「投票用紙が届いたのは投開票日の16日後」衆院選で“在外日本人”の投票が間に合わず“無効”に…“選挙権侵害”の違法確認と国家賠償求め4名が国を提訴
ドイツ、フランス、オーストラリア、カナダに在住する日本国民で、日本の公職選挙の選挙権を有する(在外選挙人名簿に登録されている)4名が、10日、国を相手取って東京地裁に訴訟を提起した。
4名はいずれも、2026年2月の衆議院議員総選挙で海外からの郵便投票の制度を利用して投票しようとしたが、間に合わなかった。
このことが、国が適切な制度構築を怠ってきたためであり、それが選挙権および最高裁判所裁判官の国民審査権を保障した憲法に違反するとして、国に対しそれぞれ1万110円~1万7158円の国家賠償と、違法の確認などを求めている。
訴えの提起後、原告弁護団と原告3名(オンライン参加)は記者会見を開き、現行制度の問題点と、選挙権という基本的な権利が実質的に奪われていると訴えた。
原告弁護団の戸田善恭弁護士は、「国が、在外国民が特別の負担なく選挙権を行使するための措置を取ってこなかったことが違憲だということを、この訴訟を通して争っていきたい」と述べた。

原告らの「負担」と投票に至る経緯

今回の訴訟の直接のきっかけとなったのは、2026年2月8日に投開票が行われた第51回衆議院議員総選挙である。1月23日の衆議院解散から投開票日までが16日間と「戦後最短」であり、1月27日の公示日から投開票日までは、公職選挙法が定める最短期間の12日間で実施された。
原告らは、この極端に短い選挙期間が、国際郵便に依存する郵便等投票を事実上不可能にしたと主張している。海外に居住する日本国民(在外国民)が国政選挙で投票する方法は、主に2つある。在外公館(大使館や総領事館)に直接赴いて投票する『在外公館投票』と、居住地から日本の選挙管理委員会と郵便で投票用紙をやりとりする『郵便等投票』である。
原告4人は、いずれも在外公館から遠く離れた場所に居住しており、在外公館投票をしようとすれば、以下の通り多大な経済的・時間的負担が伴うため、郵便等投票を選択した。
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【図表】海外にいる日本人有権者の「郵便投票」のしくみ(出典:総務省)

カナダ在住の原告・千葉絵理子さんは、居住地から最寄りの在モントリオール日本国総領事館まで約1175キロメートル離れており、飛行機を利用しても往復で約6時間、航空券代は約8万円かかる。
ドイツ在住の原告・ショイマン由美子さんは、居住地から在フランクフルト日本国総領事館まで片道約200キロメートル。鉄道を利用すると往復約8時間を要し、運賃は約1万9000円にのぼる。
フランス在住の原告・寺尾さんは、居住地から在マルセイユ日本国総領事館まで約200キロメートル。
車で往復5時間、高速料金とガソリン代で1万円以上の負担が生じる。
オーストラリア在住の原告・東田(とうでん)孝昭さんは、居住地から在メルボルン日本国総領事館まで約720キロメートル。飛行機を利用する必要があり、往復で3万円程度の航空券代がかかる。
このような状況から郵便等投票を選んだ原告らは、衆議院解散の報道が出るとすぐに行動を開始した。最も早い千葉さんは、解散が閣議決定される13日前の1月10日には、一時帰国していた日本国内から投票用紙の請求書を投函している。他の3人も解散表明前の1月14日から16日にかけて、それぞれの居住国から国際郵便で請求手続きを行った。
しかし、いずれの原告も、期限内に投票を完了することはできなかった。
ショイマンさん、寺尾さん、東田さんの3人は、投票用紙が届いたのが投開票日のわずか3~5日前だった。間に合わないことを覚悟しつつ返送したが、日本の選挙管理委員会に到着したのは投開票日の4~5日後となり、投票は無効として扱われた。
千葉さんのもとに投票用紙が届いたのは、投開票日から16日も経過した2月24日。投票用紙を返送する機会すらなかった。

「特別な負担」を強いるものと指摘

在外国民の選挙権をめぐっては、これまでも司法の場で繰り返し争われてきた。最高裁判所は、在外国民に選挙権行使を一切認めなかった旧公職選挙法の規定を違憲とした平成17年(2005年)9月14日判決や、同じく最高裁裁判官に対する国民審査権の行使を認めなかった国民審査法の規定を違憲とした令和4年(2022年)5月25日判決において、一貫して厳しい判断基準を示してきた。

