中国・習近平政権に対し、台湾が警戒を強めている。軍事ジャーナリストの宮田敦司氏は「8月中旬の大規模軍事演習では、首都・台北市民も参加してこれまでにない防衛・防災訓練が行われた。
日本も台湾有事に備えて避難計画を作っているが、まだ足りない点がある」という――。
■中国軍の侵攻に台湾軍はどう動くか
台湾国防部による大規模軍事演習「漢光42号」が8月5日から14日まで10日間にわたって実施された。
「漢光演習」は、中国による台湾侵攻を想定して台湾軍が毎年実施している軍事演習だ。陸海空軍などが参加する最大規模のもので、作戦を検討する指揮所演習と、部隊を実際に動かす実動演習を組み合わせて行われる。
1984年からスタートしたこの演習は近年、中国軍の能力向上や台湾周辺での軍事活動の活発化を受け、従来よりも実際の戦況に近い環境を設定し、状況の変化に応じて部隊を動かす方向へ内容が変化している。
今回の「漢光42号」では、中国軍による上陸への対処に加え、海上封鎖、空挺部隊や特殊工作員の侵入、サイバー攻撃、通信障害など、台湾有事で起こり得る幅広い事態が想定された。さらに軍事作戦と並行して、市民の避難や社会機能を維持する訓練も各地で行われた。
こうした訓練をつなげて見ると、台湾が中国からどのように攻められることを警戒し、その際に軍と社会をどのように動かそうとしているのかが浮かび上がる。
■台湾が警戒する海からの封鎖
漢光42号で想定されたのは、中国軍が大規模な軍事演習を利用して戦力を集結させ、そこから実際の軍事作戦へ移る状況だ。軍事的威圧と侵攻との境界が曖昧なまま、事態が急速に進む可能性を台湾側は警戒している。
そうした事態に備えて行われたのが、海上封鎖訓練だ。台湾海軍と海巡署(海上保安庁に相当)は、エネルギー資源や重要物資を運ぶ民間船舶を護衛し、海外との海上交通を維持する「反封鎖」任務の訓練を実施。
海軍と海巡署が合同で実動演習を行うのは初めてのこととなる。
台湾はエネルギーや物資の多くを海上輸送に依存している。中国軍が台湾周辺の海空域への圧力を強め、民間船舶の航行を難しくすれば、上陸作戦に至る前からエネルギーや食料、原材料などの供給に影響が及ぶ。
また、演習開始から数日後の8日には南部・高雄の左営海軍基地一帯で、ミサイル艇、攻撃用無人機、海巡署の船艇、近接航空支援部隊を投入した合同反上陸訓練が行われた。
さらに10日早朝には台湾海峡の澎湖諸島で、M60A3戦車や対空火器を使った多層防御(敵の侵攻に対し複数の防衛線を重ね、段階的に敵を殲滅していく戦法)を訓練。同日夜から11日未明には台北市の松山空港周辺で、空挺部隊や特殊工作員の侵入を想定し、憲兵予備役旅団が道路を封鎖して重要拠点を防護した。
これらを一連の流れとしてとらえると、中国軍が軍事演習を利用して戦力を集結させ、海上交通を圧迫し、重要拠点への攻撃を経て空挺・上陸作戦へ移るという台湾側の想定が見えてくる。
■「スマホが繋がりにくい」さてどうする?
さらに興味深いのが、漢光42号と並行して実施された「城鎮韌性(じょうちんじんせい)演習」だ。
こちらは2024年から年次実施されるようになった、官民合同の防衛・防災訓練である。地方自治体が中心となって行政機関や民間セクター、市民も参加する。今年の城鎮韌性でも、前年と同じく空襲時の避難、負傷者の救護、物資の確保などを訓練した。
加えて今年はこれまでにない取り組みが行われ、台湾内外で注目を集めた。
モバイル通信速度を低速化させ、通信障害が起こった場合を想定した動きを確認したのだ。
台中市など中部7県市では10日に、台北市を含む北部7県市では13日に、それぞれ地域全体のモバイルデータ通信が30分間にわたって低速化された。13日の北部訓練では256kbpsまで制限。首都・台北の市民たちは、防空警報が鳴る中で建物内や地下へ避難を開始すると同時に、スマホが普段のようには使えない状況に置かれた。
今回作り出された通信環境は、通常の4G・5G通信速度の約1%に相当する水準だという。この速度では、文字を中心とした情報は利用できても、動画視聴やビデオ通話、大容量データの送受信には大きな制約が生じる。
つまり台湾が再現したのは、通信が完全に途絶する状況ではなく、「つながってはいるが、十分には使えない」環境だ。これはサイバー攻撃や海底ケーブル切断などによる通信施設の損傷、停電などで通信容量が低下した状況を念頭に置いた訓練といえる。
■「本番」ではいつ復旧するかわからない
当然のことながら、演習では30分後に通信速度が戻ることを参加者は知っている。だが実際の有事では復旧時期はわからず、さらに空襲や停電、交通機関の運休などが同時に発生する可能性もある。そうした事態を見越した訓練でなければ意味がない。
各自治体では、演習前から住民に準備を呼びかけた。
重要な情報をオフラインで確認できるか、外部との連絡手段を確保できているか確認するよう促し、演習中は不要不急のデータ通信を控えること、どうしても必要な業務がある場合は固定回線を利用するよう周知した。
さらに警政服務APP(現在地周辺の防空避難施設の位置や収容人数などを確認できる行政アプリ)をあらかじめダウンロードして避難情報や地図をスマートフォンに保存することや、この時間帯前後に台湾高速鉄道の電子チケット「T-EXモバイルチケット」を利用する人は画面保存や紙で準備することなどもアナウンスされている。
エリア全体の通信速度が低下すれば、行政機関も影響を受ける。台北市労働局は、4G・5G回線では市のウェブサイトやアプリ、モバイル決済などへの接続が遅くなる可能性を事前に周知。一部自治体では事業者にも通信低速化を想定した準備を求めた。
■海底ケーブル切断というリスクの顕在化
日本の「防衛白書」令和7年版によると、2023年2月、台湾本島と中国大陸沿岸に近い馬祖列島(連江県)を結ぶ2本の海底ケーブルが相次いで切断された。台湾当局は中国籍漁船や貨物船による損傷とみている。
この結果、通信は容量の限られたマイクロ波回線へ切り替えられ、馬祖では50日以上にわたってインターネットが大幅に使いにくい状態が続いた。連江県政府では回線混雑により、庁舎の階ごとにインターネットを利用する時間を分け、電子公文などを処理する対応を迫られた。
住民への影響も当然大きく、メッセージアプリのテキストは送れても画像は読み込めなかったり、まともに電話ができなかったりという状況が発生。なかには一時的に台湾本島に避難する人もいたという。海底ケーブルが失われれば何が起きるかが顕になった。

