今夏のサマーソニック出演も決定しているスティーヴ・レイシー(Steve Lacy)が、待望のニューアルバム『Oh Yeah?』を本日7月17日に配信リリース(国内盤は8月7日発売)。最新作についていち早く語った、米Rolling Stoneによる昨年8月のカバーストーリーを完全翻訳。


Photographs by DANIEL SANNWALD

SZAをフィーチャーした新曲「is it cool?」

キャリアの始まりと現在地

「ショーを見逃しちゃうよ」

筆者はパリの渋滞にはまり、ほとんど停車しているのに近い最新モデルのメルセデスの助手席に座っている。スティーヴ・レイシーは後部座席で”aux(スマホを使った選曲)係”を務め、エール(フランスのエレクトロニック・デュオ)、M.I.A.、フェイ・ウェブスターを織り交ぜたプレイリストを流している。私たちはイヴ・サンローランの2026年春夏コレクションが始まろうとしているブルス・ドゥ・コメルスに向かっているところだが、ほとんど進んでいない。本来ならレイシーのホテルから会場までは数分で着くはずなのに、速度はまるでダイヤルアップ回線のようだ。ドライバーが路地(現地では「リュエル」と呼ぶ)に車を入れるが、そこでも渋滞に阻まれる。さらに追い打ちをかけるように、後方から車が入り込み、私たちを塞ぎ込む。ショーに間に合わせたいなら、ここからは徒歩で行くしかない。しかも、かなり速足で。

レイシーは2023年にYSLのブランド・アンバサダーに任命されて以来、毎年パリで開催されるメンズウェアのプレゼンテーションに欠かさず出席している。6月の蒸し暑い火曜日の午後、彼が身にまとっていたのは、スリムなレザーパンツ、まるでパンツの延長のように脚を覆う黒のロングブーツ、そして幾何学的に仕立てられた真っ白なボタンダウンシャツ──いずれも過去のコレクションから選ばれたYSLのフルコーディネートだった。

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代


ドライバーが車を停めると同時に、レイシーは流れるような動きで外へ飛び出す。驚いたように首を伸ばす人々の視線に気づく。
錯覚ではない──グラミー受賞アーティストのスティーヴ・レイシー本人が、サンローランのニーハイブーツを履いてパリの街を速足で歩き抜けているのだ。完全にロックスターそのものの姿で。

レイシーといえば、2022年の大ヒット曲「Bad Habit」で広く知られている。パンデミック後の時代を象徴する最初のヒット曲のひとつで、どこに目を向けても、どこをスクロールしても、耳に飛び込んできたのはあのサビだった──〈舌を噛む、それは悪い癖(I bite my tongue, its a bad habit)〉というフレーズは、好意を持つ相手にアプローチできなかった悔しさを鮮烈に切り取っていた。なかでも〈君も僕を望んでいたなら知りたかった〉という率直で自己卑下的なフックが人々の心に残り、軽やかでありながら普遍的、どこか深遠ささえ漂うものとなった。「まさに僕の会話そのものなんだよ」とレイシーは語る。「一つの思いつき、ちょっと深いことを口にして、その後すぐに冗談を言う──そんな感じさ」。

2ndアルバム『Gemini Rights』からの2作目のシングルとしてリリースされたこの曲には、ほとんど錬金術的ともいえる魔力が宿っていた。弾むようなドラムと、それに呼応する奔放なギターリフは、まるで科学的事実のように抗いがたい説得力を放っていた。この曲は2023年のグラミー賞で最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞、最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞にノミネートされたほか、『Gemini Rights』も評価され、レイシーは最優秀プログレッシブR&Bアルバム賞を受賞した。

ソロ・アーティストになる前、現在28歳のレイシーは、シンガー・ソングライターのシドやプロデューサーのマット・マーシャンズとともに、ジ・インターネットのメンバーとして活動していた。当時、彼らはすでにロサンゼルスを拠点とするコレクティブ「Odd Future」の中で確固たる地位を築いていた。
レイシーはブレイクスルー作『Ego Death』で共同エグゼクティブ・プロデューサーを務めており、この作品で2016年に初のグラミー賞ノミネーションを獲得したとき、彼はまだ高校生だった。「自分が最初に関わった作品が『Ego Death(自我の死)』っていうタイトルなのが気に入ってるよ」と彼は語る。「僕は”エゴなし”でその場に入っていったんだ」。

レイシーのキャリアの始まりは、まるでVH1の伝記映画のようだ。コンプトン出身の内気で才能ある10代の少年は、がんで父を亡くした後、同じく才能あふれる若いミュージシャンたちと出会い、彼らに受け入れられ、腕を磨いていく。そこからやがてスーパースターへと成長していった。「スティーヴが若い頃、彼のお母さんは彼を大事に守っていた。15~16歳の頃、彼女がスティーヴを家の外に連れ出してもいいと信頼していたのは、僕らだけだった」とマット・マーシャンズは振り返る。『Ego Death』セッションのある時、マーシャンズがトラック用にベースラインを必要として、レイシーが作っていた音楽を聴かせてほしいと頼んだ。「彼が当時、携帯で作っていた音源を色々聴かせてくれたんだよ。もうぶっ飛んだね。『これが君の作ってる音楽なの? 信じられない』と思った」とマーシャンズは振り返る。
「彼は本当にシャイで、自分がどれほどすごいか気づいてなかったんだ」。

