健康を維持するために効果的な運動とは何か。東京都健康長寿医療センター研究所の青栁幸利さんは「健康を維持するには、毎日8000歩歩き、そのうち20分は中強度の活動を取り入れることが重要だ。
さらに、健康状態を日々“身につけて管理する”人は、そうでない人より年間約20万円も医療費が低かった」という――。(第1回)
※本稿は、青栁幸利『すべての病気が防げる長生き歩き』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。
■「8000歩を歩くだけ」では意味がない?
筆者らが、群馬県中之条町の住民の健康状態を20年以上にわたり調べた中之条研究では、同じ地域の住民を長期にわたって調査したことで、住民たちの身体活動と健康の関係性がはっきりと示されることになりました。このような研究はあまり例がありません。そのため、中之条研究の成果は「奇跡の研究」「中之条の奇跡」とも呼ばれています。
この研究の最大の成果は、1日の歩数と中強度活動(※)時間に対する病気の関係が明らかになったことです。歩数だけを見ると、1日8000歩が、病気の予防効果がもっとも高く、それ以上歩いても効果はほとんど変わりません。
※歩きながらなんとか会話できるくらいの速歩き
つまり、これまでよくいわれていた「1日1万歩」にはあまり根拠がないということになります。ただ、8000歩を漫然と歩いても病気は予防できません。なぜなら、中強度活動が含まれていないからです。これは身体活動計を用いた調査で初めてわかったことです。身体活動計を365日装着してもらうことで、1日の歩数と中強度活動時間の関係が明らかになります。

その結果、歩数と中強度活動時間が増えるにつれて、いろんな病気の予防効果が高まることがわかりました。
■病気を遠ざける理想の「長生き歩き」
たとえば、「4000歩/中強度活動5分」では、うつ病が予防できます。「5000歩/中強度活動7.5分」では、認知症や心疾患、脳卒中などの病気が防げます。「7000歩/中強度活動15分」では、がん、動脈硬化、骨粗しょう症、便秘が防げます。そして「8000歩/中強度活動20分」では、高血圧症や糖尿病、脂質異常症などの病気が予防できます。
つまり「8000歩/中強度活動20分」で、高齢者がかかりやすいほとんどの病気が予防できるというわけです。これらの病気が予防できれば、死亡のリスクも下がります。これが「8000歩/中強度活動20分」を「長生き歩き」と命名した根拠です。
健康長寿は歩くこと(運動)だけでは達成できません。もう1つ、大事な要素があります。それは普段の食事(栄養)です。中之条研究に参加している高齢者は、定期的に血液検査を受けています。
その検査項目の1つに血清アルブミン値があります。
血清アルブミンは血液中のたんぱく質の一種で、栄養素や食べたものの代謝物質を体のすみずみまで運ぶ働きをしています。そのため血清アルブミン値は、低栄養になっていないかどうかを調べる指標として用いられているのです。
■よく歩く人は食事のバランスも良い
一般に、血清アルブミン値が高い高齢者ほど健康で長生きする可能性が高いと報告されています。そこで、住民の身体活動量と血清アルブミン値との関係を調べたところ、歩数が1日7000~8000歩以上、中強度活動が1日15~20分以上の身体活動を行っている人は、血清アルブミン値がもっとも高いことがわかりました。
血清アルブミン値が高い人は、普段の食事で栄養をバランスよくとっていると考えられます。中之条研究では、インタビュー調査により食事の内容も調べています。そこから、身体活動量と食事との関係についても分析していますが、ここでも1日7000~8000歩以上で、そのうち中強度活動が15~20分以上の高齢者は、食事のバランスがよいことがわかりました。
具体的には、高齢者の健康によいといわれている魚介類や大豆・大豆製品(豆腐や納豆など)、牛乳・乳製品などを十分とっています。また、調味料を控えめにするなど減塩を心がける理想的な食生活を送っていることがわかりました。
日頃から運動して健康に気をつかっている人は、食事にも気をつかっているのでしょう。よく体を動かすと食欲も旺盛になるので、自然とさまざまな種類の食品を食べる結果になっているとも考えられます。

■身体活動計で年間約20万円の医療費を削減
長生き歩き(8000歩/中強度活動20分)を継続していけば、多くの病気が予防できます。つまり、長生き歩きをしている人は、医者にかかることが少なくなるということです。中之条研究で行われた調査の1つですが、身体活動計を装着するだけで、医療費が下がることがわかっています。
身体活動計を装着した人とそうでない人の医療費を調べたところ、1カ月で約1万7000円の医療費が削減できることがわかりました。これは身体活動計を装着して生活することで、自身の健康に対する意識が高まるからだと考えられます。健康意識が高い人が増えることによって、大きく見れば国民全体の医療費の削減にもつながってくるというわけです。
筆者が中心になって始めた中之条研究であり、8000歩/中強度活動20分の効果もわかっていながら、自分ではやろうとしていませんでした。健康診断を10年くらい受けない時期もありました。その当時、研究のために群馬県中之条町にひんぱんに出かけていたこともあって、東京にある勤務先の健康診断を何年もすっぽかしていたのです。
中之条研究は、65歳以上の高齢者を対象にした研究ですから、まだ50歳代半ばの自分には関係ないと慢心していたのかもしれません。健康診断を受けようと思ったのは、父親と母親が1年のうちに亡くなったことが理由の1つにあります。医者の不養生といえばそれまでですが、親が生きているうちは人ごとだと思っている人が多いのではないでしょうか。

