そして待望の新作『Everybodys Giving Up The Cabaret』が完成。トレヴァー・ホーン門下出身、ウォーガズムからアルト・ブラック・エラ、キャストまで手がけているプロデューサー/エンジニアのチャーリー・ラッセルと構築した本作は、その人選からもわかる通り、ガレージ・パンク色が強かった1stよりも幅広いアプローチで楽しませてくれる。バンドの爆発力を維持したまま、好奇心旺盛なメンバーのアイディアを曲作りに反映。骨太ながら英米でもさらなる成功が期待できそうな佳曲揃いのアルバムに仕上がった。
今年もフジロック3日目の7月26日(日)にRED MARQUEEで朝・深夜と2回出演、その後9月28日(月)京都・磔磔、9月29日(火)東京・恵比寿リキッドルームでのワンマン公演も予定されている彼らに、2ndアルバム誕生までの舞台裏を詳しく語ってもらった。取材日当日はフロントマンであるテオ・ヒルヴォネン(ボーカル/ギター)の誕生日! パン・ヒルヴォネン(ハーモニカ)、マックス・ソメルヨキ(ギター/ボーカル)、リーヴァイ・ヤムサ(ドラム)も揃って出席し、賑やかなオンライン取材となった。
2ndアルバム誕生までの舞台裏
─新作『Everybodys Giving Up The Cabaret』はとても力強い作品で、予想を裏切ってくれるところも多くて楽しかったです。今日はこのアルバムについてたくさん訊きますが、その前にベースのラスムスが脱退することになった経緯から教えてもらえますか。
テオ:ラスムスは単に、他のことにフォーカスしたくなったんだと思う。円満脱退だったし、今も仲のいい友だちだよ。
マックス:そうだね、人生の目標を他のところに見つけたんだ。
テオ・ヒルヴォネン(ボーカル/ギター)
─新作はラスムスがやめる前から書いていた曲が多いですか?
マックス:彼は新作には参加していないんだ。大半は辞めた後に書かれたものじゃないかな。
テオ:そうだね。彼が辞めた後に書いたものが大半。辞める前に書いたものもいくつかあるけど、それも大きく内容が変わっているんだ。だからラスムス脱退前とは全然違うものになっている。
マックス・ソメルヨキ(ギター/ボーカル)
─新曲として日本で披露した曲もアルバムにはいくつか入ってますよね。その辺も新しいアレンジで取り組んだ感じ?
パン:言われてみればそうだね。去年のフジロックでは「Man Ray」をやった気がするし、「Sunday After」もやった。
テオ:そうだね。「Motor Ride」が今回のアルバムの中で多分一番古い曲じゃないかな。あれは気に入ってはいたけど、違う風に作ることができるんじゃないかと考えたんだ。それで完全に新しいアレンジのやつがアルバムに入ることになった。実は「Sunday After」が、このアルバムを作るきっかけになったんだ。どういうことかというと、僕らはその時点で、ラスムスと一緒に別のタイプのアルバムを、フィンランド北部で作っていたんだよ。まったく違う曲のセットがあって、20曲作っている最中だった。
─なるほど。
テオ:それで、アルバムが出来上がったと思っていたんだ。
─そうでしたか。新作では前作の「Just My Situation」みたいなミドルテンポの曲が多くなるのかなと思っていましたが、むしろハードなロックンロールが多くなったように感じます。今回はどんな流れで、このようにエネルギッシュなアルバムを作ることになったのでしょうか。
マックス:いつもそれがゴールなんだと思うけど、今回は特に、ライブ感を大切にしたかった。ギグでやるような感じでね。僕らのギグはすごくエネルギッシュだから。
パン・ヒルヴォネン(ハーモニカ)
─新たにチャーリー・ラッセルをプロデューサーに迎えましたが、どうやって彼と組むことになったんですか?