そして始まるモンタージュ。ギターはもちろん、ドラム、ベース、最近ではシンセサイザーまで、あらゆる楽器を自在に操るレイシーの姿。もちろん歌うこともできる。デビュー・アルバム『Apollo XXI』に収録された「Playground」のミュージックビデオでは、全員がスティーヴ・レイシーというメンバー構成のバンドを率いているが、それも彼にぴったりだ。

『Ego Death』のリリース直後、レイシーはケンドリック・ラマーと出会う。やがて2017年のアルバム『DAMN.』に収録される「PRIDE.」でコラボレーションすることになるが、ピューリッツァー賞受賞ラッパーとの初対面もまた映画的な瞬間として彼の記憶に刻まれている。「僕が入っていったら、いろんな機材を抱えてて、ケンドリックが『MVで君の顔を見たことある』と言ってきたんだ」とレイシーは回想する。「僕は『君の顔も見たことあるよ、もちろん』と返した。そしたら彼は笑ってたよ」。レイシーはおずおずと、当時自分が作っていた音楽を聴かせることを申し出た。その中の一曲が「PRIDE.」となり、今年のはじめには「Bad Habit」「Dark Red」と並んで、Spotifyだけで10億回再生を突破したスティーヴ・レイシーの代表的なプロダクションのひとつに加わったのだった。


レイシーを同世代の偉大なアーティストの地位に押し上げたのは、『Gemini Rights』だった。ファンク、ポップ、ロック、R&B、ヒップホップを自在に行き来するそのジャンル感覚──まるでSpotifyのプレイリストのような流動性──は、あらゆるものが常に無限にあるという感覚のもとで音楽を受容してきたZ世代の文化的感性に見事に響いた。このアルバムはTikTokとも自然に共鳴した。「Bad Habit」に加え、アルバムの冒頭を飾る「Static」もバイラル・トレンド「English or Spanish」の定番音源として広まったのだ。そこではユーザーが石のように静止し、レイシーの印象的な冒頭の一節──〈ベイビー、鼻に何かついてるよ。K(ケタミン)を吸って、その穴は埋まったの?〉──をバックに映像が展開されていった。

「僕は音楽の多くをネットで見つけてきた。だから”注意力が持たない”っていう議論はあんまり信じてない」と彼は語る。これはTikTokのようなプラットフォームが彼の世代の集中力を奪っているという見方に対する発言だ。「人々はただ、物事の最も強い瞬間に惹きつけられていくんだと思う」。

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代

Sunglasses: Artists own.

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代

Outfit by Saint Laurent

私たちはギリギリのタイミングでブルス・ドゥ・コメルスに到着した──かつてフランスの青空穀物取引所だった同心円状の宮殿は、現在ではアートに捧げられている。ただし、辿り着いたのは正しい入口ではなかった。
正面ではK-POPスターのチャ・ウヌが現れ、集まったファンから歓声が上がっている。一方のレイシーは、建物の側面に集まった一般客の小さな人だかりをセキュリティに導かれて通り抜け、撮影場所へと進んでいく。中に入ると、セレスト・ブゥルシエ=ムジュノによるインスタレーション「Clinamen」が出迎える。透明な水をたたえた水盤に白い陶器のボウルが浮かぶ作品だ。その場は両頬へのキスの挨拶と、何十回もの「やあ、元気?」のやり取りで賑わっていた。レイシーはいたずらっぽく笑みを浮かべ、筆者に「さっきエディブル(大麻入りの菓子)を食べたかもしれない」と打ち明ける。「食べたのか、自分が食べられたのかはわからないけどね」と彼はショーの後に付け加えた。摂氏30度を超える暑さのなか会場まで歩くことになったのが嫌ではなかったか尋ねると、「そんなこといちいち考えすぎないんだ」と返してきた。

今のレイシーの頭の中を占めているのは、ほとんど音楽のことだ。近々リリース予定であるニューアルバムのタイトルは『Oh Yeah?』。ジャケットは、壁を突き破って登場する架空の飲料マスコットを思わせるデザインだという。「顔だけコップから取り出したんだ。
訴えられないといいけどね」と彼は冗談を言う[※編注:そのジャケットデザイン案は最終的に採用されなかった]。SNSの写真では、このアルバムのマーチを着て”堂々と”予告をしてきたが、ファンは新曲を今か今かと待ち望んでいる。アルバム名の由来について問うと、レイシーは「その”問いかけ”自体が大事なんだ」とだけ語る。ふざけているように見えて、この作品は間違いなく彼のキャリアで最も自信に満ちた作品だ。「今回のアルバムは本当に時間をかけて考え抜いたんだ」と彼は言う。「ずっとデザインって言葉を使ってるんだけど、自分のためのまったく新しい言語を作り上げるような感覚なんだよ」。

「『Dark Red』の〈悪いことが僕に起ころうとしている〉みたいに印象的なフレーズを生み出すことはあったけど、今回のアルバムでは初めて意識的に歌詞と向き合ったんだ」とレイシーは語る。「最初にジ・インターネットで作曲やプロデュースを始めた頃は、まずビートを作って、フックを作って、それを誰かに渡す──ずっとそのやり方でやってた。だから言葉はしばらく二の次だった。『ビートがヤバければ、ベースラインもコードもヤバければ、もう十分だろ?』って感じでさ。でも今はこう思うんだ、『自分らしい言い方で伝えたい』ってね」。

