馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はアグネスワールドが勝った1997年の函館3歳S(現在は函館2歳S)を取り上げる。

武豊騎手=栗東・フリー=はこれで史上2人目(当時)のJRA重賞全10場完全制覇。のちにコンビで海外G1を2勝する快速馬とつかんだ初タイトルで決めた。

 最後まで待たされた函館のファンが幾重にも取り囲んだウイナーズサークル。「ユタカさーん、おめでとう!」。場内からわき上がる無数の黄色い声の真ん中に、とびっきりの笑みを浮かべた武豊がいた。「函館競馬は今年はこれで最後。決めることができてうれしいですね」。1996年に安田富男(元騎手)が28年4か月かけて作ったJRA全10場重賞制覇の偉業をたった10年4か月で達成した天才が大きな声でファンにこたえてみせた。

 マイネルブリッジに騎乗した福島の七夕賞(7月5日)を勝ってリーチ。そして、わずか3週後。アグネスワールドとのコンビであっさり決めた。抜群のスタートを決めると、道中は逃げるサラトガビューティを2番手でマーク。

しびれるような手ごたえの4コーナーでユタカは勝利を確信した。「あとはあわてず、仕掛けのタイミングだけを間違わないことだけ」と満を持して、残り200メートルで送ったGOサイン。軽い肩ムチ1発が外国産馬のエンジンを全開させた。

 逃げ粘るサラトガビューティに並び、一気に突き放す。後続を7馬身離したマッチレースを余力十分にねじ伏せ、1馬身3/4差。しかも、1分9秒8のレコードタイム。「2回目の競馬で何もかもがスムーズでした。肩ムチだけでレコード。大変な馬ですよ」とG1ホースの兄ヒシアケボノを上回るスケールの大きさを感じ取り、興奮気味に振り返った。

 全10場重賞制覇だけではない。これで河内に並ぶ重賞騎乗機会5連勝を達成。自身が前年の96年に記録した年間最多の重賞15勝にも早々と並び、史上最速となる年間100勝達成にも「あと1」まで迫った。

「きょう決めたかったけど、これは小倉でね」と笑顔。記録ラッシュはまだまだ終わりそうにない。

 がっちり握手を交わした森調教師も満足そうな表情で振り返る。「強かったね。競馬が上手だし、距離が延びても大丈夫。(この後は)千歳市の社台ファームに放牧に出し、新潟3歳S、京成杯3歳S、デ杯3歳Sのどれかをステップにして朝日杯3歳Sを目指す」と今後の予定を披露。しかし、その後に骨折が判明し、ぶっつけで臨んだ朝日杯3歳Sはグラスワンダーの4着と初の敗戦を喫した。

 輝きを取り戻したのは古馬になってから。1999年の北九州短距離Sを1分6秒5のJRAレコードで圧勝し、同年夏の仏アベイユドロンシャン賞勝利へつなげた。翌年には英ジュライCも制覇。海外のG1を2勝した日本の馬は当時、初めてだった。

 2000年の引退後は社台SSで種牡馬入りし、極上のスピードを受け継ぐ産駒の誕生が期待されていたが、受胎率の低さなどもあり、なかなか大物は出現せず。

2009年に繁殖を引退。その後は北海道池田町の新田牧場で余生を送っていたが、2012年8月20日に天国へと旅立った。

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