※本稿は、青栁幸利『すべての病気が防げる長生き歩き』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。
■健康のためには「善玉菌>悪玉菌」
腸内細菌という言葉をよく耳にします。知っている人も多いと思いますが、簡単に説明しましょう。私たちの腸には、およそ1000種類、100兆個もの腸内細菌が生息しているとされています。
腸内細菌は健康によい働きをする善玉菌と、たくさんあると体によくない働きをする悪玉菌に大きく分けられ、腸内で勢力争いをしています。そして、悪玉菌を減らし、善玉菌が優勢な腸内環境にすることが、健康によい効果をもたらすとされています。どんな腸内細菌をもっているかによって、私たちの体にさまざまな変化が起こることが知られています。
たとえば、マラソンランナーは速く走るための腸内細菌をもっています。ボストンマラソンの上位入賞者の腸内細菌を調べたところ、ほとんどのランナーにベイロネラ菌という腸内細菌がいることがわかりました。なぜベイロネラ菌をもっているランナーは速く走れるのでしょうか。その鍵を握るのは乳酸という物質です。かつて乳酸は疲労物質の1つだといわれていました。
普通の人でも、長く歩いたりすると足が疲れますね。疲れたときには筋肉に乳酸がたまっています。そのため、乳酸は疲労物質だといわれていました。しかし現在、乳酸は代謝産物の1つにすぎないことがわかっています。
■便秘が引き起こす肌荒れや病気のリスク
乳酸菌という腸内細菌がつくるのも乳酸です。マラソンのような激しい運動をすると、乳酸がさかんにつくられますが、その乳酸をベイロネラ菌は脂肪酸の1つであるプロピオン酸に変換します。プロピオン酸はエネルギー源となるので、この菌をもっているランナーは速く走れるのです。
みなさんは「腸活」をしていますか? 腸活とは腸内環境を整える活動のことで、ここ数年は腸活ブームになっています。腸活で一番わかりやすいのは、便秘の改善でしょう。便秘はさまざまな原因で起こりますが、腸内環境の悪化もその1つです。
便秘はおなかがスッキリしないといった不調だけでなく、肌荒れの原因になったりします。また日本人に一番多い大腸がんも、慢性的な便秘が発症リスクを高めることがわかっています。
腸内には全身の免疫細胞の約70%が集中しているとされていて、腸内環境を整えると免疫力が高まることもさまざまな研究でわかってきました。免疫力を高めると、新型コロナやインフルエンザなどのウイルスに感染しにくくなるばかりか、がんの予防にもなります。
■腸活の基本は「歩くこと」と「食事」だけ
そんな一般向けの情報も身近にあることから、腸活がブームになっているのではないでしょうか。腸活の基本は運動と食事です。このうち運動は長生き歩き(8000歩/速歩き20分)だけで十分腸活になります。また、食事については食物繊維の豊富な野菜や海藻などをとるとよいといわれています。
食物繊維が腸活によいのは、食物繊維が善玉菌のエサになり、その結果、善玉菌を増やしてくれるからです。また納豆や漬け物などの発酵食品も善玉菌を増やして、腸内環境を整えるといわれています。
さらに、腸内環境を整える食品ではヨーグルトや乳酸菌飲料を無視するわけにはいかないでしょう。これらの食品は腸活ブームを背景にたくさんの商品が開発されています。
さらに、最近のヨーグルトや乳酸菌飲料には、睡眠の質の改善や便秘の改善、免疫ケアといった機能性表示があるものも珍しくありません。近年、代表的な善玉菌の1つである乳酸菌の研究が進み、さまざまな機能性のある乳酸菌が発見されています。乳酸菌というのは同じような特徴や特性をもった菌のグループ名(総称)のことです。
■研究でわかった乳酸菌と運動の相性の良さ
その中に性質の異なるさまざまな菌があります。このような1つの菌のことを菌株といいます。同じ乳酸菌の仲間でも、菌株が異なれば機能性も違います。そのため、さまざまな乳酸菌の菌株を用いた商品が登場しているのです。