YSLのショーの前日も、筆者は車に同乗していた。もちろん音楽担当はレイシーで、この日はアルバムの最新バージョンの曲をかけていた。セーヌ川沿いでのビデオ撮影へ向かう道すがら、エッフェル塔、ルーヴル美術館、ノートルダム大聖堂といったパリの名所を間近に眺めることができた。良質なカーオーディオという密閉された小さな円形劇場で聴くと、音楽の全体像がより鮮やかに浮かび上がる。ボーカルの繊細な質感、ドラムの身体に響く重低音、泡のように弾けるギターの旋律。そこから聴こえてきたのは、非常に個人的で内省的なトーンだった。レイシーがこれまで人生や愛を高い視点から観察するために使ってきた鋭いレンズを、今度は自分自身に向けているかのようだ。彼はこれらの曲の中で感情的に生き、そこには人種的アイデンティティ、愛や信頼との関わり、自身のセクシュアルな流動性といったテーマが織り込まれている。そしてキャリアを通じて築いてきた”半分はコメディ的で、ときに痛烈に切り込む観察スタイル”がそれらを彩っている。「ただ思ったことを言うだけなんだけど、同時に人間にとって本当に大事なことを突く小さなチクりを入れることもできると思うんだ」と彼は語る。「バカみたいなことと、本気のパンチラインが混ざってる感じさ」。

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代

Outfit by Prada.

『Oh Yeah?』はレイシーがセルフ・プロデュースした作品だ。サウンド面では大胆に冒険しており、トリップホップやエレクトロニックな音を取り入れる一方で、スタジアムやアリーナに響き渡るようなクラシック・ロック風のバラードも構築している。近年のレイシーはシンセサイザーに関心を寄せており、その影響が新曲にははっきりと表れている。レイシーのお気に入りのバンドは、よく知られている通りステレオラブ。最新作でも彼らの遊び心あるメロディ感覚を見事に咀嚼し、自分のものにしている。その結果生まれたのは、かつてプリンス(レイシーが頻繁に比較される人物)のようなアーティストたちが作っていた、あらゆる要素を内包するポップ・アルバムだ。「アルバムを聴かせてもらったとき、『君は本当の意味でポップ・アルバムを作ったんだな』って伝えたよ。しかも今どきのポップじゃなくて、偉大なアーティストたちが作っていた時代のポップをね」とマット・マーシャンズは語る。「彼はいま、過去のポップを彷彿とさせる領域に踏み込み始めていて、それがすごくいいんだ」。

レイシーは僕に「Nice Shoes」を聴かせてくれた。彼はこの曲を、自身のキャリアにおける”新しい瞬間の予告編”だと説明する。楽曲は、”エゲツない(filthy)”とさえ形容できるドラムンベース風のブレイクビートに乗せて展開する。歌詞は遊び心と洞察を行き来し、新しい恋人と手をつなぐことを想像しただけで勃起してしまう自身について歌う(本人いわく”ロマンティック・ボーナー”)、同時に気づかれにくい憂鬱の感覚についても触れている。〈気づかないまま悲しいってこともあるんだよね〉と彼は歌う。〈僕に必要なのはギターとセロトニンだけさ〉。

実際、ファンは「レイシーがギターを捨ててエレクトロに移行したのでは?」と心配する必要はない。曲の終盤、BPMが半分に落ちると、彼は再び6弦を手に取り、スティーヴ・レイシーらしいメロディを爪弾き始める。そして歌声がグリッチのように歪み、再びブレイクへとつながっていく。歌詞を自分の話し言葉に近づけたいと語ったように、レイシーはこれから届ける音楽で、これまで見せてこなかった自分のパーソナリティや嗜好を表現していこうとしているのだ。

名声とアルゴリズム

ホテルに戻ると、パリ名物ともいえる小さなエレベーターの中で、レイシーはファッションウィークのイベントに対する倦怠感について話してくれた。社交辞令や儀礼的な挨拶の繰り返しに疲れてしまうのだという。それに、彼自身は自分をセレブだとは思っていない。だからこそ、名声に対する執着がアメリカほど強くないパリでは心地よさを感じるのだ。今回のアルバム制作のため、ロサンゼルスの自宅からパリへ断続的に足を運んでいるレイシー。私たちが会う直前の週末には、彼はパリでのビヨンセのツアー公演に足を運んでいた(この日、ジェイ・Zが飛び入りし、カニエ抜きの「Ni**as in Paris」を披露した)。レイシーはバックステージでもVIP席でもなく、友人である音楽家モーゼス・サムニーと共に観客席にいた。彼は2016年頃、グラミー前のブランチでサムニーと知り合ったという。「僕らはただのファンとして行ったんだ。電車に乗って、観客の中に混じってさ。ロサンゼルスでこんなことしたら絶対に大騒ぎになるだろうなって思ったけど、こっちではすごく自然でクールだったんだよ」。

レイシーは、ある種の”控えめな名声”を完璧にものにしている。ファンは彼に本気で夢中になり、彼の音楽はメインストリームに爪痕を残すほど十分に優れている──その結果として、パリのファッションショーに招待される存在になったのだ。彼が自身の理想像として挙げるのは、フランク・オーシャン、タイラー・ザ・クリエイター、ソランジュといったアーティストたちだ。「彼らは決してポップ・ミュージックの型に従わなかった。でもきっと、やろうと思えば何でもできるし、どんなフェスでもヘッドライナーになれる」と彼は語る。「彼らはみんな自分自身の世界をデザインした。人々はそこに惹きつけられていくんだ」。

