NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、秀吉による政権奪取という佳境を迎えている。歴史評論家の香原斗志さんは「本来、陰湿で残虐な秀吉をドラマでは魅力的な人物として描いているため、しわよせが主人公である秀長に及んでいる」という――。

■雪に閉ざされた七尾城に向かう秀吉
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、羽柴秀吉(池松壮亮)がいよいよ天下への野心をむき出しにしはじめた。秀吉が弟の小一郎(仲野太賀、のちの羽柴秀長)に「これは、わしらだけの秘めごとじゃ。信雄様でも信孝様でもない。このわしが上様の思いを継ぐ」と告げたのは、第29回「天下への道」(7月26日放送)だった。
続いて、第32回「賤ヶ岳の決闘」(8月23日放送)で秀吉は、ついに「天下人になる」と口にした。
秀吉は柴田勝家(山口馬木也)とすでに決定的に対立していたが、越前(福井県東部)の北ノ庄城(福井市)が本拠の勝家は、冬は雪に閉ざされて出陣できない。勝家方にくみする前田利家(大東駿介)も、能登(石川県北部)の七尾城(七尾市)が本拠なので、同様だった。その七尾城にいる利家を、ふいに秀吉が訪ねてきたのである。
これが天正11年(1583)2月として、秀吉が近江(滋賀県)の長浜城(長浜市)周辺から七尾まで、雪中を二百数十キロも移動して利家に会いに行ったというのは、冷静に考えればナンセンス極まりない。だが、それなりに説得力がある場面であった。そして、この説得力が現在、「豊臣兄弟!」を支えているように思う。
一方で、秀吉に説得力があればあるほど、主人公のはずの小一郎の存在がかすみ、安っぽくさえ感じられてしまう。

■妙に説得力のある秀吉の言動
「敵」の来訪に戸惑い、「正気か⁉」と問う利家に秀吉は満面の笑みを返し、持参した酒を見せる。笑いながら「まことはわしが好きであろう? 正直に申せ!」という秀吉に、利家は刀を突きつけるが、秀吉は動じず、笑みを浮かべたまま「わしはお前が好きじゃ。殺されとうもないし、殺しとうもない」と語る。
そして、たがいの家族の交流について触れ、「又左(註・利家)、わしに力を貸してくれ」と説得をはじめた。「おぬしがわれらに降れば、さすがの鬼柴田もあきらめるであろう」。そして続けた。「このまま戦となれば、わしはお市様まで討たねばならぬ」。利家は「それが嫌なら負けを認め、われらに従うことじゃ」と答えるが、秀吉はこう説き続けた。
「それではなにも変わらぬ。柴田殿は、いまあるものを守ることはできても、あたらしき世をつくることはできまい。だから、わしはやると決めたのじゃ。もうこんな世はうんざりじゃからのう」。
そして、いよいよ告げた。「又左、わしは天下人になる」。
驚くべき野望を聞かされた利家は戸惑い、「思い上がるな!」と怒鳴ったが、「そうじゃ、百姓上がりのサルには到底できぬ。大それたことよ。だからやるのじゃ。わしにしかつくれぬ世をつくってみせたいのじゃ」と秀吉。そして、「わしとともにやろう」と利家に真摯に誘いかけ、深々と頭を下げた。
■池松壮亮の素晴らしい演技
結局、「なんでこのわしがお前に仕えねばならんのだ!」と怒り心頭の利家に、秀吉は追い出されてしまう。だが、じつは利家は秀吉の話に心を動かされていた。その後、勝家には織田家を守る意志しかないことを確認し、秀吉の示したビジョンのあたらしさとくらべて勝家に失望。ついに勝家を裏切って、秀吉方についた。
この場面の説得力とは、すなわち池松壮亮が演じる秀吉の魅力だった。
呆れるほどの「人たらし」だった秀吉の魅力が、余すことなく伝えられていた。こんなにも「人たらし」だったから、つまり人心掌握術に長けていたからこそ、秀吉は天下を獲れたのだろう――。視聴者の多くがそう感じたのではないだろうか。
今年5月13日付の読売新聞のコラム「古今をちこち」に、日本史家の磯田道史氏が秀吉の人たらしのエピソードをわかりやすく書いていた。〈秀吉は役者である。(註・信長の次男の)信雄の警戒心を解くために会うと、「膝を折って手をつき(土下座)。ことばを出さず(信雄の目をみて、ただ)涙を」流して見せた。これには周囲も驚いたらしい。秀吉側近の竹中半兵衛の息子が記しているほどだ(『豊鑑』)。秀吉は「自分の得になる涙」なら幾らでも流す〉。
まさにこの「役者」たる秀吉が、池松壮亮の演技で見事に表現されていた。しかも、「豊臣兄弟!」では、秀吉が登場する大河ドラマの通例と違わず、秀吉が(少なくともいまのところは)愛されキャラとして描かれているので、視聴者も秀吉の「人たらし」ぶりにほだされてしまう。

