―[東大卒作家・布施川天馬の教育キャリア通信]―

「夏は受験の天王山」と言われます。
 私もかつては8時間から10時間ほど勉強したものでしたが、夏休み期間中にもかかわらず、あれほどまでに集中できたのは「夏を有効活用しなければ落ちる」と刷り込まれていたからでしょう。
これも、どうやら大学受験だけの話ではないようで……。

 進学塾「ena」では「小6・中3夏期必勝合宿」を称した宿泊を伴う講習が行われました。

 2026年度は「10泊11日・22泊23日・34泊35日」の3コースに分かれており、最長だと1か月以上も家に帰らないことになります。最長日程の場合、合宿費用は80万円を下らないのだとか。もはやちょっとした留学レベルです。

 勉強で結果を出すならば、習慣づけるのが一番ですし、友人と切磋琢磨するのも効果的。この合宿は、間違いなく子どもたちの経験となるでしょう。ただ、この合宿が仕掛けられた思惑は、恐らくこれだけではありません。

「中学受験熱は年々高まっているが、それ以上にコスパも悪くなっている」

 と語るのは、株式会社JSK代表・受験評論家の「じゅそうけん」こと伊藤滉一郎氏。

 なぜコスパが悪くなっているのか。にもかかわらず、「中受熱」が一向にひかないのか。子どもたち以外の事情について迫ります。


中学受験「34泊35日」勉強合宿が“80万円”でも人気の理由...の画像はこちら >>

コスパ最悪でも人々が群がるワケ

ーーどうして「中受熱」は高まり続けているのでしょうか?

伊藤:「早期教育」のメリットが大きいからでしょう。東京大学をはじめ、早稲田、慶應など有名難関大学への進学を狙うならば、早いうちから準備するに越したことはありません。有名中高一貫校へ進学するのが、一番「固い」のです。

ーーですが、非常にコスパが悪いと聞きました。

伊藤:間違いなく、中受のコスパは過去最悪です。

 子ども一人あたりにかける教育費用は過去30年間を見渡してもずっと上がり続けていて、「少子化」と騒がれているのに、教育産業は成長し続ける矛盾を孕んでいる。

 一人あたりにかけられる金額が上がっていると見るのが妥当でしょう。ですが、「中受親」たちはその程度のコスパなんて気にしません。

中受は「小金持ちの戦争」

ーーお金持ち、ということでしょうか?

伊藤:確かにお金持ちですが、地主などの「大金持ち」ではないラインがボリュームゾーンです。

 具体的に出すなら、都内在住・アラフォーあたりで年収1200~1500万くらいの家庭ですね。

 教育費は手取りの2割くらいだと無理がないと言われますから、これくらいあれば年間200万ちょっとをギリギリ教育投資に回せます。

『中受の小6は出費がかさむ』のは受験界の常識。その前提で貯金する家庭も多いでしょうし、今回の合宿費用もちょっと頑張れば出せる範囲でしょう。

ーーなるほど、最近は受験期を通して400万や500万積むのも当たり前と聞きますから、それくらいは余裕がないと厳しいんですね。


伊藤:そうです。これより少なくても行けると思いますが、大手進学塾で講習を取りまくる……みたいな受験スタイルは厳しいでしょう。正直、「切り詰めながら受験」みたいな方針はお勧めしません。

ーーですが、早期教育に乗り出すメリットの方が大きいのではないでしょうか?

伊藤:もちろん、中学受験で勉強習慣がつくとか、環境のいい中高へ通えるとか、そういった利点はあります。コスパ度外視で、幼少期から自分から机に向かう習慣をつけてもらいたいなら、いいかもしれません。

 ですが、単純に学歴だけを見た場合、現代の「中受層の最終学歴」の中央値は、恐らくMARCHにギリギリ届くか届かないか、といったところになるとにらんでいます。

中受親にとって「MARCHは期待外れ」

ーー別に悪い大学群ではないような。むしろ著名な先生方もいて、キャンパスもきれいですし、知名度もあるいい学校では?と感じますが……。

伊藤:そうですよね。MARCHは世間的にみても「かなりいい大学」のはずなんです。しかし、中受親の方々にこれを告げると「えっ?」と驚かれます。

 さすがに言葉には出されませんが、「ここまで苦労して金をつぎ込んで、たかだかその程度の大学にしか行けないの?」と言いたげな表情で。

ーー「その程度」ですか……。


伊藤:中受親は、恐らく大多数が高学歴だと推察されます。40前後で1500万も稼げるんですから、それはもちろん社会の第一線でバリバリ活躍するエリートでしょう。

 自分も旧帝や早慶などを出ているし、周りも大体がそう。もしかすれば、彼らの周囲で一番学歴が低いのが「MARCH」なのかもしれません。

 そんな方からすれば、「お子さんに年間200~300万つぎこみつづけて、一緒に受験を伴走して、苦労を数年がかりで分かち合って、ようやくたどり着くところが、あなたのまわりの最低ラインですよ」と言われたに等しいわけです。

