電子契約の「クラウドサイン」で知られる弁護士ドットコム(6027)の株価が8月12日の決算発表から約1週間で7割近くも上昇しました。生成AIの台頭による「SaaSの死」が懸念され、SaaS企業の株価が軒並み低迷する中、同社の評価が突如、好転したのはなぜでしょうか。

今後の展望も交えてSaaSアナリストの早船明夫氏が解き明かします。


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年初から株価低迷も、決算後にストップ高

 AIエージェントの進化によって、「既存のSaaSは代替されるのでは」「開発が容易になり、競争が激化するのでは」といった懸念が高まり、国内外のSaaS企業の株価は年初から低迷。弁護士ドットコムの株価は、年初から8月12日までに20.5%下落していた。


参考記事: 「SaaSの死」は本当か? AI時代の「敗者」と「勝者」


 しかし、同社が2027年3月期第1四半期決算を発表した8月12日の翌営業日には株価はストップ高。その後も買い注文が続き、8月12日の2,650円から、8月21日までに68.9%も上昇した。


弁護士ドットコムの株価(円)

【解説】弁護士ドットコム株を7割上昇させた「AIプロダクト」の正体
出所:東京証券取引所 注:終値ベース

 弁護士ドットコムが8月12日に発表した第1四半期(4~6月)の売上高は48.4億円で前年同期比27.3%増、営業利益は6.98億円と同36.8%増となった。売上高、営業利益ともに計画を上回り、全社ARR(年間経常収益、Annual Recurring Revenueの略)も163.2億円に拡大した。


 決算が好調だったのは事実だが、ここまでの急な株価反応を「好決算」だけで説明するのは難しい。


 ここまで株価が反応した背景には、好決算に加えて、同社の主力サービスであるクラウドサインに続く、大型成長ドライバーへの期待がある。


クラウドサインの「次の柱」が登場

 弁護士ドットコムには、これまでに大きく二つの成長局面があった。


 一つ目は、2005年に運営を開始した祖業である法律相談ポータル「弁護士ドットコム」の急拡大だ。インターネット上で弁護士を探し、法律相談を行うという、当時としては画期的な行動様式を定着させた。


 そして第2の波は、2015年に提供を開始した電子契約サービス「クラウドサイン」によるものだった。


 クラウドサインは、紙とハンコを前提としていた契約業務をデジタル化するサービスとして他社に先行。クラウド化やDXといったビジネス構造の大きな変化に加え、コロナ禍でのリモートワークの普及、政府の脱ハンコ政策などの追い風も重なり、一気に市場を拡大した。


 2014年上場以降、弁護士ドットコムに対する成長期待を支えてきたのは、このクラウドサインだ。


 その後、弁護士ドットコムは法律業務に特化したAIエージェント「LegalBrain(リーガルブレイン)エージェント」を2025年5月にリリース。過去2度、分野の異なるサービスを成功させた実績のある弁護士ドットコムにとって、「LegalBrainが3度目のヒットになるのでは」との期待が株式市場で高まっている。


 同社もLegalBrainを「次の主力プロダクト」として明確に位置づけている。単体ARRはまだ開示されていないが、高い契約単価を維持しながら成約件数が増加。元榮太一郎CEOは、「クラウドサインがARR10億円に到達するまで4年4カ月を要したのに対し、LegalBrainはそれを大きく上回るペースで成長している」と取材に対し明らかにしている。


【解説】弁護士ドットコム株を7割上昇させた「AIプロダクト」の正体
* 弁護士ドットコム 決算説明資料より

 市場が見ているのは足元の売上額よりも、AIエージェントへの期待、そしてその成長角度だとみるのが妥当だろう。


AI SaaSの「LegalBrain」に期待大

 LegalBrainには、数多く存在する「従来のAI搭載型SaaS」とは大きな違いがある。


 最大のポイントは、既存サービスにAI機能を追加したものではなく、AIを前提として業務そのものを再設計する、国内でも先駆的な「AIネイティブプロダクト」であることだ。


 LegalBrainは、法令、判例、ガイドライン、法律専門書籍などを基盤として、相談内容の整理、リサーチ、分析、文書の草案作成までを担う。単に「検索を便利にする」だけではない。弁護士や法務担当者が従来、人手で行ってきた業務をAIによって大幅に効率化することを目指している。