■持ち前の良さが描かれない秀長
だが、秀吉の「人たらし」とは、他者への愛によるものではなく、自己愛を満たすためのものだった。ドラマで描かれるように高邁な理想を追い求めたのではなく、ひたすら自分の野望を実現するための手段だった。
「豊臣兄弟!」の秀吉は「あたらしき世をつくる」といった。そこには「人々のために」というニュアンスが感じられたが、歴史のなかの秀吉にとっては「自分のために」だっただろう。だから、ふりまく愛嬌すら冷徹な計算にもとづいた演技で、意に沿わないことがあれば、容赦なく残虐に振る舞った。
たとえば、前頁の織田信雄は、最初は織田家当主に祭り上げておだて、祭り上げる必要がなくなると臣従させ、天下一統を成し遂げると、領地を没収して秋田に追いやった。その弟の信孝は、信雄をそそのかして殺させた。かつての「上司」に関しては、柴田勝家を滅ぼしただけでなく、佐々成政は臣従したにもかかわらず切腹に追いやり、丹羽長秀も没して嫡男が後を継ぐや否や、領地の大半を没収した。このように自分の「目の上のたんこぶ」に対しては、少しの容赦もなかった。
「人たらし」の実相は、ひどく陰湿で残虐なのだ。ところが、「豊臣兄弟!」では「人たらし」の皮をむいた先の陰湿さや残虐さが(いまのところは)描かれないので、秀吉がすこぶる魅力的な人物に見えてしまう。だが、考えてみれば、このドラマの主人公は秀吉ではなく弟の秀長なのである。

秀長が主人公なのに、どうして秀吉をこんなに魅力的に描くのだろうか。秀吉をこんなにも愛されキャラとして描いたら、秀吉の魅力の前に秀長はかすまざるをえない。
■兄の引き立て役にしかなっていない
「豊臣兄弟!」の秀長は、天下獲りの覚悟を決めて突き進む兄に対し、すべてを円満に治めるべきだという青臭い理想を述べ、心配ばかりしている。北ノ庄城に市(宮﨑あおい)を訪ね、ふたたび支え合おうと説得するが断られる。その際、市から「もう戻れぬ。この道を選んだのは秀吉じゃ」と告げられた。市は秀吉が織田政権の簒奪を目論んでいると見抜き、「そなたにはあるのか? いまの兄をまことに支える覚悟が」と小一郎に尋ねるが、小一郎はそういわれるまで兄の真意に気づいていなかったようで、驚いた表情をする。
秀吉が前田利家に会いに行ったときも、蜂須賀正勝(高橋努)に「まことに大事ないのか?」と聞かれ、「仕方なかろう、いうても聞かんかったんじゃ!」と、兄を止められなかったことにいら立つばかり。兄の引き立て役にしかなっていない。
これまでも、城攻めで一人の死者も出さないことをめざすなど、戦国の現実とまったくかけ離れた考えを述べ、行動することが多かった秀長。嫡男(「豊臣兄弟!」では吉岡里帆が演じる妻、慶の連れ子)が死んで何日もふさぎ込むなど、(いまのところは)ただただ青臭い。
歴史上の秀長は、大軍を率いて武功を重ねるとともに、兄の参謀であり、秀吉と諸大名のあいだに入って、彼らを政権につなぎとめる「かすがい」の役割を果たした。
それができたのは、秀長も「人たらし」で、それが兄のようにその場しのぎの演技ではなく、実があったからだろう。今後、そうした面も描かれるのだろうが、錚々たる大名たちが軒並み信頼を寄せた秀長の包容力は、突然身につくものではあるまい。早い時期から発揮されていなければおかしい。
■果たして主人公はどちらなのか
しかし、残念ながら現状、「豊臣兄弟!」は秀吉の独壇場で、秀長が出る幕がない。はなはだ存在感に乏しい。
秀吉は主人公ではないのだから、「人たらし」の背後の野心や陰湿さ、残虐をもっと生々しく描き出せばいいのに、なぜ描かないのかと思う。秀吉がもっとずる賢く、それが透けて見えたときに敵をつくりやすい人物に描かれれば、調整役の人格者たる秀長の存在感は、ずっと高まったのではないだろうか。
実際、秀長は秀吉の欠点を埋めることで、羽柴(豊臣)政権の樹立に計り知れない貢献をした。ということは、秀吉の欠点が描かれないかぎり、秀長には出る幕がないのに、秀吉は前述のように、魅力的な人物として完結してしまっている。これでは秀長の存在は浮いてしまう。
もしかすると脚本家は、魅力的な秀吉に対して、秀長を「もっと魅力的」に見せようとして、理想主義者に描いているのかもしれない。一人の死者も出したくない、すべての方向が円満にまとまってほしい……。だが、それほど戦国の現実から遠い発想はない。だから秀長は、魅力的な兄の横で、いつも空理空論を説いて空回りしているだけの人物になっている。
もし視聴者のアンケートをとったら、結果はあきらかだろう。問いは「秀吉と秀長のどちらが魅力的か?」。秀吉が圧勝するに違いない。

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香原 斗志(かはら・とし)

歴史評論家、音楽評論家

神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。

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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)
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