東京23区の火葬場の多くを、中国出身の実業家が率いるグループ傘下の企業が運営していると報じられ、注目を集めた。元警視庁公安部外事課の勝丸円覚さんは「中国はパンダやレアアースまで外交カードに使い、相手を依存させてから揺さぶりをかける。
外国勢力が次に狙うのは、利用を避けられず、大量の個人情報が集まる身近な施設だ」という――。(第1回)
※本稿は、勝丸円覚『日本を静かに侵食するスパイの手口』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■外国資本にインフラを握られるのは危険
スパイ活動というと、機密情報の窃取や人的接触といったイメージを持たれる方が多いと思いますが、現実にはそれだけではありません。むしろ、より長期的で、しかも確実に影響力を持つ手段として、「インフラ」を押さえる動きが見られます。
インフラというのは、水道、電気、交通、通信、決済といった生活の土台です。これを外国に握られるというのは、水道の蛇口を外国が握っているのと同じです。
水を飲みたいときに、「今までの倍の金を払え」と言われれば従うしかない。値段をつり上げることもできるし、条件を突きつけることもできる。もっと言えば、水道を止めることもできる。ここが致命的なのです。
民間企業がインフラを担うだけでも、倒産によるリスクがあります。郵政民営化のときにも、そういう議論がありました。
民間企業なら経営が傾けば止まる可能性がある。そのインフラを、ましてや外国資本や外国の影響下にある組織に握られたらどうなるか。危険性は比較になりません。
たとえば、山手線が長時間止まったらどうなるか。銀行のATMが使えなくなったらどうなるか。決済システムが数日止まったらどうなるか。私たちは日常生活が立ち行かなくなります。
■戦争や有事の際に「一斉に止めてくる」
そして、戦争や有事の際には、相手はそれを一斉にやってくる可能性がある。
通信を止める。決済を止める。電気を止める。交通を止める。
社会が弱ったところで圧力をかける、あるいは攻撃をかける。
ミサイルを撃ち込まれることばかりが脅威ではありません。真冬に電気が止まり、風呂も入れず、お湯も使えず、連絡も取れず、物も買えない。そういう状態に追い込まれるほうが、国民にとってははるかに現実的で、はるかに怖い面もあるのです。
だから私は、インフラの決定権を外国に持たせてはいけないと言っています。これは単なる経済の話ではありません。安全保障そのものです。
生活に不可欠で、代替が利かないものほど、外国の影響下に置いてはいけないのです。
その象徴的な例が、火葬場です。
東京23区内の火葬場の多くを運営しているある企業は、現在、中国出身の実業家が率いるグループの傘下に入っています。この問題が注目されるようになったきっかけの1つが、火葬料金の上昇です。
2020年頃まで約6万円だった東京都の火葬料金は段階的に引き上げられ、現在では9万円程度となっています。
公営火葬場や全国平均と比べても高い水準にあると指摘されています。
また、従来は中立性を保つために一定の距離を置いていた葬儀事業にも参入するなど、事業領域を広げている点も議論を呼んでいます。
■「料金」を交渉材料に、別の条件を要求される
しかし、こうした動きは、あくまで表に見えている部分に過ぎません。本質的な問題は、生活に不可欠なインフラが外国資本によってコントロールされることにあります。
火葬場は、あってもなくてもいい施設ではありません。人は必ず亡くなる。したがって、火葬場は必ず需要がある。さらに、地域ごとに数が限られており、選択肢がほとんどない。
この条件がそろうと、何が起きるか――利用者は「選べない」という状況に置かれます。これは、電気や水道と同じ構造です。価格が上がっても使わざるを得ない。サービスの条件が変わっても拒否できない。

つまり、インフラを押さえるということは、意思決定の自由を制限する力を持つということです。現時点では、料金の上昇という形で表れていますが、問題はそれにとどまりません。
たとえば、将来的に交渉の場面で、別の条件が提示される可能性もあります。
「料金は据え置くが、別の取引に応じてほしい」

「関連する土地や権利を譲ってほしい」
火葬場は必ず利用される施設です。そのため、交渉は一方的になりやすい。これは非常に強い影響力を持つことになります。
■「戸籍の背乗り」というリスク
もう1つ見逃してはならないのが、火葬場や病院といった施設に集まる個人情報です。
これらの施設には、日常生活では得られないレベルの情報が蓄積されます。氏名、住所、家族構成。場合によっては資産状況や健康状態といった、極めてセンシティブな情報も含まれます。
この情報がどのように使われるか。ここにリスクがあります。

仮に、こうした施設の運営主体がスパイ組織と結びついた場合、理論上は、「戸籍の背乗(はいの)り」のような行為に利用することが可能になります。
これは、実在する人物の戸籍や身分を乗っ取り、その人物として長期間活動する手法です。
極端な例ですが、病院に搬送された人物について退院したように装い、実際の死亡を隠す。そして、その人物の身分を別の人間が利用する。まるで映画のような話ですが、個人情報が集中している環境では、こうした操作が不可能とは言いきれません。
さらに重要なのは、「リスト化」という観点です。
どのような人物が、どの地域にいるのか。誰が影響力を持ち、どのような立場にあるのか。
たとえば、地元の有力企業の経営者が入院したという情報があればどうなるか。後継者がいない。経営の先行きが不透明である。そうした状況が見えた瞬間に、企業買収の対象として動き出すことも考えられます。