その基準とは、国民の選挙権またはその行使を制限するためには、「やむを得ない事由」がなければならないというものである。そして、「やむを得ない事由」とは、「そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合」に限られる、と極めて限定的に解釈されている。
さらに今回の訴訟で原告側が重視するのが、「精神的原因による投票困難者」の投票権が問題となった事案に関する最高裁判決(平成18年(2006年)7月13日、原告側の請求を棄却)における泉徳治裁判官の補足意見である。
そこでは、「選挙権の保障は選挙権を現実に行使し得ることをも保障」するものであり、その内容には「すべての選挙人にとって特別な負担なく選挙権を行使することができる選挙制度」の構築も含まれる、と述べられている。
原告らは、この「特別な負担なく」という点について、過去の最高裁判決が選挙権侵害の慰謝料を5000円と算定したことを根拠に、少なくとも、5000円を超える金銭的負担を強いる制度は「特別な負担」にあたると主張している。

「国の立法不作為は違法」原告の主張

訴訟で原告らは、被告国が「特別な負担なく」投票できる制度の整備を長年にわたり怠ってきた「立法不作為」が憲法に違反すると主張。これにより被った精神的苦痛などに対する国家賠償と、次回の選挙で同様の権利侵害が繰り返されないよう、違法の確認を求めている。
原告側は、被告国側には上述の「やむを得ない事由」は存在しないと主張する。その根拠として、以下を挙げている。
  • 洋上を航行する船員などに認められているファクシミリを用いた投票(洋上投票)など、代替手段は存在する
  • インターネット投票も技術的には導入可能であることが総務省の研究会で報告されている
  • 仮にそれらが困難でも、国際郵便事情を考慮して選挙期間を伸長する法改正は可能だった
そして、最高裁平成18年(2006年)5月25日判決において「特別な負担なく」選挙権を行使できる制度の必要性が示されており、国会は遅くともその時点で問題の所在を認識できたのであり、対策を講じるべきだったと指摘。にもかかわらず、2026年に至るまで約20年間、実効性のある制度改正を行っておらず、この「長期にわたる立法不作為」が「違法」なものであり(同法1条1項参照)、国家賠償の対象となると訴えている。

原告それぞれの思い

オンラインで記者会見に参加した原告らは、投票権が行使できなかったことへの思いと、制度改善の必要性について、それぞれの言葉で語った。
ショイマン由美子さん(ドイツ):「私の1票は、制度の隙間に落ちて存在しない票とされてしまった。
その悔しさが、選挙権という憲法上保障されている権利が実質的に奪われたという怒りにつながっている。この問題は私だけのものではない。同じ問題を抱えた人が世界中にいる。そうした方々の思いを代弁するつもりで、この訴訟に参加することを決意した。
さらに、現政権下では憲法改正の議論も進んでおり、憲法改正の国民投票が現実味を帯びている。国の根幹に関わる重大な決定において、投票したくてもできない人が出てしまう現状は、民主主義の正当性を揺るがす深刻な問題だと考えている」
寺尾さん(フランス):「立法される方たちにお願いしたいのは、とにかく、たくさんの当事者の方の話を聞いて、実際に立法しようとしている内容が本当にその方たち全員に当てはめてみて、実際にそれが使えるものなのか、導入できるものなのかというシミュレーションをたくさんやっていただきたいということ。
取りこぼされる人をゼロに近づけるようにするのが、立法側の責任だと思っている」
東田(とうでん)孝昭さん(オーストラリア):「私にとって、在外投票の投票権は、祖国日本と私をつなぐかけがえのないものだ。しかし今回、なぜ自分の投票について、間に合うか、有効になるかなどと心配しなければならないのか、もういい加減にしてほしいという怒りがこみ上げてきた。
海外在住の日本人の基本的な権利、選挙権がどうなってもいいものだとは、私はまったく思わない」
千葉絵理子さん(カナダ ※):「投票したいという意思があり、手続きを尽くしていたにもかかわらず、選挙権を行使できなかったことに強い憤りを覚えている。この理不尽は今回だけではなく、海外に住み続ける限り毎回起こりうる問題だ。
海外在住というだけで選挙権を実質的に行使できない現行制度はあまりにも理不尽だ。私はすべての在外邦人が確実に投票できる制度への改革を強く求める」
※記者会見に参加できなかったため、代理人の亀石倫子弁護士が代読した。



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