さて筆者らの中之条研究(※)では、乳酸菌をとるとどのような健康効果があるのか、ということも調べています。歩く(運動)だけで、さまざまな病気が予防できることがわかっています。また、乳酸菌にも病気を予防する効果があります。
※群馬県中之条町の住民の健康状態を20年以上にわたり調べた研究
では、乳酸菌の摂取と運動を一緒に行っている人は、どのような効果が得られるのでしょうか。
要支援・要介護の予備軍(前段階)であるフレイルの予防に、乳酸菌を含む乳製品の摂取が有効であるといわれています。しかし、人で乳酸菌の効果を検証した研究はあまりありません。そこで、筆者らは中之条研究のデータを解析し、その可能性を探ることにしました。
フレイルの診断基準の1つに歩行速度の低下があります。そこで、乳酸菌を習慣的にとっている高齢者は歩行速度が低下しにくいのではないかと考え、検証することにしたのです。なお、筆者らの研究への参加者は、その多くがおもにシロタ株という菌株を含む乳製品を日頃からとっています。
■「週3日以上の乳酸菌」で速く歩ける
65歳以上の男女を、それぞれ過去5年間に乳酸菌を週3日以上摂取していた群と週3日未満の群に分けて、両者の通常歩行速度(5メートルを普通に歩く速さ)を比較検討しました。その結果、男性の通常歩行速度は、乳酸菌を週3日以上摂取していた群が1.37メートル/秒、週3日未満の群が1.31メートル/秒で、歩く速さにおいて統計的に有意な群間差が見られました。
同様に、女性でも、乳酸菌を週3日以上とっていた群のほうが、週3日未満の群よりも、通常歩行速度は速い傾向が見られました。このように、乳酸菌を含む乳製品を習慣的にとっている高齢者は、性別にかかわらず、加齢による歩行速度の低下を抑制する可能性が見えてきました。
乳酸菌(おもにシロタ株を含む乳製品)に運動を加えると、歩行速度がより一層低下しにくくなる可能性があります。筆者らはこれも検証しました。
群①は乳酸菌摂取が週3日未満で1日の平均歩数が7000歩未満、群②は乳酸菌摂取が週3日以上で歩数が7000歩未満、群③は乳酸菌摂取が週3日未満で歩数が7000歩以上、群④は乳酸菌摂取が週3日以上で歩数が7000歩以上です。
4群間で比較した結果、活動量の多い群③と群④は活動量の少ない群①と群②よりも通常歩行速度が速い傾向が示されました(図表3参照)。
■「+7000歩以上」で便秘リスクが激減
乳酸菌だけの群②よりも、運動だけの群③のほうが通常歩行速度は速く、乳酸菌摂取と運動(身体活動)を組み合わせた群④が、もっとも高い値を示したことから、乳酸菌+運動の相加効果が明らかになりました。なお、群④と群①あるいは群②の間で、男女とも統計的に有意な差が認められています。
乳酸菌+運動の相加効果は、便秘の研究でも明らかにされています。中之条町に住む高齢者338人を対象に、1カ月間の乳酸菌摂取頻度、身体活動量(運動量)、排便頻度を調査し、3者の関係を分析しました。
乳酸菌(シロタ株を含む乳製品)だけの結果では、乳酸菌摂取が週0~2日の群の便秘リスクを1とすると、週3~5日のリスクは0.493、週6~7日のリスクは0.382と、摂取頻度が増すにつれてリスクが下がることがわかりました。
さらに、乳酸菌の摂取頻度と1日の歩数を基にした身体活動量の組み合わせで便秘リスクを調べたところ、乳酸菌摂取が週0~2日+1日7000歩未満の群の便秘リスクを1とすると、乳酸菌摂取が週3日以上+1日7000歩以上の群は0.1台と、組み合わせに応じて明らかに便秘リスクが低くなることがわかりました。
乳酸菌(シロタ株を含む乳製品)をとると高血圧症が発症しにくいことは、これまでの研究でも明らかになっています。たとえば高血圧症を発症させた動物に乳酸菌を与えて、血圧が下がることを示した研究があります。
■高血圧症の人にも効果がある乳酸菌の力
また、高血圧症の人に大量の(濃縮された)乳酸菌を2カ月とってもらい、血圧が低下したという研究もあります。これらの先行研究に対して、筆者らは少量かつ長期間の乳酸菌摂取が、どのくらい高血圧症の発症を抑制するかを調べました。
