自動車メーカーのスズキが販売するレトルトカレーが限定販売ながら発売2日で5000食の注文が入り、生産が間に合わないほどの人気となっている。スズキの“本格カレー進出”の背景には、切実な社内事情があった。
ライターの天白あきえさんが取材した――。
■世界のスズキが頭を抱えていた社食問題
「インド人従業員が食事で困っている」
ある日、スズキから相談を持ちかけられた。
静岡県浜松市に本社を構えるスズキは、自動車業界のなかでもいち早く1980年代からインドに進出しており、現地シェアは40%を超える。日本国内では、インド拠点からの出向や直接雇用など、インド人従業員を多く抱え、本社では常時100人以上のインド人が勤務している。
インド人はベジタリアン(菜食主義者)が多く、スズキの社員食堂では対応した料理を提供していた。しかし、菜食料理に馴染みのない日本でつくられた料理はインド人の口に合わず、不満の声が上がっており、同社は頭を抱えていた。
冒頭の依頼を受けたのが、同じく浜松にあるレストランやウェディング事業を手掛ける、1868年(明治元年)創業の鳥善の社長、伊達善隆さんだ。同社は社員食堂はもちろんのこと、ベジタリアン食もインド料理も一切経験がなかったものの、スズキからの相談に応じて食事を開発することを決意。ここから、スズキと鳥善のベジタリアン食の歩みが始まった――。
■ベジタリアン食をやっても割に合わない
鳥善は、鳥料理をメインとした日本料理を提供する店として始まった。初代は13代将軍徳川家茂の料理人を勤め、皇室や著名人も訪れる格式高い料理店として知られてきた。その6代目が、現社長の伊達善隆さんだ。

伊達さんは事業の一環で浜松のまちづくりに取り組んできた。その活動のなかでスズキの石井直己副社長と出会い、「インド人従業員が食べられるベジタリアン食に課題があり、困っている」と相談を持ち掛けられた。インドは人口の約3割が菜食主義者で、世界最大のベジタリアン人口を擁する国だ。
しかし、伊達さんは当初乗り気ではなかった。
「高くておいしい料理ならできるんですよ。でも、社食なので、1食500~600円という価格帯でつくらないといけない。1000円じゃダメなんです。だから、参画してる事業者がいないってことだと思うんですけど」(伊達さん)
実際、スズキでは2010年頃からベジタリアン食の提供自体は始めていたものの、味への不満の声が上がっていた。1日数千人が利用する社員食堂で、100人のために労力をかけるのは割に合わず、質の向上は現実的に難しかったのだ。
■コストを抑えられる唯一の手
「採算が合わないからできない」と断りかけた伊達さんだが、以前から「なにか新しい事業をつくりたい」と思っていたこともあり考え直した。
「スズキはインドでのシェアが高い。そして、インドのITなどが注目されている今、日本とインドの関係は今後も増えていくでしょう。
そこに特化していけば、仕事になるんじゃないかと思いました。また、私たちは結婚式場の厨房設備を持っています。結婚式は、土日は忙しいけれど平日は割と余裕があるので、遊休資産を活用すればコストも抑えられると考えました」(伊達さん)
鳥善では木、金曜日にブライダル用のフランス料理を用意している。そこで月、火曜日にベジタリアン食をつくることで、元からある設備を有効活用することにした。
■みんなが「おいしい」と思える味を探して
スズキからの相談に応える形で、ベジタリアン食の開発が始まった。しかし、鳥善にはインド料理の知見はない。そこで、浜松でインド料理教室事業を展開している「ammikkal(アンミッカル)」や東京在住のインド人主婦に指導を求めた。
さらに、スズキで試食会を複数回行い、味のフィードバックを求めた。毎回10~20人のインド人従業員に実際に食べてもらい、「辛くない」「スパイスが足りない」などの意見を吸い上げ、都度改善を重ねていった。
インド人は食材の「新鮮さ」にこだわる傾向がある。南インドでは料理にココナッツをよく使用するが、「ココナッツがフレッシュじゃないからおいしくない」という意見もあったという。日本で手に入りにくい食材は諦め、あるものでおいしくつくれる素材に絞るという取捨選択もしていった。