 それは、「えっ?」と言いたくなるのではないでしょうか。

視野が狭まった親たち

ーーそんなこと、それこそ頭のいい親御さんならわかっていそうですが。

伊藤:親御さんの頭がよくて、勉強向きな体質をしていた場合には、「自分ができたから、わが子もできるはず」なんて思ってしまうケースがありそうです。ただ、親御さんとお子さんは違う性質を持っていてもおかしくないんですね。

 例えば、地方からエリート街道へ乗り込んできたタイプだと、「能力があれば足りる」なんて考える方もいらっしゃいます。

 親御さんは「地方から東京でのし上がってやる」とハングリー精神をもって勉強されている場合が多いんですね。

 しかし、子どものスタート地点は「都会の一等地に生まれた、それなりに裕福な家庭の恵まれた子」なわけです。そこから這い上がろうとするファイティングスピリッツを持てと言われても、無理ですよ。
環境が違うんですから。

ーーメタ認知が足りていない?

伊藤:そういったケースも多分にあるでしょうね。傍から見ていると明らかに子どもが向いていないのに「この子はできるはず!」と願いをかけて塾に追い立てる親御さんも、一定数みてきました。

 可能性は未知数ですし、実際にやってみないと分かりませんが、親であるが故のバイアスがかかっているのでは?と疑いたくなる場面もあります。

 そういった方に限って、「この子は、○年○月の○○模試では、社会で偏差値60を取ったんです!」みたいなことをおっしゃる。

 成功の記録を取っておくべきとしても、かつての上振れにしがみついているようにしか見えません。

 こちらとしても「ちょっとその瞬間的な数値では……」と言いますが、本人が「これでいける!」と譲らないなら、もう好きにしてくださいというしかない。そうした親子のミスマッチが、この状況を生んでいるのかもしれませんね……。

34泊35日合宿は「勉強特化の託児所」

 裕福な家庭だからこそ、金がかかるのは問題ない。でも、数百万を惜しまず笑って捨てられるほどリッチでもない。だから、子どもの受験に「結果」を求めてしまう。

「数百万もかけたのだから、早慶くらいは当たり前。
あわよくば東大……」

 口には出しませんが、きっと誰もが考えていることでしょう。ですが、40代で1000万越えの年収を稼ぐ親たちは、子どもに二人三脚でマネジメントしてやる暇はないはず。

 きっと、enaの34泊35日合宿は、そうした親たちのニーズをすべて拾い切るものだったのでしょう。つまり、勉強特化の託児所です。

 夏休みで時間と体力を持て余した子どもの面倒を見なくていいのみならず、塾が管理して勉強一直線に導いてくれる。

 結果として、勉強が習慣化されるかもしれませんし、合宿の成果で模試の結果が急上昇すれば儲けもの。そんな思惑があるようにしか、私には思えません。

 それならば、個人的には留学や旅行でもした方が、よほど“勉強”になる気がしてならない。とはいえ、中受親たちは旅行とena合宿なら、後者を取るのでしょう。旅の経験は、ペーパーテストで問われないから。

 自らの学歴に囚われた結果、子どもにも同じ結果を求めてしまい、個々の性質に向き合わず、画一的な受験教育をもって「教化を施した」と言う。

「個性を尊重しよう!」と唱えられる時代ですが、エリートたちのホンネは真逆なのかもしれません。


<取材・文/布施川天馬>

―[東大卒作家・布施川天馬の教育キャリア通信]―

【布施川天馬】
著述家、教育ライター。 教育メディア「未来図」副編集長。一般財団法人「ドラゴン桜財団」評議員。 1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を編み出し、一浪の末東大合格を果たす。著書に最小コストで結果を出すノウハウを体系化した『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』など。株式会社カルペ・ディエムにて、お金と時間をかけない「省エネスタイルの勉強法」などを伝える。MENSA会員。(Xアカウント:@Temma_Fusegawa)
編集部おすすめ