都内の特別養護老人ホームで働く介護福祉士の上野太一さんは、8日、都内で開かれた記者会見で、介護現場の窮状を報告した。
全労連介護・ヘルパーネットはこの日、介護現場で働く975人から集めた要望をまとめ、厚生労働省に対して「介護報酬」の大幅な引き上げを求める要請書を提出した。
背景には、同ネットの調査で全産業の一般労働者平均と比べて月額約11万円低いとされる賃金水準や、深刻化する人手不足がある。
975人の「声」を手に厚労省へ要請
同ネットは、全労連(全国労働組合総連合)に加盟する介護労働者で構成される組織である。この日、厚生労働省に提出されたのは、同ネットが今年1月から収集を開始した「一言署名」だ。約半年間で975人分の切実な声が寄せられた。全労連の土井直樹常任幹事によれば、集まった声の約8割が「賃金の引上げ」と「人手不足の解消」を求めるものだったと報告した。
介護労働者の賃金は、政府統計では全産業平均と月額約8万円の差があるとされているが、同ネットが2025年度に実施した独自調査では格差は約11万円だった。
介護報酬は、介護サービス提供の対価として国がその単価を決定する「公定価格」である。職員の賃金の原資はほぼこの報酬に依存しているため、個別の事業所の努力だけでは大幅な賃上げは難しく、国による報酬設定が現場の処遇を直接左右する構造となっている。
政府は今年6月に、処遇改善を目的として介護報酬の期中改定(2.03%)を実施したが、現場からは「不十分で不満」との認識が示されている。
「夜勤明けで来た」特養職員の訴え
都内の施設に勤務して9年目になる上野太一さんは、賃金の低さから人材確保が難しく、既存の職員に過重な負担がかかっている現状を報告した。上野さんによると、介護系の専門学校でも定員割れが続いており、新たな職員が補充されないため、既存の職員が過重な夜勤シフトを維持せざるを得ない状況にあるという。
上野さんの職場では、本来は労働組合との協定で、労働者の健康を守るため、夜勤は「2か月で9回まで」と定められているが、現在は上野さんも含め職員らが10回から11回の夜勤をこなしているという。
夜勤中は、1つのフロア(利用者45人)を基本的に2人の職員で担当し、一方が休憩中であっても、突発的な事態が発生すれば対応しなければならない。
「夜勤中は発熱などの体調急変や転倒、ベッドからの転落といった突発的な事態が発生することもあり、休憩中も含めて常に緊張感があります」(上野さん)
人手不足を補うために派遣職員を導入せざるを得ず、その高いコストが経営を圧迫し、正規職員の賃上げが困難になるという悪循環も報告された。
他業種との賃金格差は、勤続年数が長くなるほど拡大する傾向にあるという。会見での報告によると、初任給の時点では他産業との差はわずかだが、昇給財源の不足や役職者の賃金の低さから、ベテラン層になるほど格差が広がる。特にボーナス(賞与)については、全産業平均の約6割程度にとどまっている実態が指摘された。
「サービスが不足」中山間地域で進む介護崩壊
地方では、問題がより顕著になっている。自治労連岐阜県事務所の日下部(くさかべ)雅喜さんは、自身の住む岐阜県下呂市の実態を報告した。下呂市の面積は東京23区を上回るが、人口は約2万8000人である。同市が「第9期介護保険事業計画」の策定に際して実施したアンケート調査によると、施設・居住系サービスにおいて介護職員(正職員)が29人不足している一方、1年間の新規採用数は9人にとどまっている。在宅サービスでは、新規採用12人に対し離職者が16人と、人員が減少に転じている。
ケアマネジャー(介護サービス計画を作成する専門職)を対象とした調査では、72%が「サービスが不足している」と回答した。特に認知症対応型デイサービスや訪問介護の不足が顕著であり、サービスを受けられないために高齢者が住み慣れた地域を離れざるを得ない事態も生じているという。
国は対策として、こうした中山間地域などの人員基準を緩和する方針を打ち出している。しかし日下部さんは「少ない人数で過重な業務を課せば、さらなる離職を招く」と批判した。
賃上げ策から取り残される短時間労働者
東京・世田谷区でホームヘルパーとして活動してきた森永伊紀(よしのり)さんは、都市部においても登録ヘルパー(※)や、介護施設の短時間パート職員が国の処遇改善策から事実上除外されている現状を訴えた。※訪問介護事業所に、勤務可能な曜日や時間帯を登録し働くヘルパー。
世田谷区では、過去2年間でヘルパー従事者が704人減少したという。訪問介護の主軸である登録ヘルパーは、1件あたり30分前後のサービス提供を終えると、すぐに次の訪問先に向かう。しかし、この「移動時間」が労働時間として換算されないため、国の賃金引き上げ策の効果が十分に及ばない実態があると、森永さんは指摘する。
さらに、東京都が実施している家賃支援などの処遇改善策も、多くは「月80時間以上の勤務」を条件としており、短時間労働者の多くが対象外になっている。
通所介護(デイサービス)においても、送迎運転手や入浴専任の職員、調理職員など、特定の時間帯・業務を支える短時間パート職員がいなければ事業が成り立たない。しかし、これらの職種は勤務時間が短いため、現行の処遇改善策による恩恵は極めて限定的だ。
森永さんは、こうした短時間パート職員と、近年普及しているいわゆる“スキマバイト”との違いを強調した。
「短時間パート職員は、単発の労働力ではありません。利用者との信頼関係を築き、ケアの一翼を担う専門職です。
森永さんは厚生労働省に対し、短時間労働者に焦点を当てた賃上げ策も講じるよう求めたが、省側からは特段の返答は得られなかったという。
同ネットは、今回の要請行動について「具体的な回答は得られず不十分な内容だった」としつつも、今後も継続して現場の声を国に届けていく方針を示した。

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