親権を持つ父親が、娘を引き渡さなかった元妻とその代理人弁護士に賠償を求めた訴訟の控訴審で、東京高裁は7月30日、引き渡し拒否を違法と認め、弁護士も法的リスクを適切に説明しなかったとして、2人に計5万5000円の支払いを命じた。
“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、「実子「連れ去り」巡る弁護士説明責任訴訟判決」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。
依頼人を懸命に諭した弁護士をなぜ「加害者」として裁くのか
今回取り上げるのは、弁護士の賠償責任をあまりに安易に認めた高裁判決だ。ある夫婦が、一人娘をもうけたものの、結婚から3年で離婚した。娘の親権者は父と定められたが、実際には父母が交替で娘を監護していた。離婚時には、親権者とは別に監護権者を決めることもできる。本件も、事実上の「共同監護」で合意していたと言っていい。だとすれば、母が娘を手元に置くこと自体は、責められる話ではない。
その母が娘を監護していたときのことである。母は、娘の額にアザがあるとして、父の監護を案じて警察に通報した。ほどなく父から引き渡しを求められたが、母はすぐには応じず、実際に引き渡すまで4日を要した。この母には、弁護士がついていた。
そこで父は、母とその弁護士を相手取り、娘の監護権を4日間侵害されたとして慰謝料を請求する。東京高裁は、母への請求だけでなく、弁護士への請求まで認めた。母の責任を認めた点にも議論はあろうが、ここで問題にしたいのは後者──弁護士の責任のほうだ。
「娘を引き渡さないことは違法なのか。父の行為は虐待で、これは保護だと思う」
対して弁護士は、「まず警察に相談できないか」「もう少し落ち着いてからのほうがいい」「児童相談所に話しておくのも手だ」などと返し、拒絶が違法かどうかは明言しなかった。その後も、違法と評価されうるかの法的説明はしていない。
東京高裁は、母が娘を引き渡さなかったのは弁護士がこの説明をしなかったからだと認定。ゆえに説明を怠ったことは父への不法行為だとして、弁護士への慰謝料請求まで認めたのである。
だが、この認定自体があまりに雑ではないか。説明さえあれば母は娘を引き渡したはず──そう簡単に決めつけるが、弁護士が何を言おうと拒絶し続ける当事者を、俺は何人も見てきた。現場を知る者には、この因果の断定はあまりにも乱暴だ。
しかも、説明を怠ったことが、なぜ父への不法行為になるのか、判決はその法的根拠を何一つ示さない。依頼者でもない父に対し、なぜ相手方の弁護士が責任を負うのか。肝心のその一点が、すっぽりと抜け落ちているのだ。
「裁判官ガチャ」は高裁にまで広がっている
結局、娘は4日後に父へ引き渡された。その間、母の弁護士は引き渡しを促し、母を説得し続けている。判決もそれを認定しているのだ。半年、時に数年かかる例も珍しくないこの種の紛争が、わずか4日間で収まった。むしろ弁護士が母を説得した成果だろう。事案の全体を見ず、一つの問いに答えなかった一点だけをとらえて不法行為と断じる──まさに「木を見て森を見ず」と言っていい判決だ。原審の東京地裁は父の請求を棄却していた。こういう高裁判決を見ると、「裁判官ガチャ」は高裁にまで広がっていると思わざるを得ない(裁判長は市原義孝判事)。
<文/岡口基一>
―[その判決に異議あり!]―
【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。
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