テオ:僕らの出版社の女性がチャーリーと引き合わせてくれたんだ。最初にチャーリーに会ったのは、「Yo-Yo Revolution」と「Murder In The Garden」を作っていた時だった。
パン:そうだよね。今君が言っていたエネルギーも、その一部はチャーリーが担っていたんじゃないかな。僕らは4人揃ってスタジオで生演奏していたんだけど、彼にいい印象を持ってもらって、僕らがエネルギッシュにプレイできるってことを証明したかったんだ。おかげでアルバムがさらにエネルギーに満ちたものになったよ。
マックス:ロンドンでアルバムを作りなおした時には、何曲レコーディングするか、大体はっきりしていたような気がする。(ロンドンで作った曲の)ほとんどがアルバムに入ったんだ。
パン:フィンランドで当初作っていたアルバムの中には、フジロックでやった曲も入っていたんだ。確か「Stop Talking Now」という曲をやった。
テオ:あともうひとつ、「Naked Harbour」という曲もフジロックでやったね。マックスも言っていたけど、ロンドンに行ってレコーディングを始めたら、どの曲がアルバムに合っているのかがはっきりしてきた。「Stop Talking Now」と「Naked Harbour」は、どうしてだかわからないけど、その時は別のアルバムに入れる方がしっくりくるような気がしたんだ。僕らは一体感のあるアルバムが欲しかったからね。それぞれいろんなタイプの曲があるけど、何かしら似た点があって、同じ世界の一部になっているようにしたかった。僕らが当初考えていたバージョンのアルバムでは、その点ちょっと分離しているような感じがあったんだ。
リーヴァイ・ヤムサ(ドラム)
─新作の中では異色だけど、フォーキーな「On The Waterfront」は美しい曲ですね。あの曲はどうやってできたの?
テオ:いい質問だね。実は、あの曲のメロディは僕がずっと前から温めていたものなんだ。あれは……ラジオ向けに書いた曲なんだよね。僕は映画音楽の作曲を学んでいた時期があって、実在するラジオ番組の音楽を作っている先生がいたんだ。それで、僕ら生徒に、その番組向けに何か曲を書けと課題を出したんだよ。
マックス:そう、確かいろんな編成で試したよね。ドラムを入れてみたりとか。でも結局どうにもうまくいかなくて。
テオ:そうだったね。もっと長い曲、もっとラウドな曲にしようともしたけど、うまくいかなかった。……そうだったね、忘れてたよ。
パン:試しにマックスが歌うアコースティック・バージョンを録ってみたんだ。僕のハーモニカも入れてみたりしてね。その時はフィンランドにいた。今年の初めの方だったかな……でも、ロンドンに行ったら、チャーリーが、「いろいろ入れなくてもこのままでいいよ」ってアドバイスしてくれた。その方がマックスの美しいボーカルが引き立つからね。
マックス:この曲の響きがいいのは、チャーリーが「僕が歌っているのと同時進行で、テオがギターを弾くのがいい」って言ってくれたからだと思う。それって、今までやってなかったことだった。この曲がいい感じになった理由のひとつだと思うよ。
テオ:そうだね。確かにそうだ。……という訳で、これはライブテイクなんだ。ボーカルをはじめ、みんな一発録りだよ。一番最後にできた曲じゃなかったかな。感極まった瞬間だったよ。全部レコーディングして、アルバムの曲が揃ったことを確信できたからね。とてもグッとくるひとときだった。
─新作を作るに当たって、こういうことはやめよう、と決めていたことはありますか?
マックス:そうだなぁ……やりすぎないことかな。今回はギター1本で練習したことが多かったから、”何をプレイすべきか”についての意識がすごく高かったんだ。ベースもそうだね。その2つが一番大きかった。
テオ:それは間違いないね。レコーディングではマックスと交替でベースを弾いていたから、どっちがどの曲でベースを弾くかを含めて、いつもよりアレンジについて深く考えるようになっていた。この手の曲には僕らのどっちのスタイルがより合うのか、とか、どっちのギターがこの部分では不可欠か、とか。マックスも言っていたけど、前作と比べて、そういう面を特に意識したアルバムだった。と言いつつ、自然の流れに委ねるところが大きかったよ。どの曲もせいぜい4テイクくらいで仕上げているしね。
それからもうひとつ……いや、ふたつあるな。ひとつ目はチャーリーがくれた素晴らしいアイデアで、さっき質問してくれた、エネルギーづくりの中でのチャーリーの役割にも繋がるんだけど……チャーリーの狙いは、全員が一気にプレイしてしまうということだった。通常はまずバッキング・トラックから始めて、それからボーカルを全曲分録って、その後ソロを全曲分録って、タンバリンを録って…という感じにレコーディングする。でもチャーリーはまずライブでバッキング・トラックを録って、その直後にボーカルを録るというアイデアだった。時には後から録ったこともあったけど、そうじゃないことが多かったね。だから1曲1曲がすごく速くできあがったんだ。すごくいいことだと思ったよ。オーバーダブまで、その曲のムードの中にいることができるからね。出来上がるまでに曲を捨てずに済むし、曲のムードも捨てずに済む。
