2026年熊本地震後に「イオンモール熊本」で大規模な爆発事故が起き、客と従業員の約4500人が避難する一方、専門店の従業員7人が犠牲になった。東北大学特任教授で人事・経営コンサルタントの増沢隆太さんは「本当の意味での危機管理とは『危機は必ず起こるもの』として事前に設計できているかどうか。
今回の事故ではそれができていなかったと考えられる」という――。
■避難後、売上金を移すために館内へ
7月28日に発生した熊本地震に伴う「イオンモール熊本」での爆発事故は、テナント従業員など7人が亡くなるという、極めて痛ましい事態となりました。犠牲となった方々は、一度は屋外へ避難したものの、再び館内へ戻った際に爆発に巻き込まれたと報じられています。
中でも、雑貨店を運営するテナント企業「ハビタ」は、避難していた従業員2人に対し、売上金を金庫へ移すよう指示し、そのため館内へ戻らせたことを自ら認めました。
予見不可能な天災や巨大事故に直面した際、事前に想定できることと想定できないことがあります。しかし、危機管理において最も根幹にすえるべき論点は、「人は非常時には平常通りの合理的な判断ができない」という不可避な前提条件です。
危機管理の世界では、「正常化バイアス」という心理現象がよく知られています。これは、突然の災害や事故に直面した際、多くの人が「大したことはないだろう」「すぐ元に戻るはずだ」と状況を過小評価してしまう心理メカニズムです。このバイアスは個人の資質や注意力の問題ではなく、過度なストレスから精神を守ろうとする、人間に共通した心理傾向といえます。
■「短時間なら大丈夫」という危険な判断
しかし企業などが危機対応を行うにあたって恐ろしいのは、平時に刷り込まれた感覚が非常時の緊急事態にもそのまま持ち込まれてしまうことです。売上を守る、現金を管理する、顧客対応を優先する――平時には当然の行動が、危機時にも無意識のうちに優先すべきとされてしまうことです。
今回のケースにおいても、一度は安全な場所へ避難できていたにもかかわらず、「売上金の回収」という通常業務の判断が介入したことで、人命保護よりも日常業務が優先されるという致命的な状況が生み出されてしまった可能性があります。

「短時間なら大丈夫だろう」「すぐ戻ってこられるはずだ」と甘い判断をしてしまう可能性は誰にでもあります。だからこそ危機管理においては、「人はだれしも正常化バイアスに陥る」という前提で制度や手順を設計しなければならないのです。
危機対応マニュアルとは、「平時ではない状態でいかに機能させられるか」という視点が欠かせません。
今回の事件を受け、テナント企業幹部は記者会見の場で、避難していた従業員へ売上金回収を指示したことを認めています。その際、「無理のない範囲で」といった趣旨の配慮の言葉もあったとされています。
しかし危機対応の現場において重要なのは、この一言が添えられていたかどうかではなく、その指示が極限状態の現場でどう受け止められるかを経営陣がどれほど正確に予見していたかです。
■重要なのは伝え方でなく「どう伝わるか」
危機管理に限ったことではありませんが、コミュニケーションでは、「情報は伝わる過程で必ず変質する」ことを前提に考えます。本社から店長へ、店長からスタッフへという伝言の階層を経る過程で、「できれば」「無理のない範囲で」といった留保条件は消えやすくなります。
その結果、「可能なら売上金を回収してほしい」というニュアンスを含んだ依頼が、現場には「戻って回収するように」という命令に変化して受け止められる危険があります。これは伝え方が悪かったという単純な話ではありません。
危機に直面した組織の中では、情報は短く、強く、単純化されて伝播する傾向があります。だからこそ危機時の意思決定や安全確保において、伝言に依存するのは危険なのです。

「どう伝えたか」ではなく、「どう伝わるか」。
ここまで設計して初めて、真の危機管理コミュニケーションと呼ぶことができます。伝言を介さずにアクションが取れるような、自動的に次のステップが決まっていることのメリットはこの点にあります。
混乱する現場においては、まっとうな意思疎通も成り立たなければ、状況判断を求める指示も届かないのが当然です。既存の報道を見る限り、そうした不全を想定した事前の対応策が十分にできていたとは言い難いです。今回の惨劇を、店長などの個人の判断ミスとして片付けることはできません。つまり、本質的に問われるのは経営陣の責任となります。
■今こそ問われる真の経営能力
もし平時から「いかなる理由でも人命より売上を優先しない」という強い方針が徹底されていたなら、あるいは「一度避難したら理由を問わず絶対に戻ってはいけない」というルールを現場で浸透させていたなら、違う結果になっていた可能性は否定できません。
「危機は起こしてはならない」ではなく、「必ず発生する」のです。さらに、「その時、人は冷静な判断は到底できない」のです。この2つを前提に組織全体としての対応を設計することが、経営の責任なのです。ここでいう責任とは、安全配慮義務や使用者責任といった法的責任だけでなく、社会的信用やコーポレートブランドという、企業価値そのものが問われるものでしょう。