これは今のスーパースター世代に共通する傾向だ。いまや音楽界のビッグネームたちは、セレブリティの虚飾を脱ぎ捨て、よりオーセンティックな観客とのつながりを求めている。チャーリーxcxがレイヴを主催し、ドレイクがKai Cenatのような若いストリーマーやコンテンツクリエイターと手を組み、あるいはジャスティン・ビーバーが新作『SWAG』で洗練されたアイドル的イメージを捨て、自らの実際の趣味嗜好に基づいた、より率直で素朴なペルソナを打ち出したように。

レイシーはごく自然にこの在り方を体現している。名声を人生の既成事実として受け入れるのではなく、うっとうしく付きまとってくる弟や妹のような存在として扱うことが多い。「クール・エイドは飲まない。だってまず第一に自分は学び手でありたいから」と彼は語る。「最初に注目され始めた頃、ネットでめちゃくちゃ言われて、母親に『なんで僕にちょっかい出すんだよ? 音楽がやりたいだけなのに』って愚痴ったんだ。そしたら母さんが『スティーヴ、あなたは恵まれてこのプラットフォームを持ってるの。感謝しなさい』って言ったんだ」。その学びを、彼は次世代のスターたちにも伝えることができたという。たとえばピンクパンサレスは、i-Dのインタビューで「彼のおかげで突然のバイラルな名声に対処できた」と語っている。「マット・マーシャンズが僕にとってそういう存在だったんだ」とレイシーは言う。「だから今、若い子たちにそのお礼を返せるのはクールだと思う」。

2022年、「Bad Habit」がバイラルのピークを迎えた頃、ライブ会場ではコロナ規制が緩和され、待望のコンサート復活が実現していた。『Gemini Rights』を携えてツアーを行う中で、レイシーは熱心なファンを持つ比較的無名の存在から、何千人ものティーンエイジャーが叫ぶメインストリームのスターへと一気に駆け上がった。そんな中、彼はある公演で観客にステージへ投げ込まれたカメラを叩き壊し、その映像が拡散されて批判を浴びたこともあった。レイシーはその件について、多くのメディアが事実を誤って伝えていたと語る。「その時に初めて『名声とはこういうものか』って理解したんだ」と彼は言う。「報道では僕がその人の携帯を壊してショーを終わらせたってことになってた。でも実際は、『ああ、みんな平気で嘘をつくんだな』って思ったよ。ショーは最後までやったし、『そいつを追い出してくれ』ってだけ言ったんだ。だって、なんで僕に物を投げつけるんだよ?」。

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代


スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代

Belt by Ferragamo

ツアー開始直後にバイラルヒットを経験したことは、レイシーにとって大きな学びになった。「カルチャーショックだったよ。だって僕はずっとニッチな存在で、クールな音楽オタクみたいな立ち位置に慣れていたからね」と彼は言う。「ポスト・コロナのツアーに出て、同時にバイラルになったことで、初めてコンサートに来るような騒がしい子たちがたくさん集まってきた。最初はそのノリに体が拒絶反応を起こした。でも最後には、その騒がしさがすごく嬉しかったんだ。『これが彼らにとって人生初のライブなんだ。僕がコンサートでの楽しみ方を見せてあげてるんだ』って思ったら、自分もそのエネルギーを受け入れたいと思えるようになった」。

そのツアーの後、レイシーは比較的静かに過ごした。これは、ナンバーワン・ヒットとキャリア最大の成功曲を手にした直後のアーティストとしてはやや異例の動きだ。「他の誰かなら『この波に乗れ』ってなるだろうけど、僕は『しばらくここにいるべきだ』とわかってるから、そんなこと気にしちゃいない」と彼は語る。彼のこうした姿勢が正しいことは、ジ・インターネットのファンの忠誠心に表れている。彼らはいまだに、新曲の手がかりを探して熱中しているのだ。最後のアルバムが出てから7年が経った今もなお(レイシーによれば、グループは最近「一緒に過ごしていて」、近いうちに新作が期待できそうだという)。

「時間って本当に不思議だよね。すべてを教えてくれる。だからこそ、自分の選択やタイミングに自信が持てるんだと思う。これまでがすごくゆっくりで、引き延ばされてきたからね」と彼は語る。「『Dark Red』だってプラチナ認定を受けたのは(発表から)5~6年後だった。だから僕は、すぐにバズらなきゃとか、当然そうなるべきだなんて全然思わない。RCAと最初に契約したときも、『で、君は何を望むの?』って聞かれて、『自分がなるべき大きさになりたい。必要以上に大きくなりたいわけじゃない』って答えたんだ」。

では、チャート1位のシングルとグラミー受賞アルバムを手にした今、スティーヴ・レイシーは”どれくらい大きな存在”であるべきなのだろうか? YSLのショー会場の外で、若きシンガーソングライター、ソンバー(sombr)がレイシーに声をかけ、「あなたは僕のヒーローのひとりなんです」と伝える場面があった。ソンバーはおそらく、レイシーの音楽から直接的な影響を受けて育った世代から登場した最初のアーティストのひとりだ。彼自身もここ1年で2曲のトップ40シングルを手にしており、TikTokのアルゴリズムによる爆発的な拡散力も後押ししている。

一方でレイシーは、自分とファンとの年齢差に戸惑うこともあるという。「ある女の子が『早く新曲を出してよ。最後の曲が出たとき、ちょうど高校を卒業したばかりだったんだから』って言ってきたんだ」とレイシーは苦笑する。「なんでそんな言い方されなきゃいけないんだよ?って思ったよ」。

