原宿・神宮前、もう花金なんて言わない金曜の夜。街が週末に向けてざわつき始めたころ、観光客と買い物客が行き交う明治通りが慌ただしい速度で流れている中で、あるスポットもいつもとはどこか異なる雰囲気を醸し出していた。ガラス越しに見えるのはアウトドアウェアの並ぶ空間と、ドリンク片手に会話する人々。店舗の前を通りかかる通行人は、不思議な顔をして足を止める。
「地球の未来を考えるきっかけを提案する」をテーマに、これからの次世代(ミレニアル以降世代)に対して、自然環境に触れる入り口として2019年にオープンしたTHE NORTH FACE ALTER。そこで初開催されたインストアライブが、その名も<THINKING OUT LOUD #01>だ。観客は招待されたブランド顧客と関係者のみ。このシークレットな夜の集いは、THE NORTH FACEというブランドの根幹にある主義や思考が、音楽を通して立ち上がる瞬間として目撃された。
ブランドがいま考えている思考を声に出す場
会場入りは19時。入り口でイベント名の入ったクージーとREPUBREWのクラフトビールを受け取って扉を開けると、店舗内では来場者たちがライブのリハをBGMに談笑していた。 THE NORTH FACE ALTERにて、初開催されたインストアライブ<THINKING OUT LOUD #01>。本企画は同ブランドが長年大切にしてきた「Exploration(探求)」の思想を、音楽や空間体験を通して顧客に共有することを目的としたイベントであり、そのタイトルからもわかるように、シリーズ企画の初回として位置づけられている。
また〈THINKING OUT LOUD〉というタイトルから読み取れるのは、完成された答えを提示する場ではなく、ブランドがいま考えている思考を声に出し共有する場であるかということ。それはTHE NORTH FACEの「探求とは常に“途中”にある」という姿勢ともリンクしているように感じた。 そしてイベントの舞台となったTHE NORTH FACE ALTERは、いわゆる売り場という言葉では説明しきれない空間。特徴的な円形什器、アーバンな天井、視線が抜けるガラス張りの構造などは、ギャラリーとしてもライブハウスとしても成立する独特な空気感を醸し出している。 「ALTER」は英語で「変えること」を意味するように、ここは変化を前提とした存在とも言えるだろう。売るための場所でありながら、何かを体験するための場所でもある。今回のようなインストアライブは、想定された可能性のひとつが実現した良きケースと言えるのかもしれない。
店舗空間でさらさとin-dのライブセッション
この日のライブでまず登場したのは、SOUL・R&B・ROCKなどあらゆるジャンルを内包した楽曲を届ける、湘南出身のシンガーソングライター・さらさ。デビューから1年で〈FUJI ROCK FESTIVAL '22〉出演を果たし、その後も国内外の大型フェスに多数出演。加えて、美術作家・アパレルブランドのバイヤー・フォトグラファー・フラダンサーなどマルチに活動の場を広げている。
「どんな人たちがいるのかワクワクしながら来ました。一緒にゆったりとした時間を過ごせたらと思います」とさらさが話し始めて、ライブはスタート。1曲目の“Amber”でしっとりと観客を音の世界に誘うと、“朝”では「いい感じでいたい、いい感じで」とコール&レスポンスをリクエスト。ややシャイな東京の民は始めこそ控えめだったが、ラストは穏やかな合唱が会場内に響いた。 緊張が解けた耳と心に、白黒つけられない部分に価値を見出す“グレーゾーン”や、「聞き分けのない私を許して」から始まるサビが印象的な“祝福”が染みる。そして「絡まったまま 踊り続けてる 夜が溶けるまで」と情感たっぷりに歌い上げる“Thinking of You”でフィナーレを迎えた。
続いて登場したのは、THE OTOGIBANASHI'S・CreativeDrugStore・Summitのメンバーでラッパーのin-d。DJのBanri Kobayashiと“output”で始めたライブは、続く“Afterglow”で早くもヒートアップ。「自分もいただきます」とビールを煽ったあとの“Familia”は、「今も過去も大好きな金曜日」というリリックをこの日に合わせて来たのだろう。in-dの地元である湘南・藤沢での日常を切り取った”weekday“は、個人的ながら藤沢住まいの筆者に最も刺さった(はず)。
「自分は今33(歳)ですけど、10年以上前にTHE NORTH FACEとお仕事をさせてもらって、そこから担当の方にはプライベートでもすごくお世話になっているので、こういう形でまた一緒にできるのはすごく光栄です。あとやっぱり僕は週末がすごく好きなので、みなさんに金曜日という貴重な時間をいただいてライブをできるのがうれしい、ありがとうございます」(in-d)
MCを挟み、自身のルーツを綴る“Roots&Leaves”でライブはリスタート。ライブ後半戦は、「いい夜になりそう」ではなく、「いい夜になっている」ことを感じた“atarayo”、東京の夜とリンクする“On My Way”、メロウで浮遊感のあるサウンドに揺れる“Cloud”を披露。そして夏が待ち遠しくなる“Ice Coffee”で、終始タイトなラップを披露したin-dのライブはひとまず幕を閉じた。
ただし、このメンツで、アノ曲をやらないわけはない。本当のラストは、in-d がさらさを客演に迎えて2025年に発表した“この街”。湘南出身のふたりが、今いる街での日々のリアルな行動や風景、気持ちを描き出す1曲は、観客それぞれの“この街”を思い起こさせたことだろう。
カルチャーと向き合う持続的なプラットフォーム
本企画では、店舗の特性を活かしてあえてステージを設けず、観客とアーティストの距離を極力縮めることで、音楽を特別なものにしすぎないという設計がなされていたように思う。そしてその結果、ALTERは単なる売り場ではなく、ブランド思想を体感できる場として機能した。 出演したin-dとさらさという2組のアーティストに関しても、派手な演出ではなく言葉の質感や内面性を重視するアーティストであり、そのセレクトも〈THINKING OUT LOUD〉のコンセプトと明確に呼応。そしてライブを観終わって、「このアーティストのライブをこんなに間近で観られるなんて贅沢だな」と改めて感じた。ファンからしたら羨ましいだろう。実に東京らしい光景だ。
また、in-dとさらさがTHE NORTH FACEのプロダクトに身を包んでいたが、あくまでも商品を主役にはせずにブランド思想が伝わる空間とライブを共有し、顧客と同じ時間を共に過ごすことに価値を置く手法は、THE NORTH FACEが目指すコミュニティ形成と強く結びついている。音楽はそのための刺激的かつ実験的な装置であり、同時に思想を翻訳する言語でもあった。 〈#01〉と付けられた本イベントは、明確に“続き”を前提としている。出演者・場所・形式は今後変わっていくのだろうが、それでも思考を声に出す場、顧客と共有するという軸はきっと変わらない。THE NORTH FACEがカルチャーと向き合う持続的なプラットフォームに、〈THINKING OUT LOUD〉はなり得るだろう。その第一歩として、今宵は非常に示唆に富んだ体験となった。
Text by ラスカル(NaNo.works) Photo by Ryoma Kawakami
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