◆北海道マラソン(30日、大通西4丁目・札幌駅前通発着=42・195キロ)

 男子は、中大出身の湯浅仁(25)=トヨタ自動車=が2時間10分46秒で優勝を飾った。丹所健(25)=ホンダ=が2時間10分55秒で2位、荒生実慧(あらお・まさと、26)=NDソフト=が2時間10分59秒で3位に続いた。

上位3人が2時間12分以内の条件をクリアしてMGCの出場権を獲得した。

 マラソン2戦目のプロランナー吉田響(24)=サンベルクス=は30キロ過ぎに先頭集団を飛び出し、一時は独走したが、37・6キロで湯浅らに追いつかれ、その後、失速。2時間13分16秒の9位に終わり、初マラソンの大阪に続いて35キロ以降に苦しみ、MGC出場権を獲得できなかった。

 吉田響はゴール後、大阪マラソンと同じく救護エリアに直行。ただ、大事には至らず、その後、体調は回復し、歩いてホテルに戻った。

 スポーツ報知の単独取材に応じた吉田響は「まだまだ力不足です」と率直に話した。

 レース展開についても落ち着いた表情で振り返った。 「20キロくらいから、きついと感じていました。(30キロ過ぎに)ペースを切り替えて集団を飛び出した直後は体が動いていましたが、32キロくらいで、きつくなってしまいました。(約37・6キロで)湯浅選手、丹所選手、荒生選手に追いつかれた時、何とかついて行こう、と思いましたが、体が動きませんでした」

 吉田響は今年2月に大阪で初マラソンに挑戦。7・8キロでペースメーカーを置き去りにして独走すると、中間点を1時間1分54秒、30キロを1時間28分7秒で通過した。30キロの日本記録は松宮隆行が2005年にマークした1時間28分0秒。

マラソンの通過ながら、30キロの日本記録と同等のタイムで走破した。35キロ以降に失速し、2時間9分35秒で34位に終わったが、積極果敢な走りと顔を含めて全身に貼り付けたテープなどで成績以上のインパクトを残した。

 2度目のマラソンでは、30キロまで自重して集団でレースを進め、30キロ以降に一気に勝負を決めるレースプランを立てた。実際、その通りに実行したが、大阪マラソンと同じく35キロ以降に失速した。

 結果的に、初マラソン、2回目のマラソンで失敗が続いたが、吉田響は自身の持ち味、自分らしさを捨てるつもりはない。

 「次、3度目のマラソンは、まだ、どの大会に出場するか、決まっていませんが、ブレずに走り続けます」ときっぱり話した。

 吉田響は超個性的なランナー。東海大1年時に箱根駅伝5区2位と好走。その後、創価大3年に編入学し、4年時は箱根駅伝2区で日本人最高タイムで走破した。25年春に卒業後、プロランナーに転向し、サンベルクスとプロ契約。「28年ロス五輪マラソンで活躍したい」という大きな目標を掲げる。現状、MGCの出場権を持たないが、ブレることなく、積極果敢にロスを目指す。

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