研究期間は5年間、摂取量は市販の乳製品(シロタ株を含む)です。この研究の対象となったのは、中之条町に住む高齢者で、5年前までに高血圧症が発症していない352人です。
その後の5年間において高血圧症が発症したかどうかを調べることで、どのくらいの人が高血圧症になったかがわかります。比較したのは、乳酸菌摂取が週3日未満の群と週3日以上の群です。
まず結果として、乳酸菌摂取が週3日未満の群は、過去5年間に14.2%の人が高血圧症になりました。
これに対して、乳酸菌摂取が週3日以上の群は、過去5年間に6.1%の人が高血圧症になりました。この結果から、乳酸菌を週3日以上、習慣的にとっていると、高齢者の高血圧症発症リスクが下がる可能性が明らかになりました。
乳酸菌は高齢者の健康をサポートする食品の1つです。本書のメインテーマである長生き歩き(8000歩/速歩き20分)は、高齢者の健康に役立つ生活習慣ですが、それに加えて、乳酸菌を習慣的にとる生活も始めてほしいと思います。
■運動も食事も継続しないと意味がない
前述した高血圧症のデータも、運動と組み合わせた分析を行えば、相乗効果が得られる可能性があります。乳酸菌+長生き歩きは、その相乗効果で高齢者の健康長寿をしっかりサポートしてくれるでしょう。乳酸菌も長生き歩きと同じで、継続しないと効果が維持できません。長生き歩きは2カ月で効果があらわれますが、やめて2カ月たつと、元の体に戻ってしまいます。
乳酸菌も同じです。筆者らは中之条町の高齢者の腸内環境(腸内細菌叢)も調べていますが、乳酸菌(シロタ株を含む乳製品)を週3日以上とっている人たちは、週3日未満の人たちに比べて、腸内環境の安定性が高く、この傾向は乳酸菌の摂取期間が長いほど顕著でした。運動も食事も続けることが重要なのです。
長生き歩きも乳酸菌も、筆者らの研究で健康効果は科学的に証明されています。健康長寿のために、何か始めたいと思っている人、とくに65歳以上の高齢者と呼ばれる年齢の人には、強くすすめたいと思います。
長生き歩きは、歩くだけでよいのですから、こんなに簡単で安上がりな健康法はありません。歩数は1日8000歩(平均)。大事なのはその8000歩のうち、20分間を速歩き(中強度活動)にすることです。
長生き歩きを2カ月続けると、それまで眠っていた長寿遺伝子(サーチュイン遺伝子)のスイッチが入ります。まずは、長生き歩きを2カ月続けてみてください。きっと何か体の変化が感じられるはずです。
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青栁 幸利(あおやぎ・ゆきとし)
東京都健康長寿医療センター研究所「中之条研究」部門長(運動科学研究室長)
1962年、群馬県中之条町生まれ。トロント大学大学院医学系研究科博士課程修了、医学博士取得(1996年)。カナダ国立環境医学研究所温熱生理学研究部門(1996-1997年)、奈良女子大学生活環境学部(1997-1999年)および大阪大学医学部(1997-1999年)等を経て現職。
群馬県中之条町に住む65歳以上の全住民5,000人を対象に、25年にわたって身体活動と病気予防の関係について疫学調査を実施(中之条研究)。そこから導き出された「病気にならない歩き方の黄金律」は、世界中から「奇跡の研究」「中之条の奇跡」と称賛を浴びるほどの画期的な成果をもたらした。そのため、高齢者の運動処方ガイドラインの作成に関する研究に従事し、種々の国家的・国際的プロジェクトの主要メンバーとして、先進諸国の自治体における老人保健事業等の展開を支援している。近著に、『あらゆる病気は歩くだけで治る!』『図解でわかる!やってはいけないウォーキング』(ともにSBクリエイティブ)、ほか著書多数。
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(東京都健康長寿医療センター研究所「中之条研究」部門長(運動科学研究室長) 青栁 幸利)

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