チュキカマタはそもそも丘であり、それが独自の地面近くの気層の気候(微気候)が形成されるほど深い穴になっている。
しかし、おそらくもっとも包括的な尺度、つまり鉱山の存続期間中に地中から採掘された銅の量にもとづいて見た場合、チュキカマタに匹敵する鉱山はほかにはない。
地元の人々が「チュキ」と呼ぶこの鉱山は、過去1世紀あまりの間に、歴史上のどの鉱山よりも多くの銅を産出してきた。
地球の地殻からこれまでに採掘され精練された銅13グラムのうち、少なくとも1グラムはここで採掘されたものである。
■20世紀の動力源となった銅
過去120年あまりの間に、数え切れないほどの企業が生まれては消え、無数のビジネス帝国が興亡を繰り返してきた。
電気の時代が去り、コンピューターの時代が誕生して成熟し、電気自動車が石油自動車に取って代わるようになった。
しかし、このすべての時代を「チュキ」は持ちこたえてきた。毎年何十億トンもの岩石が地面から引きはがされ、何十万トンもの純金属へと精練されてきた。
世界中の人々が、見たことはおろか聞いたこともないこのチュキの穴から、20世紀の動力源となる銅が生まれたのだ。
銅は中国の台頭を後押ししたが、これから数十年のうちに、二酸化炭素排出量削減のために計画されている送電網の構築や、環境に優しい車両、風力タービンの製造にも貢献するだろう。

そして、銅の秘密兵器である「規模」の話につながる。
そもそも世界に電気がある理由のひとつは、有史以来、地球上の全鉱山で生産されてきた金の総量よりもさらに多くの銅を、毎年やすやすと生産できる場所(チュキの場合、銅の生産量は金の2倍)が存在するからだ。
立ち止まって少し考えてみてほしい。アメリカ・ネバダ州のコルテス金鉱山が地面の小さなくぼみに思えるくらい巨大なチュキカマタの裂け目を心に描きながら、そこに思いをはせてみてはどうだろうか。
■銅が生んだゴーストタウン
チュキカマタの奇妙な点の2つ目は、町のメインストリートに戻るとはっきりわかる。遊び場には子どもが1人もおらず、スタジアムでスポーツをしている人も銀行の窓口に並んでいる人もいない。
この趣のある古い町はまったくの空っぽだ。
実は、チュキカマタはアタカマ砂漠のもう1つのゴーストタウンなのである。
しかし、ネバダ州の金鉱山のそばの打ち捨てられた小屋や、この砂漠の平原のさらに奥にある古い硝石の町とは違い、この町の物語は過去ではなく未来について警告を発している。
チュキの町が放棄されたのは、鉱山が閉鎖されたからでも鉱石がなくなったからでもない。その正反対である。鉱山に食い尽くされそうになったために、町を閉じることになったのだ。
機械がどんどん深いところまで掘削して、運び出される土砂が増えるにつれて、廃棄物として出る岩石、がれき、スラグ(かす)の山が町を侵食し始めたのである。
■「人殺しのチュキ」と呼ばれた鉱山
2000年代初頭には、チュキから出る廃石が家屋や庭にまで捨てられるようになった。精練所から出る有毒ガスの雲が大通りや町のあちこちに漂っていた。
住民たちに健康被害が見られるようになったため、鉱山には新たに「チュキ・キ・マタ(人殺しのチュキ)」というあだ名がつけられた。
そのため、この鉱山を経営するチリの巨大国営企業コデルコは、2万人の住民全員を数年かけていちばん近くにあるカラマという都市に移住させた。
住民たちには新しい家や学校が提供された。2008年にはチュキは空っぽになり、そのまま放置された。
しかし、ここアタカマ砂漠は地球上でもっとも乾燥した砂漠地帯のため、残された町は劣化するどころか保存され、多くの建物は人が去ったときのままの状態を保っている。
学校の窓をのぞき込むと、黒板に走り書きされた生徒たちの別れのメッセージが見える。
家屋のなかをのぞくと、洗面台のシンクに置かれた歯ブラシや使われずに残ったキッチンペーパー、マントルピース(暖炉)の上のクリスマスカード、キッチンテーブルに置かれた買い物リストなどが見える。
■家屋をのみ込む廃棄岩の山「トルタ」
チュキの北部の地区に車を走らせると、すぐに巨大な丘の影に差しかかる。大量の廃棄岩の山だ。チリの風景のあちこちに、地元の人々が「トルタ」(スペイン語でケーキのこと)と呼ぶこのような人工の山がある。
チュキのケーキはすでに家屋や商店の4分の1以上を埋め尽くしている。1960年代にはラテンアメリカでもっとも先進的だった7階建ての病院は、今では完全に埋もれている。
穴を爆破して出た廃棄岩が時折トラックで運ばれてきて、また新たに別の通りが埋め尽くされる。
実のところ、鉱山にのみ込まれそうな町は、世界でここだけではない。
スウェーデン北部にあるキルナ鉄鉱山はあまりに広大になったため、掘削地の上に位置する町は建物をすべて数キロメートル離れた場所に移動させなければならない。チュキの場合、建物はもとの場所に放置されただけである。
■1キロ先でも肌で感じる爆破の衝撃波
私が2022年に訪れたときは、運よく(と言っていいのかわからないが)穴の底で何百トンもの岩石が爆破されるのを目撃することができた。
そこから1キロメートル以上離れた鉱山の頂上にいても肌で感じられるほどの衝撃波が伝わってきて、岩が砕け散る音はアメリカのコルテス鉱山を見学したときよりもはるかに大きかった。
ほどなくその人工的な谷全体が、爆破に使うコルダイト火薬から生じた鼻を突く臭いのする厚い雲に覆われた。それから、がれきを積んだトラックが、鉱山の側面に沿ってがたがたと揺れながらゆっくり上ってきた。
この作業が24時間365日行なわれている。がれきのうち、銅や精鉱になるのはごく一部であり、残りはチュキのゴーストタウンを食い尽くす「トルタ」になる。

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エド・コンウェイ(えど・こんうぇい)

ジャーナリスト、コラムニスト

タイムズ紙、サンデー・タイムズ紙レギュラー・コラムニスト。スカイ・ニュースの経済およびデータ編集者。オックスフォード大学ペンブロック・カレッジ、ハーバード大学ケネディ・スクールで学ぶ。2018年、ウィンコット・ファウンデーション・ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー・アワードなど、ジャーナリズムにおける受賞多数。

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佐藤 優(さとう・まさる)

作家・元外務省主任分析官

1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で国策捜査の裏側を綴り、第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(ジャーナリスト、コラムニスト エド・コンウェイ、作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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