新しいヘアスタイル、新しい恋

レイシーがYSLのショーに出席した理由のひとつは、服への愛情に加えて、新しいヘアスタイル──シャープで清潔感のあるフェードカット──を正式にお披露目するためだった。これが彼の”新しい時代”の最初のステップだという。数年間はミディアムレングスの三つ編みをしていた彼だが、「いつも何かが一段落すると髪型を変えるんだ」と語る。「あの三つ編みから、もう何ができるのか想像できなかったんだ」。レイシーはタイラー・ザ・クリエイターと同じバーバーに通っており、昨年ロサンゼルスで行われたタイラーのリスニング・パーティでその理容師に偶然出会った。数日間ヘアチェンジを思案していた彼は、それを”サイン”と受け取り、断行することにしたという。ただし、その移行は激しい感情を伴った。「めちゃくちゃ感情的になって、帰り道で泣いちゃったんだ」と彼は打ち明ける。

レイシーは、カリフォルニアらしい陽射しを浴びたようなイージーなクールさをまとっている。どれだけ着飾っていても、ダンサーのように自然体で優雅な雰囲気を保っているのだ。髪を短くしたことで、その顔立ちがよりはっきりと露わになった。若き日のマイケル・ジャクソンを思わせる、彫りの深い少年のような顔つき。ショーのアフターパーティに向かう前、私たちは近くのレストランで一杯飲むことにした。そこで彼は数年前に声のために喫煙をやめたことを話してくれた。本来はストーナー気質の彼だが、今はハイになる手段としてエディブルを好んでいる。これもまた、『Gemini Rights』以降の彼を導いている”より意識的な生き方”の一環だ。新作について彼は「前のアルバムよりも、いまはエネルギーを理解できるようになった」と語る。

アルバムの大きなテーマのひとつは”ロマンス”、あるいはその欠如だ。新しい楽曲には彼らしい皮肉めいたユーモアが残っているものの、赤裸々なメランコリーが加わり、これまでにない感情的な深みを与えている。「数カ月前に曲をレーベルで聴かせたんだ。そしたら『じゃあ、もっとハッピーな曲を流してよ』って言われて、クソッって思ったよ」とレイシーは笑う。そうした初期のトラックに漂う悲観と暗さの多くは、昨秋の別れが影響しているという。その出来事は、彼に愛との関係を改めて見つめ直させたのだった。

『Oh Yeah?』収録の「the feeling」

レイシーにとって──レーベルにとっても──幸いなことに、彼は最近”ハッピーな曲”も作っている。実際ここ最近の彼は、とてもロマンティックな気分だという。パリに出発する数週間前、彼はある人物と出会った。曰く「子どもたちが出会う方法で」──つまり”デジタル”を通じて。

「3回目のデートの日は、彼の誕生日だったんだ。彼は僕に会いたがっていて、友達を8人か9人くらい連れて来ていた。僕はこれまで、デートしていた相手に”友達と一緒に過ごそう”って言われた時点で距離を置いたこともあった。でも彼とは違った。彼の友達全員に会ったし、彼のためにアフターまで主催したんだ。僕が本気で夢中になってる証拠だよ。誰に対してもそんなことは絶対しないから」とレイシーは振り返る。ちなみに、YSLのショーでは元恋人も彼の近くに座っていた。しかし今回は心の準備ができていたという。昨年のように、同じイベントに突然姿を現した”ジャンプスケア”のような衝撃にはならなかった。今の落ち着いた心境には、新しい恋が大きく影響していると彼は語る。

レイシーは音楽に対する愛情も新たに取り戻している。今年パリに滞在した際、彼の情熱を再び掻き立てる特別なギターに出会ったのだ。それまではギターの音が自分にとって陳腐に感じられつつあったという。「パリで1990年製のギブソンを買ったんだ。それでまたギターを弾くようになった。本当にワクワクしてる」と彼は語る。「しばらくはシンセやベースばかり触ってたけど、またギター・ロックスターになった気分だ」。

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代


クィアでブラックの表現者として

生まれ故郷のカリフォルニア州コンプトンは、レイシーに言わせれば「魔法のようであり、同時に誤解されてもいる」街だという。「コンプトンを地図に載せる心配なんてしなくていい」と彼は言う。伝説的アーティストを数多く輩出してきた街の歴史を引き合いに出しながら、「ネガティブなことも多いけど、そこから生まれるポジティブなものも本当にたくさんあるんだ」と続ける。

レイシーの母親はブラックで、父親はフィリピン人だった。二人は職場で出会った。母は看護師で、父は同じ病院で働く雑用係。やがて結婚し、スティーヴと妹をもうけた(母は前の結婚で二人の娘がいた)。両親は彼が幼い頃に別れ、10歳の時に父は肺がんで亡くなった。父の文化的なルーツについて、彼自身は深く触れる機会がなかったという。「僕からはすり抜けてしまった」と彼は語る。「父方については、愛する人たちが語ってくれる思い出話に頼るしかないんだ」。

コンプトンで育つなかで、ブラックであることが一目で分かる顔立ちを持っていたレイシーは、友人たちから「お父さんは誰なの?」と聞かれることがあった。「子どもの頃の僕は、ただブラックにしか見えなかったんだ」と彼は語る。「フィリピンの特徴が出てきたのは成長してから。だから『誰かが嘘ついてるんじゃないか? 妹と僕を迎えに来るこの男は誰なんだ?』と思ってたよ」。