もうひとつは、大きな部屋を使ったということ。僕ら全員がひとつの部屋にいたんだ。通常ドラムスはちょっと離れたところにいるものなんだけどね。という訳で、全員が全員をずっと見ながらプレイできたんだ。それが1stアルバムとの大きな違いだったと思うよ。
レトロの模倣をするつもりはない
─ガレージ・パンクに影響されているバンドの中には、60年代のサウンドを再現したり、レトロっぽい視点で取り組むバンドも少なくないですよね。それとは対照的に、USはドラムやギターのサウンドをモダンに仕上げている気がして、そこは1stから一貫していると思います。
テオ:うわぁ、そう言ってくれて本当に嬉しいよ! 僕らがやろうとしているのはまさにそれなんだ。60年代とかの音楽はよく聴くけど、そのパスティーシュ(模倣・寄せ集め)には絶対にしたくない。そもそも意識的に50年代や60年代の音楽を聴いている訳でもないし、僕らは単に心から好きな音楽を聴いているだけでね。それらの一部がたまたま50年代、60年代のものだってだけなんだ。
いろんなところから影響を受けているけど、特定の年代を狙って影響をもらってきている訳じゃない。それは僕らがフィンランド人であることも大きいんじゃないかな。ザ・リバティーンズを例に挙げてみるよ。彼らが初めてフィンランドに来たのは2年前のことで、2000年代初頭にはフィンランドに来ていなかったんだ。僕らにとってはジミ・ヘンドリックスと同じだったんだよ、どっちも見たことがなかったから。そういう意味では、リバティーンズもジミも同じ時代の音楽のように感じられた。
パン:あと、僕らが決してやらないこととしては……例えば「Maybe I」みたいな曲をレコーディングする前には、他のバンドの美しいスローな曲を聴かないんだ。というか、スタジオに入る前に他のアーティストの曲を聴くことは滅多にないね。代わりにいい映画を観てからスタジオに行くよ。例えばもし僕がジェイムズ・コットンのハーモニカを聴いてからスタジオ入りしたとしたら、意図的ではなかったとしても、きっと彼をコピーしてしまうだろうからね。他人の音楽を聴いてからスタジオ入りするというのは、ある意味ベストな選択ではない気がするんだ。
─よくわかります。何か新作に影響したと思われる、音楽的な新しいインプットはありましたか?
リーヴァイ:特定の音楽的インプットがあった訳じゃないけど、馴染みがあってなおかつ新しいものを作りたいという気持ちはあったね。さっき君も言っていたけど、僕らはレトロから影響を受けてはいるけど、同時にレトロな音にはしたくないと考えているから。その意識があったのと、あとはプロデューサーのチャーリーがプロダクション面でもたらしてくれたヴィジョンが大きかった。彼はひとりの人間としても、アルバムに大きな影響を与えてくれたんだ。(メンバーに向かって)みんなどう思う?
テオ:マックス、僕らのギターって前回のアルバムより多かったっけ? なんか、今回はそんなにサウンドの種類が多くなかったような気がするんだけど。
マックス:そうだね。でもだからと言って、それが誰かからの影響だったとは思えないなぁ。制作陣にはチャーリーと、もうひとり彼と組んでいるベン・マークという人がいて、彼らの影響はかなり大きかった気がするよ。ベンは僕らが聴いたことがなかったいろんなバンドと仕事をしたことがあったから、もしかしたらその影響は何らかの形であったかも。
テオ:ああ、それは間違いないな。ベンに出会ったのも、僕らが「Yo-Yo Revolution」を書いていた頃だった。曲を聴かせると、いつも他のバンドを引き合いに出してくるんだ。「あぁ、これはこのバンドっぽいね。君たち聴いたことあるでしょ?」みたいに。だけど、僕らはどのバンドも知らなかった(笑)。彼がそういう話をしている時の僕らは、まるで音楽について無知なやつらみたいな感じだったよ。でも彼から教えてもらったどのバンドも素晴らしかったから、影響は間違いなくあるだろうね。
あとパンも言っていたけど、映画の影響もすごく大きかった。スタジオ作業が終わると、毎晩のようにオーソン・ウェルズの映画を観ていたんだ。思うに、それがアルバムのムードに強い影響を与えたんじゃないかな。ジャケットもフィルム・ノワールみたいな感じだしね。
─まさにそれを訊こうと思っていました。オーソン・ウェルズやマン・レイのどんなところに魅力を感じたんでしょう?