■次は「福祉・介護施設」「医療機関」が狙われる
つまり、個人情報は単なるデータではなく、次の行動を決定するための戦略資源なのです。
こうした動きは、単なる偶然ではありません。スパイや外国資本が注目するのは、「今すぐ儲かるもの」だけではなく、将来的に確実に需要が増える領域です。
日本はすでに超高齢社会に入っています。今後、火葬場の需要が減ることはありません。むしろ増え続けることが予想されています。このような領域を押さえることは、長期的に見て非常に合理的な判断です。
同じ文脈で考えると、次に狙われる対象も見えてきます。高齢者向けの福祉施設、介護施設、そして医療機関です。
これらはいずれも地域に密着し、利用が不可避であり、しかも大量の個人情報が集まるという共通点を持っています。一度押さえられれば、その影響は単なる施設運営にとどまらず、周辺の土地や権利にまで及ぶ可能性があります。
交渉の場面においても、通常であれば成立しないような条件が通りやすくなる。これもまた、インフラを握ることの意味です。
■「パンダ」で揺さぶりをかけてくる中国
中国との関係を見ていると、近年、特に感じるのは、「使える手札は何でも使う」という姿勢が非常にはっきりしてきたことです。
その象徴の1つが、いわゆるパンダ外交です。もともとパンダは、日中国交正常化の象徴として日本に来ました。最初は贈与という形で、その後はレンタルの仕組みに変わりましたが、日本国民にとっては長年、日中友好の象徴のような存在であり続けてきたわけです。
ところがみなさんご存じのように、近年はこのパンダが明らかに政治の道具として使われるようになりました。
過去にも日中関係が悪化した時期は何度もあり、日本製品の不買運動が起きたこともありましたし、摩擦はずっと存在していた。
しかし、それでも歴代の中国指導者は、パンダそのものを露骨に政治カードとして使うことはあまりしなかった。それを、今はやっているのです。
契約満了を待たずに引き揚げる。あるいは、「関係が悪くなれば当然こうなる」という空気をつくる。これは単に動物の貸し借りの話ではありません。
相手国の国民感情に影響を与え、揺さぶりをかけるための手段として使っているわけです。
■「日本が喜ぶもの」を握られていた
日本にとって、パンダを借りることの直接的な利益は何かといえば、結局のところ、日本国民が喜ぶということに尽きます。観光資源にはなるでしょうし、地域経済にも一定の効果はある。しかし、戦略的に見れば、中国側は「日本が喜ぶもの」を握っていたことになる。
そして、その握っているものを、必要なときには引き揚げる。この構造は、スパイ活動や対日圧力とまったく同じです。
最初に依存させる。そこに価値を感じさせる。そして、離れられなくなったところで揺さぶる。これはパンダに限りません。
貿易もそうです。レアアースもそうです。特定の品目の輸入停止もそうです。中国が近年やっていることを見ていると、日本の内側から、真綿で首を絞めるようなやり方ばかりを選んできているように見えます。
私はこれを見ていて、テロリストや愉快犯の心理に近いものを感じます。テロや嫌がらせの本質は、相手の日常生活に支障をきたし、相手があたふたしたり、国内が分裂したりするのを見て喜ぶところにあります。
だから、テロが起きたときには、国家指導者は「つらいが、日常に戻ろう」と呼びかけるわけです。相手の狙い通りに混乱し、分裂することを防ぐためです。
■「誰にこの国の土台を任せるのか」を考えて
中国がパンダを政治の道具にしているのも、ある意味ではこれと似ています。日本の中で「パンダがいなくなった」「中国と仲良くしないと不利益を受ける」という感情が広がり、それが圧力として機能することを狙っている。
現実にはパンダがいなくなって悲しんでいる人もいますし、貿易を止められて困る業者もいます。だから、うろたえるなと簡単には言えません。しかし、何かを一国に依存してしまう状態というのは怖いものです。
たとえば、2026年2月にアメリカとイスラエルがイランを攻撃したことで、ホルムズ海峡が封鎖され、燃料価格が急上昇しました。日本が原油を輸入する際、ほとんどがこの海峡を経由していることに、改めて不安を覚えた人も多いのではないでしょうか。
もちろん、個人でできることは限られています。せいぜい備蓄をする、節約意識を持つ。その程度です。
そして、インフラを守るというのは、最終的には政治の仕事です。
私たちにできるのは、どういう政治家を選ぶのか、誰にこの国の土台を任せるのかを考え続けていくことです。そのうえで、自分たちの周囲にあるインフラが狙われていないか、常に目を光らせていく必要があるのです。

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勝丸 円覚(かつまる・えんかく)

元公安捜査官

1990年代半ばに警視庁に入庁し、2000年代はじめから公安・外事分野で経験を積む。数年前に退職し、現在はセキュリティコンサルタントとして国内外で活動を行う。TBS系ドラマ『VIVANT』では公安監修を担当。著書に、『警視庁公安部外事課』(光文社)、『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業之日本社)、『警視庁公安捜査官 スパイハンターの知られざるリアル』(幻冬舎新書)などがある。

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(元公安捜査官 勝丸 円覚)
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