さらに、頭を悩ませたのは「地域ごとの味の違い」だ。日本でもその土地ごとに味付けの特色があるように、日本の約8倍の国土があるインドにはさらに多くのバリエーションがある。スズキで働く従業員もインド各地から来ており、すべてに応えるのは無理がある。
「極力、インド全土の人々がおいしいと思える味を探しました。日本人が出汁を飲むと、ほっとするじゃないですか。そういう中心となる旨味みたいなものを探しました」(伊達さん)
地域が違っても、みんながおいしいと感じる味を探すのは「社員食堂ならでは」だと、伊達さんは言う。レストランだったら「自分は南インド出身だから、その地方の料理を出す」という考えで、なんの問題もない。しかし、社食だからこそ、みんなが喜ぶものをつくらなければいけなかった。
■インド人社員の反応は…
開発を始めてから約4カ月。2024年1月から社食での提供がスタートした。
「インド人の方からは、改善してくれてありがとう、とすごく喜ばれました。『母の味みたいだ』と言ってくれる人もいたんですよ。
社食はレストランと違って、働く人や生活を支えるための食事です。家族と離れて暮らし、一生懸命がんばっている人たちが私たちのベジタリアン食を食べて、ふるさとの味だって言ってくれるのが最高にうれしかったです」(伊達さん)
ランチタイムにスズキ本社の食堂を訪ねると、多くの従業員でごった返していた。広報担当者から紹介されたのは、北インドにあるマルチ・スズキ・インディア社から出向してきたふたり。当日のメニュー、インゲン豆の料理「ラージマ・マサラ」を食べながら、来日してから約1年というふたりに、感想を聞いた。
「95%インドと同じ味」「特にこのキャベツの炒め物は本当においしい」と楽しそうに語る。彼らにとって、辛さはやや足りないようだったが、「他の店で食べるより食堂のほうがおいしい」と太鼓判を押した。
「レストランを経営してきて、『ごちそうさま』と言ってもらえることはありますが、『本当にありがとう』とまではなかなか言われません。インドの方々が本当に困っていたんだなということが伝わってきて、やってよかったと思いました」(伊達さん)
■スズキファンとインドファン両方を取り込んだ
社食が好評を得て、本社の隣にあるスズキ歴史館のグッズコーナーで、おいしくできたカレーをレトルト化してお土産として買ってもらいたいという声がスズキから上がった。
鳥善にとっては、食品のレトルト化もこれまでに経験のない領域だ。まずは、レトルト食品を製造してくれる会社探しから始まった。今までのつながりはゼロ。そのため、十数社をリストアップしてサンプルを作成してもらい、味の再現度が高いところに絞り込む。

会社が決まると、次は商品づくりだ。レトルト商品をつくるためには、殺菌のために120度で4分以上加熱するという食品衛生法の基準がある。しかし、高温で熱を加えることで具材は崩れ、香りも飛んでしまう。崩れにくい具材選びや大きくカットすること、具材やスパイスを入れるタイミングなどを細かく調整していった。
ひとつの商品ごとに4~5回の試作とフィードバックを重ね、約9カ月かけて完成。2025年6月から販売を開始した。
当初は大根サンバル、トマトレンズダール、茶ひよこ豆マサラ、青菜ムングダールの4種類。現在は南瓜サンバルも加わり、全5種類のラインナップだ。
■超限定販売なのに1年で14万6000食
同社のWebサイトと歴史館のみでの販売にもかかわらず、発売から2日で5000食の注文が入り、一時は生産が間に合わなくなるほどだった。
スズキの広報担当者は「想定以上にお買い求めいただきました」と話す。2026年7月までに、約14万6000食が販売されている。
しかし、スーパーでも、Amazonでも売っていないのに、なぜ生産が追い付かなくなるほどに売れたのだろうか? 担当者は、次のように話す。

