「貯蓄に回せるお金は、ほとんど残らない」宮崎県内の回転寿司チェーン店で働くAさん(28歳)は、月160~170時間働いても、手取りは13万円に届けばいいほうだと語る。
月給から家賃や光熱費、食費を差し引けば、手元に残る額はわずか。
「非正規で働いていたら、貯蓄なんて無理だろうなと半ば諦めている」と語るAさんの時給は1105円。宮崎県の最低賃金1023円をわずかに上回る水準にとどまる。
全国労働組合総連合(全労連)などは7月10日、都内で会見を開き、“普通の生活”を送るために必要な生活費——「最低生計費」の最新の試算結果を公表。会見では「8時間働けば普通に暮らせる社会にしたい」との訴えが繰り返された。

「“普通の生活”には月28万円必要」

「最低生計費」の試算を監修した静岡県立大学短期大学部の中澤秀一准教授によると、宮崎県で若者が一人で普通に暮らすには、男性で月額28万4182円、女性で28万5871円、年額に換算すると約340万円(いずれも税・社会保険料込み)が必要だという。
群馬県の場合は男性で月27万7596円、女性は月27万6294円で、年間に換算すると約330万円。栃木県と東京都北区の場合も男女ともに月約28~29万円で、年収に換算すると約340万円と、地域による差はほとんど見られなかった。
この試算は、生活に必要な品目を一つひとつ買い物かごに入れるように積み上げ、費用を算出する「マーケットバスケット方式」と呼ばれる手法に基づいたもの。
中澤准教授は「食べるだけ、住むだけではない。栄養バランスや人付き合いなど、健康で文化的な要素も織り込んだ“質素ながらも普通の暮らし”を想定している」と説明する。
月約28万円を時給に換算すると、中央最低賃金審議会が用いる月173.8時間で割った場合は約1600円。よりライフワークバランスに配慮した労働時間である「月150時間」で割ると、必要な時給は約1800円に達するという。
会見では、生計費と最低賃金の差が地域ごとに示された。
最低賃金が全国最下位(1023円)の宮崎県では、必要な生計費が時給1895円。その差は872円、率にして54.0%に及ぶ。栃木県は1892円に対し最賃1068円で824円差、群馬県は1851円に対し1063円で788円差、最賃が全国最高額(1226円)の東京都北区でも1924円との間に698円の開きがあった。
全労連の黒澤幸一事務局長は「(現状の最低賃金では)まともな生活ができていないということだけは、もう数字ではっきりしている」と述べた。

「地方は物価が安い」は本当か

なぜ地方でも同じだけの費用がかかるのか。“地方は物価が安く、暮らしが楽”というイメージは根強い。だが調査結果はそれを裏切ると中澤准教授は言う。
都市部の東京は家賃が高い一方、公共交通が発達しているため交通費は約6000円に抑えられる。対する宮崎・栃木・群馬では家賃は4万円前後と安いものの、自動車がなければ生活が成り立たず、自動車関係費が月3万円ほどかかる。
「住居費と交通費がトレードオフの関係にあり、他の支出はさほど変わらない。トータルの生計費は全国どこでもほぼ同水準だ」(中澤准教授)
冒頭のAさんも、宮崎の実感をこう語る。「公共交通は一時間に一本あればいいほう。軽自動車は生活必需品で、ガソリン代も車検の積み立ても家計に重くのしかかる」
地価の上昇で家賃も上がり始め、コンビニのおにぎりの値段は都会と変わらないという。
さらに宮崎県の自殺死亡率は人口10万人あたり19.2人で全国ワースト5位タイ、九州では6年連続でワースト1位だとし、「地方と都市の収入格差が背景にあると強く感じる」と訴えた。

「社会全体の衰退を招きかねない」

中澤准教授は会見の終盤「現代の最低賃金は、なかなか暮らしに結びついた金額になっていない」と改めて主張。
初任給の引き上げなどが行われている一方、Aさんのように最低賃金付近で働く例など格差が広がっているとして、次のように指摘した。
「格差が広がれば、生きづらさにつながり社会の閉塞感が高まります。
昔は学校を卒業したら、親元を離れて独立するのが当たり前でした。ですが、現代では親元にいた方が節約できるので、一人暮らしをしない若者が増えています。
しかし、そうすると家族形成が遅れ、結局少子化の問題につながり、社会全体の衰退を招いてしまいかねません」(中澤准教授)
石破前政権は最低賃金に関して「2020年代に全国平均1500円を達成する」と掲げていたが、高市政権はこの目標を2030年代へ先送りする方針を示している。
黒澤事務局長は「1500円でも遅い。試算結果からは1700円、1800円、さらには2000円が必要だ。生存権を守る最低賃金にしてほしい」とコメント。以下のように続けた。
「最低賃金法では『賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする』と定められています。

ですが、現状、日本の最低賃金は国際的に見ても極めて低い状況に置かれています。
国として労働者の生活を守るためにも、せめて『2020年代に全国平均1500円』のかつての目標を、早期に実現させる必要があると強く訴えたいです」(黒澤事務局長)


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