父親とは断続的にしか会えなかったため、彼が亡くなったとき、レイシーはどう感じていいかわからなかったという。泣いたのは一度だけだと記憶している。「僕にとってはすごく抽象的な出来事だった。『ときどきしか会わない人に、どれだけ悲しみを感じていいんだろう?』って自問してた」と彼は振り返る。「でも大人になるにつれて、父から学ぶはずのことを自分が持っていないことに気づいたんだ。一番悲しいのは、その”欠けているもの”を自分で探して見つけなきゃいけないことだと思う。でも、父はまだ近くにいるんだ。死者との関係を僕は持ってる。ときどき彼の存在を感じるんだ」。

海外に家族がいたことは、レイシーに世界各地の貧困レベルの違いを教えてくれた。父が亡くなった後も、母はフィリピンの家族に送金を続けていたという。「僕らは3ベッドルームにバスルームがひとつの家で育って、マクドナルドも我慢するような生活だった」と彼は説明する。「それでも母はFacebookで向こうの家族と連絡を取りながら、MoneyGram(国際送金サービス)で50ドルとか送ってたんだ。母は『フィリピンではあなたたちは裕福なのよ、そのことを忘れないで』って言ってたよ」。レイシーは、両親が親密さを見せるところを一度も見たことがなかった。そのせいか、彼は今の恋愛を「彼らの間違いをどうにか正そうとしているようなもの」と捉えているという。「たぶん僕は、自分が両親とは違うんだって証明したいんだ」。

音楽的な背景も家庭にあった。母はかつて歌手を志しており、彼女や姉妹たちはレイシーの楽曲でバックボーカルを務めたこともある。10歳の頃、教会のバンドが礼拝の最後にギターを激しく弾き鳴らす姿を目にしたことをきっかけに、レイシーはギターを始めた。「礼拝の終わりに、彼らがただひたすら弾き倒していて、僕は口をあんぐり開けて座ったまま、一歩も動かずに見入ってた」と彼は語る。その頃すでに、ゲーム『Guitar Hero』に何時間も夢中になったことでギターに魅了されていた。「10歳の頃、僕はあの楽器に取り憑かれていた。触りたい、そばにいたい、音を聴きたいって思ったんだ」と振り返る。ほどなくして、彼はレッスンを受け始める。

高校に入ると、母はジャズバンドに参加するよう勧め、彼はそれに従った。2012年前後、友人で同級生のジャミール・ブルーナー(サンダーキャットの弟)が運命的にマット・マーシャンズを紹介し、そこからジ・インターネットとの縁が始まった。その頃はOdd Futureが勢いを増し始めていた時期だった。彼は年上のメンバーたちがリハーサルする場に顔を出すようになった。「すごく厳しく守られて育ったから、ティーンエイジャーになって初めて得た自由みたいなものだった。母も少しは僕を自由にさせてくれるようになって、ただそこに行って見てるだけだった。本当におとなしくて、彼らは僕を”リル・スティーヴ”って呼んでたんだ」(「実際、数カ月前に携帯の連絡先を”Lil Steve”からようやく変えたばかりなの」とシドは笑う)。

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代


マット・マーシャンズは、レイシーがソロとしてキャリアをスタートさせるための基盤をしっかり整えようとしていた。「僕は彼に『アルバムを作らなきゃいけない。長くなくてもいいし、複雑でなくてもいい。でも、世界にスティーヴ・レイシーを単独で提示する必要がある』って言い始めたんだ。だから『Ego Death』では彼はバンドの一員だったけど、『Palace / Curse』ではあえてフィーチャリングとして名前を出した。彼を独立した存在として認識させるための布石にしたんだ」。

2017年、19歳になる直前に、レイシーは『Steve Lacys Demo』をリリースする。大部分はGarageBandと古びたiPhoneで録音された作品だった。初期の時点ですでに、彼のソングライティングの才能は際立っていた。収録曲の「Dark Red」は、弾むような中毒性の高いメロディで、いまやSpotifyだけで約20億回再生されている隠れたヒット曲となっている。後の「Bad Habit」にもつながるような予兆を感じさせる楽曲だ。

スミソニアン協会の文化芸術部門のチェアを務めるジョン・トラウトマンは、Wired誌でレイシーがどのようにEPを作ったかを知り、その物語に驚嘆したという。「若くしてミュージシャン/プロデューサーとして非凡な才能を発揮していたことを物語っていて、さまざまな意味で信じがたいほど素晴らしいエピソードだと思いました」とトラウトマンは語る。

トラウトマンと彼のチームは「Entertainment Nation」という展覧会を企画しており、2017年にレイシーに連絡を取り、”伝説のiPhone”を収蔵することになった。この展覧会は2022年に公開された。「ちょうど『Bad Habit』がチャートのトップを獲っていた時期にオープンしたから、来場した若者たちは彼が誰かをすぐに理解して、iPhoneを見て驚きと喜びでいっぱいになったんです」とスミソニアンのキュレーター、クリスタル・クリンゲンバーグは語る。

「彼の携帯の前で跪くティーンエイジャーまでいました」とトラウトマンは付け加える。

2019年、レイシーはデビュー・アルバム『Apollo XXI』で初めて自身のクィアなアイデンティティについて歌った。「Like Me」では、ある種の前置きのようにこう歌い始める。〈これは僕と僕が何者かについての歌/大げさにしたくなかったけど/歌にはしたかった〉。

レイシーは「カミングアウトするまで待ち続けた。自分がいろいろ動き始めるまでは、全部隠してたんだ」と語る。「例えば、僕は本当にダンスが大好きなんだ。コンテンポラリーも、タップも、ヒップホップも。モダンダンスが大好きなんだ。でも育っていく過程で、それを探求できなかった。僕が何者かを伝える前に、誰かに『ゲイだ』って先に決めつけられたくなかったからね。『ゲイだ』って一言で言えたら楽だったのかもしれないけど、僕はそうじゃない。それはもっと流動的で、クィアっていうのは”ゲイの男”って言うよりもずっと説明が難しいんだ」。