事故によって犠牲者を出してしまったテナント企業では、それまでウェブサイト等に経営トップの華々しい経歴なども掲載されていたようですが、事故後には見られなくなったと報じられています(週刊女性PRIME 2026年8月5日)。会社としても非常に厳しい状況で、正念場を迎えているかと思いますが、今ここでこそ本当の経営能力、危機対応能力が試されるフェーズだと思います。
■イオンモールと専門店の間に食い違い?
爆発事故が起こったイオンモール側は7月29日の記者会見で、「館内へ戻ってよいとアナウンスした事実はない」と明確に説明し、一度屋外へ避難した人々に対して戻らないよう求めていたとしています。店舗側からはさまざまな証言がありますが、この説明が事実であるならば、施設運営者としての大型商業モールの基本方針は「人命最優先」で一貫していたと、現時点では考えられます。
その一方で、テナント企業側は売上金回収のため館内へ戻るよう指示したことを認めています。現時点で判明している事実だけを見ると、施設側とテナント企業との間で、危機対応の方針に食い違いが生じていた可能性があります。さらに、その指示はテナント企業内において、本来あるべき避難方針との整合性が十分に確保されなかったと考えざるを得ません。
災害などの有事において、組織ごとに異なる指揮命令系統が並立する「二重指揮系統」が起きた場合、現場の人間は混乱し、元来の上位指揮ではなく身近な情報や指示に流れることはきわめて自然です。ショッピングモールのように施設管理者とテナント企業という関係性が存在する環境において、この指揮系統の整理が平時から確認できていたのかは今後検証されなければなりません。
熊本県は10年前にも大地震を経験しています。だからこそ、このような複数階層で作られた組織で災害対応がどこまで具体的に設計され、検証されていたのかが改めて問われることになるでしょう。
■危機はどう組織を作ってきたかを映し出す
今回の爆発事故は企業経営にも極めて大きな影響を及ぼすでしょう。
しかし、その本質は事故そのものによる損害ではありません。組織の内外から寄せられる「この会社は本当に社員の命を最優先に考えていたのか」という信頼への問いです。
緊急時には人命を金銭的損失より優先するという姿勢を、経営陣としてどこまで徹底できていたのか。避難訓練も現場任せではなく、危機時に意思決定を担う経営陣や本社管理職まで含めて検証していたのか。組織は危機を現実のものとして想定し、判断を委ねない仕組みに変えられるのか、検証と見直しこそ、今後の最大の課題になります。
そのためには以下のような、具体的に組織的な対策を再構築する必要があるでしょう。
・人命優先の意思決定を最優先原則として明文化する

・危機時は現場責任を問わないことを制度化する

・施設管理者とテナントを含めた単一指揮系統を整備する
経営能力は災害が起きた時など、災害や事故といった危機が起こった際にその真の力量が試されます。平時から「人は必ず判断を誤る」という前提で組織を設計してきたか。そうしたリアリズムに裏付けられた経営思考が、真価を問われます。言葉だけの「社員第一」ではなく、危機こそが、経営者が日頃から何を優先して組織を作ってきたのかを、最も容赦なく映し出すのです。

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増沢 隆太(ますざわ・りゅうた)

東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家

東北大学特任教授、人事コンサルタント、産業カウンセラー。コミュニケーションの専門家として企業研修や大学講義を行う中、危機管理コミュニケーションの一環で解説した「謝罪」が注目され、「謝罪のプロ」としてNHK・ドキュメント20min.他、数々のメディアから取材を受ける。
コミュニケーションとキャリアデザインのWメジャーが専門。ハラスメント対策、就活、再就職支援など、あらゆる人事課題で、上場企業、巨大官庁から個店サービス業まで担当。理系学生キャリア指導の第一人者として、理系マイナビ他Webコンテンツも多数執筆する。著書に『謝罪の作法』(ディスカヴァー携書)、『戦略思考で鍛える「コミュ力」』(祥伝社新書)など。

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(東北大学特任教授/危機管理コミュニケーション専門家 増沢 隆太)
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