熱狂的ベイスターズファンでも知られるライター・村瀬秀信さん(51)の著書「後ろ姿のない男 高田繁と日本野球の70年」(文藝春秋刊・税込み2200円)がこのほど発刊された。伝説の巨人V9戦士であり、現役引退後は巨人2軍監督、日本ハムとヤクルト監督、日本ハムとDeNAのGMを務めた高田繁さん(81)の70年にわたる野球人生と、「チーム作り」の秘密に迫る一冊だ。

312ページに込めた思いを村瀬さんに聞いた。(編集委員・加藤 弘士)

■「これから話すことは、俺の終活や」

 「村瀬節」とも言うべき、軽妙洒脱でサービス精神旺盛な文体が売りの書き手である。そして熱心な村瀬フリークは知っている。読者を楽しませてナンボと振り切った表層の奥には、取材対象への強い気持ち、強い愛があることを。とはいえ、最初は耳を疑った。あの高田さんが、他の誰でもない村瀬さんに「終活」を託して、これまで話してこなかった自身の野球人生を赤裸々に明かしたというのだから。

 「もう、身に余る光栄ですよ。でも難しい。初めはね、緊張しましたよ。それこそ『これから話すことは、俺の終活や』と言われたときにはね。正直、僕なんかベイスターズGM時代のことしか知らないし、取材だって最初は相手にしてもらえなかったんですから。最初は、そんな俺がやっていいのか、もっとやれる人がいるんじゃないかというのがありました。

でも途中から『絶対に俺がやんなきゃいけない』って使命感に変わっていったんです」

 新聞や雑誌のインタビューはたまにあるものの、これまで高田さんのオーラルヒストリーは出版されていなかった。元報知新聞記者の山下重定さんが1978年に刊行した書籍「クールガイ 高田繁」(恒文社)でさえ、ほとんどが関係者による周辺取材を経て書かれた一冊だった。

 「ほぼ出ていないんですよ、高田さんの語りが。知らないから、まずは調べることしかできない。かなり準備はしましたね。浪商、明大、巨人の現役時代、引退後の巨人2軍監督、日本ハム監督、ヤクルト監督、日本ハムとDeNAのGM…歩んできた70年の道のりが莫大(ばくだい)すぎて、正直、僕の脳の容量がキャパオーバーしちゃったんですよ。だから入稿した翌日に40度の熱が出ました。で、ゲラが上がってきて、初稿戻しを終えたらまた40度の熱が出た。再校を戻す時もまた40度だったんですよ。そんな熱、普段出ない。知恵熱ですよ。捉えきれない、もう」

■巨人へ怨嗟の炎…ふざけんなって

 高田さんがアマチュア野球の名門である浪商や明大での生存競争に打ち勝ち、川上哲治監督率いる巨人に入団後も激しいサバイバルからスター選手に躍り出ていく過程を、村瀬さんは鮮やかな筆致で描いていく。

そんな地の文と、高田さんの肉声が聞こえてくるような「一人語り」のパートがうまく絡み合い、唯一無二の野球人生が浮かび上がっていく。

 「俺、巨人嫌いだったんですよ。『4522敗の記憶』でも書きましたけど、大洋ファンだった子どもの頃から、巨人ファンにバカにされ続けて。小学校の卒業アルバムに『今年も大洋は最下位だな。巨人が今年も優勝だ』って書かれて、今でもそれを見返しては怨嗟(えんさ)の炎を燃やしていたわけですよ。ふざけんなって。だからDeNAのGMに高田さんが就いて、中畑清さんが監督、吉田孝司さんがスカウト部長になった時には『横浜DeNAは小さな巨人です』って言ったりしてね…」

 「でも中畑さんが本当に体を張って、盛り上げて。最初のシーズンが終わった後、中畑さんにインタビューした時、言ったんですよ。『これまで僕は、巨人の中畑清が大嫌いでした。その中畑清が横浜の監督になるなんて、僕は大反対でした。でも今は1年間見て、本当に感謝してます。ありがとうございました』と。

そしたら、中畑さんが泣くのよ。『ありがとう』って。俺も泣いちゃって。清さんにインタビューするたび、俺4、5回泣かされてるんですよ」

 「でも高田さんの話を聞いて、『やっぱ巨人すげえわ』と思いました。村田修一さんもラミレスさんも、巨人を経験した選手に話を聞くと、勝ちに対する執念が全然違うって話してくれたんです。それは今もある。スクイズでも内野ゴロでも、何でもいいから1点を上回って、勝ちきるのが巨人。ああ、これが高田繁のやろうとしていた野球なんだって」

■体重30キロ減…「『高田繁ダイエット』ですよ」

 読者は読み進めていくうちに、気づいていく。本書は高田繁という野球人が歩んできた足跡をたどる一冊であると同時に、70年間の日本野球の変革を描いたものでもあると。

 「高田さんの野球人生だけじゃなくて、日本野球がどう変わってきて、どんな問題点があって、何をクリアしてきたとか、書いているうちに見えてきたというのはあります。さらに『チームを作るとはどういうことか』とか『なぜこのチームは強くて、なぜこのチームは弱いのか』が、ぼんやり見えてきたんです。これまでは漠然と『カネをかけているから強いんだろ』ぐらいに思っていたけど、それだけじゃない。

ちゃんとチームを作っているところは、違うんだなって」

 3年間にわたる取材の成果を詰め込んだ結果、組織論としても学びの多い一冊になった。

 「3年間、高田さんは自分にそんな濃い話を聞かせてくれたわけじゃないですか。その真意を読者にちゃんと伝えなきゃいけない、ちゃんと伝えられているかなっていうのが一番、怖かった。高田さん、感想を言ってくれないんですよ(笑)。こちらから『どうでしたか?』とも言えないし…」

 苦悩は村瀬さんの体形も変えた。執筆と同時進行のダイエットも奏功し、最大120キロあった体重は30キロも減った。

 「『高田繁ダイエット』ですよ。あとね、本を書いている間、寝ていてもスプリングが飛び出したベッドじゃ全然疲れが取れないから、書き終わった瞬間にIDC大塚家具に行って、高級ベッドを買っちゃいました。奥さんに内緒で。これでようやく熟睡できます」

 高田さんの70年を全身全霊で受け止め、もがき苦しんで書き上げた一冊。読み終えた後、読者は思うはずだ。長らく編成トップを務め、人を見る天才であった高田さん。

自身の「終活」を誠実なる書き手である村瀬さんに託したのは、やはり正解であったと。人を見定める冷徹なその眼に、寸分の狂いもなかったのだと。

 <村瀬秀信>(むらせ・ひでのぶ)1975年8月29日、神奈川県茅ケ崎市生まれ。51歳。茅ケ崎西浜高卒業後、全国各地を放浪。ライター事務所を経て独立。2017年から文春オンラインで「文春野球コラムペナントレース」コミッショナーを務める。著書に『4522敗の記憶』(双葉社)、『止めたバットでツーベース』(双葉社)、『虎の血 阪神タイガース、謎の老人監督』(集英社)、『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』シリーズ(講談社)など。

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