※本稿は、広尾晃『高野連』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
■毎年試行錯誤を繰り返す「2部制」
ここ数年で、高校野球の喫緊の課題となったのが「暑さ対策」だ。地球温暖化によって日本は「四季から二季」になったと言われるが、日本列島は7月初旬から3カ月近く、最高気温が35度を超す猛烈な暑さとなった。
高校野球最大の大会である地方、全国の「選手権大会」は、まさにこの時期に行われる。日本高野連は、クーリングタイムの導入、夏の甲子園の「2部制」など矢継ぎ早の改革を実施している。
2024年の夏の甲子園は、酷暑の時間帯の試合を避けるために、史上初めて1部の日程が午前・午後の「2部制」で行われた。
【大会初日:8月7日】
午前の部:朝8時半から開会式→10時から開幕試合
夕方の部:16時から第2試合、第3試合
【2日目、3日目:8、9日】
午前の部:8時から第1試合、第2試合
夕方の部:17時から第3試合
翌2025年は、さらに期間を広げて実施された。
【大会初日:8月5日】
16時から開会式→17時半から開幕試合
【2日目から5日目:6~9日】
午前の部:8時から第1試合、第2試合
夕方の部:16時15分から第3試合、第4試合
■あくまで「予防措置」に過ぎない
さらに、第2試合が13時45分までに、第4試合が22時までに終了しない場合は「継続試合」となる。また、試合前に行う恒例の「シートノック」も、時間を7分間から5分間に短縮。実施するかどうかは各校の選択制にすることになった。
日本高野連事務局長の井本亘は「年々暑くなっているのは間違いないところだから、極論を言えば、この時期に実施するのをやめるとか、どこか別の会場で、ということになるが、1~2年ですぐ動けるわけではない。
暑さ対策は「喫緊の課題」ではあるが、現時点で、直ちに高校野球の現場で大きな被害が出ているわけではない。「暑さ対策」は緊急を要することは事実だが、あくまで「予防的措置」であることは認識すべきだろう。
■今まで以上の熱中症対策が急務
日本全体で言えば、熱中症による死亡事故は、地球温暖化が進んだ2010年以降大幅に増加している。しかしJSPO(日本スポーツ協会)の調査によれば、学校管理下の熱中症による死亡事故は、80年代をピークとして大幅に減少している。
80年代は「練習中の給水を禁止」し「疲労困憊している選手に無理やりハードトレーニングさせる」ような指導が行われてきたが、近年は練習、試合中の適度な水分補給や、高温下での練習の中止など、適切な配慮が行われるようになり、熱中症の発症者、死亡者は減少している。軽度の熱中症は明らかに増えているが「今直ちに深刻な事態になっている」わけではない。
しかし、地球温暖化に歯止めがかからない今、従来以上の「暑さ対策」が必要との観点から、夏季のスポーツ環境について、さらなる注意喚起と対策が必要だ、として「2部制」など、新たな対策が打ち出されているのだ。応急処置的な拙速な対応ではなく、熟慮を重ねた適切な対応が必要なのだ。
■優先順位が高いのは出場する選手ではない
さらに言えば、熱中症のリスクが最も高まっているのは「甲子園に出場するような選手」ではない。スポーツ活動時の実践的な暑さ対策としては、
・水分補給
・暑熱順化トレーニング
・身体冷却
・コンディショニング(体調管理、栄養補給など)
・衣服条件(素材、着用方法など)
の5つが挙げられるが、このうち「暑熱順化」がポイントだ。これは「暑熱下で運動を続けるうちに、身体がそれに適応して運動時の発汗量が増加し、心拍数と直腸温度(身体深部の体温)が低下する」メカニズムだ。
ほぼ毎日、炎天下で練習を行う野球選手は「暑熱順化」が進み、暑さに耐えることができるようになる。暑熱順化には1~2週間かかるとされるが、6月末から夏の地方大会を戦う高校野球部員は、甲子園が始まる時期には、ある程度「暑熱順化」ができていると考えられる。
しかしながら、「練習機会が乏しく暑熱順化が十分でない学校、特に連合チームの選手」「審判、大会運営スタッフ」「応援団、観客」は暑熱順化ができていない。「暑さ対策」の優先順位が高いのは、むしろこういう人たちだ。
