投手の分業制が進む高校野球において、鳴門渦潮(徳島)のエースで3番を打つ西村大輝は、"絶滅危惧種"とも言える存在だ。

 徳島大会では全5試合に先発し、マウンドを譲ったのは、わずか1イニングだけ。

それも、投球制限を意識した末の苦肉の策だった。

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【延長10回、128球を投げ抜き勝利】

 徳島大会決勝の阿南光戦で、その1イニングを任された2年生右腕・有馬凜人はこう語る。

「まだ投球数的には余裕があったんですけど、万が一のことがあったらいけないので、7回、8回を投げる予定でした。でも、2点取られたのですぐに交代しました。甲子園のブルペンでも投げたかったんですけど、投球練習すること自体が西村さんに失礼な気がして......。今日はブルペンには行きませんでした」

 西村は、徳島大会5試合で計44イニングを投げている。これは49代表校の投手のなかで最多だ。つまり、この大会で最もタフな投手と言ってもいいだろう。ちなみに、甲子園出場49代表校のうち地方大会でDH(指名打者)制を使わなかったのは、鳴門渦潮だけである。

 驚くべきは、西村がマウンドだけでなく、3番打者としてもチームを牽引していることだ。徳島大会では打率.368という好成績を残した。

 西東京大会を制し、甲子園初出場を決めた八王子実践との1回戦。西村は140キロを超すストレートとキレのいいスライダーを武器に、淡々とアウトを重ねていった。

8回までに許したヒットはわずか3本。100球未満で完封する"マダックス"も視野に入る快投だった。

 8回裏の攻撃では、西村はフォアボールで出塁すると、次打者もフォアボールを選び、二塁へ進んだ。つづく5番打者がライトフライに倒れてチェンジとなったが、西村は三塁を回ってからベンチに戻っていった。

 9回表のマウンドに上がるまで、ひと息入れてもおかしくない。猛暑の甲子園では、汗を拭いたり、水分を補給したりすることが推奨されている。ところが、西村はベンチに戻ってから30秒ほどで再びグラウンドへ。すぐさまマウンドに上がり、投球練習を始めた。ほかの野手がまだ守備位置についていないにもかかわらず、である。

 西村は試合後、その場面についてこう振り返った。

「(全力疾走したので)息は上がっていたんですけど、慣れているので大丈夫でした」

 9回表、西村は八王子実践の2番・桜泰成にライト前ヒットを許し、そこからピンチを招いて同点に追いつかれた。それでも、延長タイブレークに突入した10回表は無失点で切り抜け、その裏のサヨナラ勝ちを呼び込んだ。

 西村は10回を投げ抜き、投球数は128球。5安打1失点に抑え、5三振を奪う見事なピッチングだった。さらに驚かされたのは、終盤になっても140キロを超すストレートを投げ込むなど、最後まで抜群のタフさを見せつけたことだ。

【打って、投げて、走るのが野球】

 179センチ、76キロの西村は、もともと上手投げだった。

「中学時代も時々(横から)投げていたんですけど、この春が終わったくらいから本格的に横から投げるようになりました。今はそれが一番ハマっていると思います。軽く投げても140キロくらい出ますし、スライダーもよく曲がるようになりました」

 投球フォームを変えたことで、思わぬ効果も生まれた。

「体全体を使って投げるようになって、逆に体力の消耗が減りました」

 この春から導入されたDH制を試し、西村も投手に専念したことがあったという。

「DHを使って、ピッチングだけしたこともあるんですけど、今の形が一番いいですね。投げるだけなら体力的には楽ですけど、僕は打つことも好きなので、両方やらせてもらっています。やっぱり、打って、投げて、走るのが野球だと思います」

 バッテリーを組む捕手の西岡大誠は、西村について次のように語る。

「下級生の頃は精神的にまだまだというか、ピンチになると焦って、フォアボールということもありました。それに以前なら、走者として塁に残ったままチェンジになると、ベンチ近くまでゆっくり歩いて戻って、それからヘルメットを脱ぐという感じでした。

でも、エースになってから変わりましたね。精神的にも強くなりました。今日もピンチの場面はありましたが、いつもどおり投げていました」

 チームにとって、西村は絶対的な存在だ。

「自分たちにとってはエースですし、本当に信頼できるバッターでもあります。西村の力がなければ、甲子園まで来ることはできませんでした。投げて、打って、本当に頼りになる存在です」

【エース級の投手をふたりつくるのは困難】

 鳴門渦潮を率いる森恭仁監督は、チーム事情についてこう明かす。

「『ピッチャーはひとりしかいない』と言われるかもしれませんが、なかなかエース級の投手をふたりつくることができないんですよ。ひとり育てるので精一杯で」

 鳴門渦潮にはスポーツ科学科があるとはいえ、県立校だけに、選手集めでは強豪私立のようにはいかない。

「2年生の有馬もいますけど、甲子園で投げさせるにはまだまだです。今日のような場面では、なかなか任せることができません。今日は西村が本当によく投げてくれました。いろいろな経験を積んで、タフになりましたね。

本当に楽しそうに野球をやっていますよ。『自分で投げたい、打ちたい』という選手ですから。彼は本当に"野球小僧"ですよね」(森監督)

 投手の分業制が進み、DH制も導入された高校野球。その流れとは逆行するように、西村は投げて、打って、走る。誰よりも野球を楽しみ、誰よりもグラウンドに立ち続ける。そんな"絶滅危惧種"の野球小僧が、鳴門渦潮をどこまで勝ち上がらせるのか。次戦でも、西村はマウンドにも打席にも立つ。

元永知宏●文 text by Tomohiro Motonaga

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