レイシーはソーシャルメディアと”いたずらっぽい関係”を保っている。Instagramのメインフィードにはかなり自由に投稿し、ときどきTikTokにも現れては流行のクリップを使ったり、人気クリエイターの動画に登場したりする。最近はあまりやっていないが、コメント欄で反撃することでも知られていた。正式にカミングアウトする以前から、TumblrやTwitterではすでに彼がクィアであることが推測されていた。あるとき、人種的な恋愛嗜好についてのツイート(現在は削除済み)が発端となり、激しいバッシングが巻き起こった。レイシーはその経験から学んだという。「今は感謝してる。あの反応がどこから来ているのか理解できるし、共感もできる。でも当時は本当に耳にするのが辛かった」と振り返る。

「僕が18歳のときは、あれがカミングアウトの仕方だったんだよ」と彼は言う。「男の子とも女の子ともキスしてるってことを、キャンセルされる過程でみんなに知られたんだ。でもそれが必要だったんだ。僕の人生はあまりにも完璧すぎた。小僧のくせに有頂天になってたんだよ。だから謙虚にさせられる必要があった。それは僕にとって良かったことなんだ」。クィアでブラックのアーティストとして、レイシーは自分が”代弁者”のような存在になることを避けている。彼にとって重要なのは、あらゆる経験の色合いが表に出ることだ。「僕の使命はブラックの人間性を見せることだと思っている」と彼は言う。「僕らには無数の感情のスペクトラムがあるのに、世の中で見たり受け取れるものはあまりにも限られているんだ」。

その考え方は、彼にとってケンドリック・ラマーの「Pop-Out」コンサートを特別なものにした理由のひとつでもある。レイシーはこのイベントで、西海岸のラッパーたちと共にステージに立った。「本当に美しくて深い体験だった。コンプトンにいると、いつも決まった種類の音楽しか流れてないから、自分のやっていることが尊重されるなんて、コンプトンの会話の一部になるなんて思いもしなかった」と彼は語る。「だからあの場にいて、その愛を感じ、同じコンプトン出身でそれぞれのやり方で音楽をやっているアーティストたちと並んで立てたことは、本当に特別だった」。

このイベントへの出演は、ドレイクを不快にさせたようで、彼は昨年xQcとの配信中にレイシーを「fragile opp(脆弱な敵)」と呼んだ。当のレイシーは、その発言をむしろ愛嬌あるものとして受け止めている。「ドレイクは大好きだ。育ったときからずっと聴いてきたんだから」と彼は笑う。

どこまでも率直でありたい

私たちの会話の中で何度も出てきた言葉は「流動性(fluid)」だ。レイシーには、固定されたものがほとんど存在しないように思える。「自分の流動性が音楽を通して感じ取れるのが好きなんだ」と彼は言う。「多くの人は”ゲイ”ってラベルをマーケティングに使うけど、僕は一度もそうしなかった」。音楽は、彼のさまざまな側面を表現する手段であり、それによって自己を形づくることができるのだという。「音楽は、なんていうか、自分のアイデンティティを作る助けになるんだ。まるで物語が勝手に書かれていくみたいにね」。彼が自分の楽曲の中で一番好きだと語るのは、『Gemini Rights』収録の「Static」だという。「すごく正直な曲だからね」と彼は言う。実際、この曲では恋愛の苛立ちをフィルターを通さずに吐き出している。〈女の子を探してる、もう男にはうんざりだから〉と歌うように。

「『Static』を書いたときは本当に腹が立ってて、聴き返したときに『泣きたいくらい怒ってる時の感覚に近いな』って思ったんだ」と彼は振り返る。新しい楽曲も同じレベルの率直さに突き動かされているが、「もっと」だという。「もっと感情を、生の感情を求めてるんだ。ただそれを君に直接伝えたいんだ」。

「彼はいつだってとてもオープンだったと思う」とシドは語る。「それが彼のスーパーパワーのひとつだと思う。誰が何を思おうと、自分自身でいられる能力」。

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代


レイシーの率直さの一部は、”死”との関わりから来ている。「僕はたくさんの死と共に育ってきた」と彼は言う。父親だけでなく、地元コンプトンの暴力による死も含めて。「それが人生や人との接し方に影響してると思う。人の時間を自分のものだとは思わない。ただ、その時間をできるだけ大切にしたいと思うんだ」。

レイシーがYSLのアフターパーティへ向かった後(筆者は招待されていない)、町で友人と落ち合い、地元ギャラリーが主催するパーティに顔を出した。すると、そこで偶然レイシーと再会する。彼は「公式のアフターパーティは退屈だった」と言い、このローカルで控えめな集まりをずっと楽しんでいるように見えた。パリ滞在中、彼はすでに2人の元恋人に出くわしていたという──昨秋に別れた相手と、19歳の頃の初恋人だ。しかもこの2人とは友達になっているらしい(後に彼は冗談めかして「僕が地図に刻んじゃったんだよ」なんて言っていた)。筆者ならセーヌ川に飛び込みたくなるような状況だが、レイシーは気にも留めない様子で、両者と和やかに会話を交わしていた。