テオ:マン・レイの場合はすごくいい偶然があってね。僕が曲と歌詞をそれぞれ部分的に書いていた頃だった。彼の作品を見る機会があって、そのおかげで完成したんだ。曲の中に彼の名前を入れるのも理に適っている気がした。パーフェクトなタイミングで彼の作品に出会ったんだと思う。あの時どうして彼の作品を見ることになったのかは定かでないけど。そう言えば数週間前、ロンドンのテート・モダン美術館でマックスと一緒に彼の有名な作品を見たよ。そこにあるって知らなかったんだけどね。オーソン・ウェルズはどうやって好きになったのかわからないけど……。
パン:その頃、何かいい映画を何本か観たんだよ。それから、西部劇も観たかも。それでアコースティックな音楽にもインスパイアされたんじゃなかったかな。
マックス:そうだ、ボブ・ディランの!
テオ:サム・ペキンパーが監督した『Pat Garrett & Billy The Kid(ビリー・ザ・キッド/21才の生涯)』のサントラだね。あれを聴いた後で「It Is Gone」をジャムり始めたような気がする。あれはもともと完全にアコースティックな曲で、カントリー・フォーク・ソングみたいな感じだったんだ。それが変わって今のアレンジになった訳だけど、そのアイデアをくれたのが、実は僕らの父親だった。父がカントリー・バージョンを聴いて、「これはパンク・ソングとしてプレイすべきだ」と言ったんだ。それでトライしてみたら、突如としていい感じになり始めた。
そう言えば去年東京で「It Is Gone」のアコースティック・バージョンをやったから、憶えている人もいるかもしれないね。東京での最後のショウで、アコースティック・ギター2本を使ってやった。新しい方のバージョンは、確かスタジオに入る直前にできたと思う。という訳で、オーソン・ウェルズの前にはそういうことがあったんだ。
─今『Pat Garrett & Billy The Kid』の話が出ましたけど、その映画でボブ・ディランが俳優として演技をしてますよね。彼の演技を見た率直な感想を聞かせてください。
マックス:彼は俳優として素晴らしいと思うよ!(にっこり)
テオ:ディランがナイフを投げるよね。そのシーンが素晴らしいんだ。
パン:印象深いキャラだよね。
─はい(笑)。ところで、『Everybodys Giving Up The Cabaret』というタイトルの由来は?
テオ:実はロンドンでレコーディングしたけどアルバムに入らなかった曲がひとつあるんだ。それが「Everybodys Giving Up The Cabaret」だった。おかしなものでね。そんな訳で、タイトルは既にあったんだ。いろんなことを意味していると思う。フィンランドにロックンロール・バンド(Rock N Roll Band)って名前のバンドがいてさ。
─ええ、ライブでもロックンロール・バンドの曲をカバーしてましたね。
テオ:彼らのアルバムに『Everybody Needs Dance Music Sometimes』というのがあってね。ロックンロール・バンドはUSに大きな影響を与えているから、彼らの方向性に対するオマージュの意味合いがある。もうひとつこのタイトルがふさわしいと思ったのは、時々USというバンドがキャバレー・ショウや、カーニバルみたいだなって思うことがあるからなんだ。
あと、このアルバムを作っている間にいろんな変化があって……それは私生活での変化だったり、ラスムスが脱退したことによっての変化だったり。さらには僕らが世の中の変化を見ているというのもある。人々が倫理観や信条をなげうっていたりすることに対してね。それで、『Everybodys Giving Up The Cabaret』(みんなキャバレーを諦めようとしている)というタイトルが、そういう状態を総括しているような気がしたんだ。それに、アルバムの中で触れているテーマも、このタイトルが総括している気がするよ。
─ジャケットの写真もすごくいいですね。これはどうやって決めたんですか。
テオ:ありがとう! 実はこのアルバムを作っている間にショートフィルムを作ったんだ。全編をスーパー8mmカメラで撮ってね。一部は去年、日本でも撮ったよ。まだ世に出していないんだけどね。USについてでもあり、そうでなくもあるような内容なんだ。10分間のショートフィルム。アルバムのデザインに取り組んでいた時、フィンランド人の素晴らしいグラフィックデザイナーと話をしていて、そのショートフィルムの話になった。彼がすごく興味を持ってくれて、一部でもいいから見せてくれと言ってきたんだ。そこからのスナップショットがこのジャケットで、パンとマックスが歌っているところだよ。
─アルバムのクレジットにある『Aspera Ad Astra』が、そのショートフィルムのタイトル?