「当社の車を描いたパッケージデザインにもこだわりました。どうやら、当社の車のファンにも好評のようです。愛車と同じパッケージの商品と一緒に写真を撮ったり、ジムニーに乗ってキャンプに行き、このカレーを食べている様子をSNSにアップする方もいました」(スズキ広報担当者)
それに加えて、もともとのインド好きやインド料理ファンからも一定の評価を得ているという。筆者はインドに住んだことがあり、インド料理の味にはかなりうるさいほうだ。その私が食べても、「これは現地と比べても遜色ない」と思うほど本格的な味わいだった。
■今や社食事業は7社まで拡大
スズキの社食提供を始めた当初の売り上げは、年間約1000万円ほどで、「それほど大きなものではなかった」と鳥善の伊達さんは振り返る。それでも、製造量が上がることで原価を抑えられるため、少しずつ他社にも社食を広めながら、模索している最中だった。
そして、レトルトカレー販売の想定以上の売れ行きに手ごたえを感じ、鳥善のベジタリアン食事業は加速した。現在は、スズキの社食に加えて、鉄道会社やホテルなど7社まで広がっている。
■インドを「お金の対象」として見てはダメ
社食、レトルトカレーと、社内外での評価を高めたベジタリアン食は、さらなる躍進を遂げ、2026年にJALの機内食として採用された。
JALとの出会いは、スズキと鳥善など地元企業を中心とした事務局が開催していた「インドはままつフェスティバル」でのことだ。時はさかのぼって、すでに社食でベジタリアン食の提供を始めていた2024年。スズキの石井副社長から鳥善の伊達さんに「浜松でインドのイベントをやろう」という誘いがあった。
「インドの経済成長に注目が集まっていますが、石井副社長はインドを“お金の対象”として見ていてはダメだと言います。インド人はそういうのをよく見ていると。そうではなく、我々がインドのためになにができるかが大事です、とおっしゃっていました」(伊達さん)
遠く離れた日本に来て、働いてくれるインド人のためになにができるか。それは、食事の面だけに限らない。家族が来たときには教育環境や医療の整備も必要になる。石井副社長には「まち全体でやらなければいけない」という思いがあった。その文脈のなかで出されたのが「文化的な取り組み」というアイデア、つまり浜松でのイベントだった。
2024年9月、スズキや鳥善の社員などの有志で実行委員会を組み、「インドはままつフェスティバル」を開催。インド料理の出店やステージでのダンスパフォーマンス、インドのお祈り行事などが行われ、浜松に住むインド人だけではなく、東京などの遠方からも訪れる人たちで賑わった。
■JAL機内食に届いていたクレーム
そして翌25年、2回目のインドはままつフェスティバルにJALインド支店が出店をしており、支店長の竹井亮人さんが鳥善のカレーを口にした。「日本にこんなにおいしいベジタリアン料理があったのかと、びっくりしていました」と伊達さんは振り返る。
というのも、JAL側もこれまでにインド便の機内食に課題を抱えていた。機内で「ビーフ・オア・チキン?」というフレーズを聞いたことがあるだろう。どちらも肉が入っている。JALでは、ベジタリアン食は「特別食」として事前予約した人に提供するスタイルで対応していた。
しかし、インド行きの便は半数以上がインド人で、ベジタリアンも多い。特別食は名前と座席をひとつずつ確認してから提供するため、通常ミールよりも時間と手間がかかっていた。
そこで、「ビーフとチキン」ではなく、「日本食とベジタリアン食」に変更したものの、味への不満が多く、まだまだ乗客の満足は得られていない状況が続いていた。クレームも発生しており、インド便の業務負荷は極めて高い状態であり、労務上の課題になっていた。
JALとしてはずっと改善したいと思っていたものの、ベジタリアン食に対応してくれる業者が見つからずにいた。しかし、ついにイベントで鳥善のカレーに出会い、伊達さんに機内食の依頼をしてきたのだ。
■クレームがほとんどなくなった
2026年3月、JALからのラブコールに応える形で、ベジタリアン機内食への挑戦が始まった。
調理は社食と同様、結婚式場の厨房を活用し、安全の基準をクリアするため、金属探知機を導入した。また、菌の繁殖を防ぐための急速冷却器や、大量に米を炊ける炊飯器、保管できる大容量の冷凍庫などをそろえた。機内食を開発するための投資は、約2000万円に及んだ。
そして、2026年6月から、成田発のデリーとバンガロール行きの便で提供が開始された。3月に決定してから、わずか3カ月後のことだ。現在は1日60食ほどだが、9月からはインド行きだけではなく、世界各地へのフライトの特別食に採用されることも決まっている。数は、1日約300食ほどに増える予定だ。
JALインド支店長の竹井さんは「これまであったインド人旅客のクレームの声はほとんどなくなりました」と話す。乗客だけではなく、それまで大変な思いで対応していた客室乗務員も喜んでいるという。
大手自動車メーカーのスズキでの社食提供、レトルトカレー製造、JALの機内食と数々の成果を上げてきた伊達さん。レストランとウェディングを行ってきた150年以上の歴史を持つ老舗企業が、「第二創業と言ってもいいかもしれません」と思えるほどの変化だった。
しかし、従業員数約60人の小さな会社である鳥善が、世界有数の自動車メーカーとコラボできたのは、単なる“運”だけではない。そこには、伊達さんの「地元浜松」への思いがあった。

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天白 あきえ(てんぱく・あきえ)

インタビューライター

名古屋市在住。インドでの就業や事務職などを経て、2021年よりライターとして活動。経営者インタビューや地方創生、地域企業の挑戦をテーマに取材を重ねている。熱意を持って行動する人々の物語を発信し、社会をよりよくするヒントを届けることを目指す。インドダンスのパフォーマーとしても活動中。

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(インタビューライター 天白 あきえ)
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