■エアコンも屋根もない地方球場の限界
日本高野連事務局長の井本亘は「甲子園球場のアルプススタンドの中に小さな部屋があるが、ここを臨時の休憩所にして、塩分補給のタブレットやドリンクなどを置いて、しんどくなる人に使ってもらうようにしている。本当に救護室に行って診察してもらわないといけなくなる手前の段階の人に、一息ついてもらって回復してもらうためだ。応援団限定だが、吹奏楽部の人なら5回のクーリングタイムにそこにいってもらうなどの対策もしている」と語る。
甲子園球場は2028年3月に銀傘(ぎんさん)(屋根)がアルプススタンドまで拡張される予定だ。これによって応援席の7割ほどがカバーできると言う。
筆者は毎年、夏の地方大会が始まると、各地の球場で試合を観戦する。地方大会でも、試合開始時間を早めたり、1日の試合数を減らすなどの対応が始まっている。
しかし甲子園球場と比べ、施設が貧弱な地方球場では「暑さ対策」はさらに厳しい。
■自助努力に頼るしかない現状
近年、こうした地方球場での審判の働きには涙ぐましいものがある。選手の表情を観察し、少しでも苦し気な顔をすると休憩させたり、水分補給をさせたりする。グラウンド整備時にも、選手に十分な時間を取らせるように配慮している。
客席に入ると選手の父母と思しき人が、うちわや凍った飲料を配ってくれる。「学校と関係ないです」と断っても「誰であっても、倒れられては困りますから」と勧められる。
前出の井本亘は「甲子園でやっていることを都道府県でそのまま実施できるわけではないが、数年前から、各地方でこういう『暑さ対策』をしている、という情報を資料にして配布して情報共有を進めている。
あと、大会で出る剰余金の中から、各都道府県に暑さ対策へ向けた助成をしている。今、都道府県の選手権大会をやっている球場が240~250ほどあるが、中には何の施設もない球場もある。そういうところで『冷風機とか扇風機などを仮設でもいいので設置して、そのレンタル料に助成金を使ってください』という呼びかけをした」と語る。
■科学的知見の乏しさ
ただ、この問題でも「科学的知見」が十分に活用されていない側面が見られる。
2025年12月に広島大学で行われた「日本野球学会第3回大会」で、広島大学大学院人間社会科学研究科教授の長谷川博は、2023年夏の甲子園から導入された「クーリングタイム」の後で、選手の動きが悪くなったり、熱中症の症状が続出したことについて「運動をして筋肉の温度や皮膚温が高くなったところで、急激に冷やしてしまうと、筋肉、皮膚の温度がガクンと落ちてしまう。その後、ぱっと運動をすると、パフォーマンスが低下したり、足がつったりする。このあたりも、熱中症対策の研究成果を十分に取り入れてほしい」と語った。
サッカーなど他のスポーツでは、はるか以前から暑さ対策の研究者や専門家が参画して、科学的な調査が行われ、それに基づいて試合開催の可否や、選手、審判などへのサポートがマニュアル化されている。また、スタジアム内の救護体制も充実している。
「暑さ対策」では高校野球は出遅れた感が否めない。こうした他競技の事例にも学んで、適切な暑さ対策を導入すべき時が来ている。
地方大会では、複数球場で1日2試合を基本に進めている。1試合目と2試合目との間の時間をかなり設けたり、給水タイムも何年も前から3イニング終了時、7イニング終了時に設定するなど工夫をしている。ただ、地方で得たノウハウが、日本高野連と十分に共有されていないと思われる。
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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。
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(スポーツライター 広尾 晃)

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