テオ:うん、そう。
マックス:映画が日本で上映されたら最高だよね。
テオ:そうだね! そうなったらすごく嬉しいし、すごくスペシャルなことになると思う。
Photo by Ruby Flashman
─新作はイギリスやアメリカでの成功も視野に入れたアルバムなのかなと感じました。今後より多くのセールスを生むためには、どんなことが必要だと思う?
マックス:今の曲がそれにぴったりだと思うから、今すべきことは、もっとたくさんの人に観てもらうことだね。
テオ:そうだね。僕らがやるライブ・ショウをすべてパーフェクトにすること。そのためにも今まで以上に力を入れているよ。こんなにプレイしていたことは今までなかったと思うしね。すべてうまくいくように努力しているんだ。
パン:去年のフジロックが僕らに大きな影響を与えていると思うね。その前にもフジロックではやったけど、去年初めてGREEN STAGEでやったから。あの時の経験にとにかく圧倒されて、それ以降は特に、新しいショウに対してハングリーになった。9月にもツアーができるから楽しみだよ。もちろんフジロックも楽しみだね。その後イギリスに行けるのもすごく楽しみだし、まだ行ったことがないイタリアにも行けるんだ。
テオ:去年のフジロックでの経験から、次のアルバムは大きなステージから聞こえてくるような感じのものにしたいと思うようになったんだ。地下室のクラブの汗まみれなサウンドと、デカいステージから来る感じのサウンドを融合させたいと思ってね。
パン:「Yo-Yo Revolution」のデモを初めてみんなで聴いた時、僕は東京のどこかのナイト・クラブを思い浮かべていたよ。
─確かに「Yo-Yo Revolution」は、クラブの密な感じと、大きな音空間の広がりの両方を感じさせる曲ですよね。融合がうまくいったのではないでしょうか。
一同:(口々に)ありがとう!
ミッシェルへの敬意、3度目のフジロックと単独公演
─日本盤にボーナス・トラックとして収められたTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのカバー「Baby, please go home」が話題です。今回取り上げた曲以外にもいろいろ聴いたと思うけど、彼らのどんなところに惹かれた?
テオ:まず、僕らにとってTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTの何がすごいって、初めて聴いたときからすごく馴染みがあったんだ。まるで生まれてこの方ずっと聴いているような気がした。その理由がわかったのがほんの1年前の話なんだけど、フィンランドのレーベルの人がこんなことを言っていたんだ。2000年代初頭のフィンランドのロックバンド、つまり僕らが聴いて育ってきて、今も聴いているようなバンドは、みんなTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTに大きく影響を受けているんだって。だから、自分たちが気づくよりもうんと前からTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのサウンドに影響を受けていたんだ。他のバンドのサウンドを通じて彼らのサウンドを聴いていたんだね。それを知って随分驚いたよ。その流れの中で、「Baby, please go home」もすごく僕らには親しみが持てた。僕らはドクター・フィールグッドの大ファンでもあるんだけど、彼らを彷彿させるものもあった。あの曲はすぐに好きになったよ。
パン:「Baby, please go home」は、アルバムの他の曲とは違って、ヘルシンキでレコーディングしたんだ。ロンドンに行く直前にね。この曲のレコーディングをしたことが、僕らにとっては大きな自信になった気がするよ。
テオ:そうだね。この曲が、アルバムの他の曲のエネルギーをとらえるのにすごく役立ったんだ。初めて全員で、お互いすごく近いところにいながらプレイした曲だったからね。そのエネルギーを数テイクでとらえたところで、「よし、こんな感じで残りの曲もやっていこう」と決めたんだ。スタジオは違ったけど、臨み方が同じだった。ちなみにこの曲ではマックスがベースを弾いていて……。
マックス:そう。
テオ:レコーディングで君がベースを弾いたのは、この曲が初めてだったよね?
マックス:そう、初めてだったよ。(にっこり)
─さて、先ほど9月の単独公演の話が出ましたが、東京はリキッドルームで前回よりも大きい会場ですし、初の京都公演もありますね。どんな内容のライブにしたい?
