今年の春、横浜の池田聖摩(しょうま/3年)はサーティーフォー保土ケ谷球場で深い悩みの渦に沈んでいた。

「情けない。

その言葉しかないです。悔しいというか、『何やってんだろ、自分......』という感じで。織田(翔希/3年)はしっかり投げているのに、自分はこんな結果ばかりで情けない気持ちしかないです」

【夏の甲子園2026】「プロに行きたいなんて言えない」 横浜...の画像はこちら >>

【エリート遊撃手が味わった苦悩】

 4月18日、春季神奈川大会・鎌倉学園戦の試合後だった。横浜は大苦戦の末に9回表になんとか逆転し、辛勝を収めていた。中心選手として期待される池田は、バント安打で逆転に貢献している。だが、快音を響かせられなかった池田の口からは、反省の弁ばかりがこぼれた。

「このままじゃ、このチームに自分がいると勝てなくなります。自分が変わるしかないです」

「こんな結果じゃ、プロに行きたいなんて言えないので。やっぱり変わるしかない」

 この世のあらゆる重圧をひとりで背負い込んでいる──。大げさに言えば、それくらい池田は思い詰めた表情をしていた。

 学生スポーツをするのに、これほどまでに苦しい思いをしなければいけないのか。池田が苦悩を明かせば明かすほど、そんな思いが頭をよぎった。

 池田は今秋のドラフト候補に挙がる遊撃手である。

誰もがうらやむようなエリートコースを歩んできた。小学6年時にはソフトバンクジュニア、中学3年時には侍ジャパンU−15代表に選ばれた。陸上界でも活躍し、中学3年時にはジャベリックスロー、走り幅跳び、三段跳びの3種目で熊本県王者に。名門・横浜に進学後は、1年夏から背番号6を託され、2年春には選抜優勝を経験している。

 だが、最上級生になってからは、高い期待に応えられない時期が続いていた。今春の選抜では、初戦の神村学園(鹿児島)戦で無安打に終わった。

 試合後、池田は涙をこぼすこともなく、こんな思いを吐露している。

「負けた瞬間、『なんでなんだ』『なんでこんな結果になったんだ』という思いが浮かびました」

 その後も、冒頭で触れた春季大会のように、池田の苦悩の日々は続いた。このままでは、池田聖摩という才能が潰れてしまうのではないか。取材する者として、そんな危惧すら浮かんでいた。

 ところが、池田は高校最後の夏に躍動する。神奈川大会の7試合でチーム最多タイの12安打を放ち、打率.500、10打点、3盗塁を記録。

チームの甲子園出場に大きく貢献している。

【重圧から解放された最後の夏】

 8月10日、横浜は沖縄尚学(沖縄)との甲子園初戦に臨んだ。左打席に入った池田を見て、あることに気がついた。

 バットを構える池田のグリップの位置が、春よりも明らかに高くなっていたのだ。

 池田は沖縄尚学のプロ注目左腕・末吉良丞のストレートを弾き飛ばし、2安打を放つ。チームは沖縄尚学の豪華投手陣を打ち崩し、7対2と快勝した。

 試合後、池田にグリップの位置を変えたのかと尋ねると、肯定の答えが返ってきた。

「夏の大会前に変えました。野球を始めた頃の打ち方が一番いいと思ったので、中学時代の形に戻したんです。これが一番しっくりきました」

 横浜入学後はさまざまなアドバイスを受けるなかで、グリップを下げる打ち方にしていたという。だが、どこか借り物のスイングという感覚が抜けなかった。

「型にハマってしまっているなと。そこから抜け出したかったんです」

 グリップの位置を上げる。

たったそれだけのことだが、池田にとっては大きな変革だった。野球選手としての根源的なものを取り戻し、のびのびとプレーできるようになった。

 池田は、実感を込めて言う。

「最後の夏は『何がなんでもこの大会しかない』と余計にプレッシャーがかかると思ったら、意外とのびのびとやれていて。夏の大会前にまったくうまくいかなくて、あきらめたわけじゃないんですけど、『もう声を出すだけでいいや』って思ったんです。そう割り切ったら、気持ちが吹っ切れて。あとはやるべきことをやっていたら、意外とうまく噛み合いました」

 春と比べて、池田のプレーには明らかに攻撃性が増していた。その変化は走塁面にも顕著に表れていた。

 テレビ中継ではわかりにくい部分だが、出塁後の池田は常に投手の視界のなかで撹乱するアクションを見せている。リードの幅を小刻みに変えたり、投手がモーションを起こす直前にスタートを切るそぶりを見せたり。投手からすると、煩わしい挙動のはずだ。池田は「春はあまりうまくできなかったんですけど、練習してきました」と胸を張る。

【目指すはチームを勝たせる遊撃手】

 もともとの持ち味である守備でも、見せ場をつくった。沖縄尚学戦の9回裏、先頭打者の秋江駿斗(3年)が放った三遊間への鋭いゴロに、池田が反応する。難しいバウンドに、斜め後ろに下がりながら逆シングルで対応。見事にすくい捕ると、遠投120メートルの強肩を生かして一塁に送球。超高校級の美技でスタンドを沸かせた。

 池田は「(バウンドに対して)ボールの下から入れたのでよかったです」と振り返りつつ、こんな強い自負を滲ませた。

「横浜高校のショートなら、普通にやらないといけないプレーです」

 小学2年時に招待試合を観戦したことを機に、池田は熱烈な横浜高校ファンになった。過去の試合映像も熱心にチェックしている。

 横浜高校の歴代遊撃手に追いついてきた実感はあるのか。そう尋ねると、池田は強い口調で「まったくないです」と答えた。

「横浜に入学してから、緒方漣さん(國學院大3年)や大石竜太さん(2008年夏の甲子園で活躍したOB)といった名ショートの背中を追ってきました。でも、今日の試合でもエラーが出ましたし、チームを引っ張って、勝たせる面でまだまだ物足りないです」

 自己評価は厳しい池田だが、「勝たせる遊撃手」という意味では、少しずつ自信がついてきたのではないか。

そう尋ねると、池田は神妙な表情でこう答えた。

「秋も春も同じように負けて、悔しい思いをして、苦しい練習をしてきました。正直言って、今もまだ織田頼みのところはあるけど、少しずつ野手が援護できる試合が増えてきました。その意味では、少しは力がついてきたのかなと思います」

 力なくうなだれていた、かつての面影はなかった。一度は「行きたいなんて言えない」と弱音を吐いたが、当初の予定どおり今秋にプロ志望届を提出する方向だ。

 その前に、やるべきことが残っている。チームを勝利に導く遊撃手へ。池田聖摩は溜まりに溜まった鬱憤を晴らし、新たな地平を切り拓こうとしている。

菊地高弘●文 text by Takahiro Kikuchi

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