深夜を過ぎると、パーティは蒸し暑いダンスフロアから歩道へと移り、タバコや得体の知れないパーティ・グッズが密やかなリズムでやり取りされていた。レイシーは筆者にハグをしてくれるが、ジャーナリストの前では羽目を外しすぎないように気をつけているのが伝わってきた。「君もこの瞬間の一部になるんだよ」と彼は言う。筆者が彼の新曲の歌詞をネタに「いまこそ全部ぶちまけるときじゃない?」と冗談を言うと、彼は未発表のフレーズを完璧な音程で歌ってみせた。その直後、誰かが肩を叩き、会話はそちらへ移っていった。

翌日、私たちは再びパリの渋滞の中にいた。今度向かうのは「Lart de Lautomobile」。それはもはやプライベート・ガレージというより、クラシック・スポーツカーのためのコンクリートの聖堂のような場所だ。オーナーはアルチュール・カラコウムシアン。ヨーロッパの最高級かつ最も希少なスポーツカーの蒐集家としてアーティストたちの間でも知られている人物だ。2人は故ヴァージル・アブローを通じての友人でもある。レイシーはAppleのイベントでアブローと出会い、その後に彼のルイ・ヴィトンでの初ショーに出演した。「こないだ悲しいことに気づいたんだ」とレイシーは思い出を語る。「ヴァージルからもらった唯一のプレゼントは、逆回転する時計だったんだよ」。

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代


完全に車好きというわけではないものの、レイシーはポルシェに特別な愛着を持っている。そして2020年にテスラを運転中、事故に遭ったことを覚えている。当時トパンガに住んでいたレイシーはカーブを走っていたが、酔った運転手が正面から突っ込んできた。「そいつが僕の車線に入ってきたんだよ」と彼は振り返る。「その瞬間、『僕たちはこの車線を分ける線にこんなにも信頼を預けてるんだな』って思った」。幸いにも怪我はなかったが、「黒い閃光が見えた」と語る。「本当に激しくて、頭の中がいろんなところに飛んでいった。事故のあと、『もしあそこで死んでたら、すべてに満足できたかな?』って自分に問いかけたんだ。そして『唯一変えたいことは、もっと率直でありたいってことだな』って思った。それが自分への唯一のメモだったんだ」。

この話を聞いて、筆者はその日彼がしてくれた別の話を思い出した。つい最近、ジェイ・Zと会ったときのことだ。イベントのバックステージで、ジェイは子どもの面倒を見ながら、周囲の人々には半分しか注意を払っていなかった。「僕にも甥っ子がいるからわかるんだ。大人との会話に退屈したら、子どもに集中するだろ? 彼もちょうどそんな感じで──子どもを見ながら座ってて、誰も彼に話しかけないんだ。だから自分がジェイ・Zと話しに行こうって思ったのさ」。

ジェイ・Zはスティーヴ・レイシーのことを知っていたのだろうか?

「いや、知らなかったと思う。だから僕は『元気? どうしてる?』って話しかけたんだ。彼は『いい感じだよ、のんびりしてる』って答えた。それで僕が『そのジャケットかっこいいね。どこの?』って聞いたら、彼は『The Rowだよ』って。僕は『マジか!』って、自分もThe Rowを着てたのを見せたんだ。しかもそのとき、ハイになってて、めちゃくちゃおしゃべりになるやつだったんだよ」。

ヒップホップ界の王者を前にハイになっていたら誰もがやりそうなこと──レイシーは冗談で場を和ませようとした。「『なあ、ニューオーリンズのスーパーボウルでリル・ウェインをブッキングしなかったのはマジでひどいよな』って言ったんだ。そしたら彼は『いや、全部揃ってたんだ。ケンドリックを外すなんてありえないだろ?』って答えた。僕は『うん、わかってる。ただからかってるだけだよ』って返したんだ」。

ここまでは順調。

勢いづいたレイシーは、ジェイのお気に入りのアルバムについても話題を出した。「『4:44』が大好きなんだって伝えたんだ。そしたら彼は『その話をしてくれて嬉しいよ』って。それで僕は『あんたマジでいいやつだな、ブラザー』って言っちゃったんだ。で、歩き去った後に『なんで僕はジェイ・Zに”いいやつだな”なんて言ったんだ?』って自分にツッコんだよ」。

これこそ、今のスティーヴ・レイシーが持つ”率直さ”そのものだ。彼の口から出る言葉は、どんなものであれ、すべて本気なのだ。

From Rolling Stone US.

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代

スティーヴ・レイシー
3rdアルバム『Oh Yeah?|オー・イェー?』
配信中
再生・購入:https://stevelacyjp.lnk.to/OhYeahalRS

国内盤:8月7日(金)世界同時発売(予定)
価格:税込3,080円(予定)歌詞・対訳・解説付き

SUMMER SONIC 2026
2026年8月14日(金)・15日(土)・16日(日)
東京会場:ZOZOマリンスタジアム & 幕張メッセ
大阪会場:万博記念公園
※スティーヴ・レイシーは8月15日(土)東京会場、16日(日)大阪会場に出演
公式サイト:https://www.summersonic.com/
チケット購入:https://www.summersonic.com/tickets/tokyo/

スティーヴ・レイシーが語る「内気な天才ミュージシャン」の新時代
画像

SUMMER SONIC EXTRA(単独公演)
2026年8月13日(木)東京・豊洲PIT
OPEN 18:00 / START 19:00
TICKET オールスタンディング¥12,000- (税込・ドリンク代別)
公演詳細:https://www.creativeman.co.jp/event/steve-lacy-ssextra/

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