テオ:もう、とにかくツアー全体がすごく楽しみだよ! すごくユニークなショウになるって、みんなを代表して言っていいと思う。今まで見せたものとは全然違うものになる。US史上最高のショウになるよ。9月に日本に行くちょっと前に、ヘルシンキでアルバム・リリース記念のショウをやるんだ。日本に行く前の絶好のドレスリハーサル(ゲネプロ)になるよ(笑)。それから京都の会場(磔磔)もすごいよね。ドクター・フィールグッドのウィルコ・ジョンソンが同じところでプレイしたって、つい最近知ったんだ。THEE MICHELLE GUN ELEPHANTもそこでやったらしい。そこでプレイしたことのある、僕らのヒーロー的な存在のバンドの名前が次々に出てくる。すごいことだよね。
─そして今年もフジロックに出演しますが、ここではどんなショウを見せてくれますか?
マックス:新曲をプレイするのを全員楽しみにしているんだ。それもあるから、今年はかなり違うものになるんじゃないかな。
テオ:そうだね。やっと日本のファンの前で新曲をプレイできるからワクワクしているよ。
パン:去年はGREEN STAGEで結構早い時間に出たし、RED MARQUEEでやったときもお昼とか午後2時とかそのくらいだった。それが今回はRED MARQUEEで朝からと、午後11時だからね。さらにエネルギーをもらえるよ!
テオ:夜は僕らにとってはベストな時間帯なんだ。僕らの好きなイギリスのバンドもみんな夜出るから、それもあって、USは夜型のバンドになったんじゃないかな。それをフジロックでやれるのが嬉しいよ。
マックス:フィンランドでもトリで、午前1時とかにプレイすることがあるんだ。
USの2025年フジロック① 7月25日・GREEN STAGE(Photo by Masanori Naruse)
USの2025年フジロック② 7月25日・GAN-BAN SQUARE(Photo by Ruriko Inagaki)
USの2025年フジロック③ 7月26日・苗場食堂(Photo by Taio Konishi)
─日本のファンはリーヴァイのMCも期待していると思うので、よろしくお願いします。
リーヴァイ:そうだね、話すつもりだよ。今じゃ僕がショウの後で何か言うっていうのが定番みたいになっているから(笑)。やっぱり何か言わなくちゃね。それに、日本語で話す練習にもなるからいいことだよ。
─普段はどうやって日本語の勉強をしているんですか。
リーヴァイ:(日本語)まあ大体、なんか、独学で。自分で。
─独学?! それはすごい。発音も素晴らしいですよ。
リーヴァイ:(日本語)いや、そうでもないです(笑)。まだ学んでいる最中です。
─ところで、前にインタビューした時に、ザ・ハイマーツが好きだと言っていたじゃないですか。
テオ:そうそう、僕ら大好きだよ!
─ボーカルのSuzuさんに伝えたら、とても喜んでいました。なんでも、USと一緒に北欧ツアーをやれたらと考えたこともあったとかで。
テオ:伝えてくれたんだね、ありがとう! 喜んでもらえたなんて嬉しいよ。いつでもぜひフィンランドに来てよ!
パン:フィンランドに来る日本のバンドは、みんなすごくリスペクトされているし、愛されているよ。
テオ:ハイマーツはフィンランドですごくウケるんじゃないかな。共演が実現したら素晴らしいよ。
パン:ひと頃ハイマーツを聴きまくっていたよね。彼女たちが素晴らしいロックンロールのカバーをやっていた記憶がある。
テオ:「Tallahassee Lassie」だよ。本当に素晴らしいカバーなんだ。それはフィンランドの偉大なロックバンド、ハリゲインズ(Hurriganes)もカバーしている曲でね。もしかしたらそれがきっかけでハイマーツを知ったのかもしれない。すごく優れたカバーだよ。だからそういう話が出てきて、すごく嬉しい。ぜひフィンランドに来てくれって、彼女たちに伝えてほしいな。
US
『Everybodys Giving Up The Cabaret | エヴリバディズ・ギヴィングアップ・ザ・キャバレー』
発売中
再生・購入:https://SonyMusicJapan.lnk.to/Us_EVERYBODYSGIVINGUPTHECABARETRS
FUJI ROCK FESTIVAL '26
2026年7月24日(金)~26日(日)新潟・苗場スキー場
※7月26日(日)RED MARQUEE 朝(11:30~)・深夜(23:00~)2回出演
公式サイト:https://fujirockfestival.com/
US JAPAN TOUR 2026
2026年9月28日(月)京都・磔磔
2026年9月29日(火)東京・恵比寿リキッドルーム
公演詳細:https://smash-jpn.com/live/?id=4684


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