 その転換点となったのが、2026年6月29日のアップグレードだ。


 回答速度や品質を改善するとともに、従来はキーワード検索が中心だった判例検索を自然文で行えるようにした。さらに、ユーザーが入力した言葉そのものを含まない判例でも、検索意図を理解して参考となるものを提示する機能を追加。


 また、回答には引用箇所と原典を明示し、世界的にも問題となっている汎用生成AIで起きうるハルシネーションを低減化する設計を採用した。


 このアップデートの結果、LegalBrainは、サービスが市場のニーズに合致し、顧客に受け入れられている状態、すなわち「プロダクトマーケットフィット(PMF)」に到達したと同社は認識している。


 実際に筆者が接点を持ったLegalBrainのユーザーには「導入以降、ChatGPTもGeminiも実務ではまったく開かなくなった。戻る理由がなくなったという感覚に近い」と語る法律専門職もいる。


 単にAIプロダクトを開発するだけではなく、専門領域でユーザーからの評価を得ており、従来のSaaSよりも早い事業成長の初速が見られている。それが見えてきたのが今回の決算だった。


「人材採用を削減できる」との声も

 LegalBrainの成長余地を大きく押し上げているのは、従来のソフトウエアとは一線を画す「費用対効果のロジック」にある。CEOの元榮氏は、「現在導入が急速に進んでいるのは大企業だけではない。むしろ所属弁護士数1~5人程度の小規模法律事務所でも利用が広がっている」と説明する。


 その理由はシンプルだ。「便利なITツールだから」ではなく、人を雇うよりも安いからである。


 新卒弁護士を採用すれば年間500万~600万円程度の人件費が発生し、さらに実務を任せられるようになるまで育成期間も数年単位で必要になる。一方、LegalBrainは導入初日からリサーチや文書作成を支援できる。


 ユーザーからは「アソシエイト弁護士の採用を遅らせられる」「一人でも事務所を運営できる」といった反応が出ている。これはAIビジネスを見る上で非常に重要な変化だ。


 従来のSaaSは、基本的には企業のIT予算やソフトウエア予算を取り合ってきた。しかしAIエージェントが本当に人間の業務を代替できるのであれば、その競争相手は他のソフトウエアではなく、「労働力」となる。そして、「人件費」の予算をLegalBrainに充てることができれば、獲得可能な市場(TAM)が一段と大きくなる。


参入障壁は「リーガルデータ」

 弁護士ドットコムはAIブームの到来後に突然リーガルAIへ参入した会社ではない。


 同社は創業以来、法律相談Q&Aや弁護士情報などのリーガルデータを蓄積してきた。


 2023年には、判例データベース「判例秘書」を提供するエル・アイ・シーを子会社化。元榮氏によれば、この会社には上場翌年の2015年からアプローチしていたという。法律書籍についても出版社からライセンスを受け、独自コンテンツを含むデータ群を構築している。


 生成AIの基盤モデル自体は今後も急速に進化していく。

一方、弁護士ドットコムの差別化要因は、基盤モデルそのものではなく、日本の法律実務に特化したデータ資産と、それらをAIが利用できる形に構造化した独自の法律情報基盤にある。


 弁護士ドットコムにとって、創業以来、積み上げてきたデータ資産が、AI時代になり、競争優位へと転換し始めている点も見逃せない。


「クラウドサイン超え」は果たせるか

 LegalBrainに不安要素が全くないわけではない。


 企業法務市場への本格展開には、エンタープライズ企業が求める厳格なセキュリティ要件への対応も必要になる。AIモデルの利用コストや海外リーガルAI企業との競争など、今後確認すべきポイントも多い。


 また、弁護士ドットコムの株価は2020年ごろの「SaaSバブル」では1万5,880円まで上昇したものの、今回の決算前には2,000円台に低迷していた経緯もある。


 それでも今回の決算は、弁護士ドットコムを見る投資家の視点を変えるには十分な内容であった。


 弁護士ドットコムにとって「3度目のビッグウェーブ」が本当に始まったのか。今後はLegalBrainの成長が一時的な初動ではなく、いかに継続していけるかが焦点となる。


(早船 明夫)

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