■中性脂肪が基準値150未満に対し1412
親が元気なうちは、健康のことを考えるのはまだまだ先だと思ってしまうのかもしれません。筆者の場合、両親が亡くなって、急に危機感が襲ってきたのです。その兆候も感じていました。筆者は喘息の持病があり、ステロイドの吸入薬を予防のために服用しています。
ところが、吸入薬を服用しているにもかかわらず、喘息の発作が治まらない時期が1~2年続いていたのです。虫の知らせというか、嫌な予感もありました。そこで、ひさしぶりに健康診断を受けることにしたのです。結果は惨憺(さんたん)たるものでした。
尿検査では尿糖が4+、血液検査では糖尿病の指標であるヘモグロビンA1cが8.2(基準値は6.2未満)、脂質異常症の指標の1つである中性脂肪が1412(基準値は150未満)もありました。とんでもない数値です。このままでは体を壊してしまうと思い、あわててウォーキングを始めることにしたのです。
健康診断の数値を見たとたん、このままではいけないと思い、その日のうちにスポーツウェアとウォーキングシューズを買いに行きました。
やる気を出すには、形から入るというのも1つの方法です。そして、その日から歩き始めました。
■運動のしすぎでインフルエンザにかかる
すでに、8000歩/中強度活動20分がもっとも適切な歩き方であると、中之条研究で実証されていましたが、筆者はそれ以上歩いていました。歩数は1万5000歩以上、そのほとんどの時間を速歩きしていたので、中強度活動時間も1時間以上あったと思います。歩き始めて1週間くらいたったとき、インフルエンザにかかって寝込んでしまいました。
原因は明らかに運動のやりすぎです。運動のやりすぎは免疫力を低下させて、感染症にかかりやすくなることが知られています。アスリートは風邪をひきやすいといわれますが、これは日々のハードなトレーニングにより、免疫力が低下していることが原因だと考えられています。
筆者はそれもわかっていたので、それからは長生き歩き(8000歩/中強度活動20分)を目安に歩くようにしました。3カ月後の定期健診では、前回高かった数値がすべて正常になっていました。担当医から「何かされましたか?」と聞かれたので、「歩きました」と答えました。わずか3カ月で数値が改善されたので、担当医も驚いたのでしょう。

長生き歩きを3カ月続けただけで、筆者の危険な数値はすべて改善されました。それ以来、長生き歩きはほとんど毎日続けていますが、再び数値が悪化することはありません。あくまで筆者の個人的な体験にすぎませんが、長生き歩きで多くの病気が予防できることは、中之条研究で証明されています。
■ジムにお金を払うより安くて効果的
自分の健康に不安を感じている人は、ぜひ今日から長生き歩きを始めてほしいと願っています。高齢者は運動しないと、体力も筋力も低下し、いろんな病気にかかったり、寝たきりになったりして、寿命を縮めてしまいます。60歳代以降の人であれば、自身の体力の低下を自覚している人も多いのではないでしょうか。
健康のために何か運動をしなければ、と思って、ジムに通いたいという人がいるかもしれません。でも、ジムで週1~2回、1回につき30分~1時間くらい運動しただけでは、必ずしも健康長寿にはなれません。それにジムに通うとお金もかかります。それよりは、毎日歩いたほうが効果的です。道具もせいぜいウォーキングシューズ(スニーカーでよい)ぐらいなので、ほとんどお金もかかりません。
病気予防や健康維持のための運動は、歩くだけで十分です。ただし歩き方は長生き歩きでなければなりません。1日8000歩で、そのうち20分は速歩きします。これだけで、健康長寿のための運動になるのです。歩数も大事ですが、それ以上に重要なのは速歩き(中強度活動)です。8000歩の中に、20分の中強度活動を含めることによって、健康長寿が約束されるのです。

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青栁 幸利(あおやぎ・ゆきとし)

東京都健康長寿医療センター研究所「中之条研究」部門長(運動科学研究室長)

1962年、群馬県中之条町生まれ。トロント大学大学院医学系研究科博士課程修了、医学博士取得(1996年)。カナダ国立環境医学研究所温熱生理学研究部門(1996-1997年)、奈良女子大学生活環境学部(1997-1999年)および大阪大学医学部(1997-1999年)等を経て現職。
群馬県中之条町に住む65歳以上の全住民5,000人を対象に、25年にわたって身体活動と病気予防の関係について疫学調査を実施(中之条研究)。そこから導き出された「病気にならない歩き方の黄金律」は、世界中から「奇跡の研究」「中之条の奇跡」と称賛を浴びるほどの画期的な成果をもたらした。そのため、高齢者の運動処方ガイドラインの作成に関する研究に従事し、種々の国家的・国際的プロジェクトの主要メンバーとして、先進諸国の自治体における老人保健事業等の展開を支援している。近著に、『あらゆる病気は歩くだけで治る!』『図解でわかる!やってはいけないウォーキング』(ともにSBクリエイティブ)、ほか著書多数。

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(東京都健康長寿医療センター研究所「中之条研究」部門長(運動科学研究室長) 青栁 幸利)
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