2025年1月にも台湾北部で国際通信用の海底ケーブルが損傷し、台湾当局は中国と関係する貨物船が意図的に損傷させた可能性も含めて捜査を行った。このように、平時でも中国船と思われる船舶が海底ケーブルを損傷しているのだ。有事においては意図的な損傷が行われるだろう。台湾が今回こうした演習を行ったのは当然の備えといえる。
■5島から12万人を非難させる想定だが…
「防衛白書」では、台湾周辺やバルト海で相次ぐ海底ケーブル損傷を「海洋をめぐる新たな課題」として取り上げている。そして台湾有事の際に、中国側が日本と他国をつなぐ海底ケーブルを狙ってくる可能性もすでに各所で指摘されている。だが、今回台湾が実施したような具体的な訓練が行われたことはないし、住民への情報伝達や空港・港への誘導が機能するかを検証した形跡も公表資料からは確認できない。
台湾有事で真っ先に影響を受けるであろう宮古島や石垣島を含む先島列島からの住民避難については、検討が行われている。国と沖縄県、石垣市、宮古島市、多良間村、竹富町、与那国町の先島5市町村は、2022年度から住民避難を想定した図上訓練(地図等を囲み、対応を検討する形式の訓練)を重ねてきた。
2026年1月29日の国民保護共同図上訓練には、国、沖縄県、先島5市町村のほか、防衛省・自衛隊、海上保安庁、警察、消防、航空・海運事業者など94機関、425人が参加。武力攻撃予測事態の認定に至るかどうか分からない段階で、国が先島諸島からの住民避難が必要となる可能性を判断する状況を設定し、県と市町村を通じた関係機関との調整手順を確認した。
このとき重点課題となったのが、「輸送力の最大化・具体化」と「要配慮者の避難」である。
航空機や船舶をどのように確保するのか、高齢者や障害者などをどのように移動させるのか。先島5市町村の住民に観光客などの域外滞在者を加えた約12万人の避難を想定すべく、今年度は図上訓練に加えて実動訓練も予定されている。
■日本が台湾の演習から学ぶべきこと
ただ、重要なのは平時と異なる条件下でもそうした計画を実行できるかどうかだ。通信能力が大幅に低下すれば、自治体は住民へ集合場所や出発時間を伝えにくくなる。航空便や船便の予定が変わっても、新しい情報を速やかに周知できない可能性がある。
土地勘の乏しい観光客は、避難場所や空港、港までの経路をスマートフォンに頼ることも多い。高齢者や入院患者の移送では、医療・福祉施設と自治体との連絡も欠かせない。航空機や船舶を確保できても、住民をそこまで誘導できなければ、計画上の輸送力を十分に生かすことはできない。
漢光42号から日本が参考にすべき点は、計画をどこまで厳しい条件で試すかという発想である。台湾は通信速度を通常の約1%まで落とし、自治体、事業者、市民を実際にその環境へ置いた。
日本もすでに先島諸島からの避難の図上訓練を重ねているからこそ、より実地的な段階へと進む必要がある。今後の図上訓練や実動訓練では、通信速度を大幅に低下させる、航空便や船便の一部を利用できなくするなど、前提条件を変化させた状況で避難計画が機能するかを確認することが重要となるだろう。


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宮田 敦司(みやた・あつし)

元航空自衛官、ジャーナリスト

1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校(現・情報学校)修了。中国・北朝鮮を担当。2008年、日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に『北朝鮮恐るべき特殊機関 金正恩が最も信頼するテロ組織』(潮書房光人新社)、『中国の海洋戦略』(批評社)などがある。

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(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司)
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