近年、心理的安全性の重要性が広く認識され、1on1や研修を導入する企業が増えています。一方で、「施策が形骸化している」「管理職の負担ばかりが増えている」と悩む人事担当者も少なくありません。

組織・チームのパフォーマンスを研究する石井遼介さん(株式会社ZENTech 代表取締役)は、「心理的安全性は上司のコミュニケーションスキルだけで定着するものではない」と指摘します。では、率直に意見を交わせる風土をつくり、組織の成果につなげるには、何が必要なのでしょうか。

心理的安全性にまつわる誤解や、1on1だけでは定着しにくい理由、今日から現場で実践できる具体的なアプローチについて聞きました。

心理的安全性が高い組織では「健全な衝突」が起こり、イノベーションにつながる

――まずは基本的なところから教えてください。「心理的安全性が高い」とは、どのような状態でしょうか?

石井氏:地位や経験にかかわらず、誰もが率直な意見や素朴な疑問を伝え合える状態です。

ただし、上司も部下も言いたいことを何でも言ってよい、という意味ではありません。大切なのは、「組織や仕事を前へ進める」という目的に沿って、その場や関係性において伝えるべきことを効果的に伝えられることです。

私たちは、心理的安全性を「話しやすさ」「助け合い」「挑戦」「新奇歓迎」という4つの因子から捉えています。「ここを手伝ってもらえませんか」「その仕事なら一部を引き受けます」「もっとこうしたほうがよいのでは」「この工夫を試してみたい」と、メンバー同士が積極的にはたらきかけられる。これが心理的安全性の高いチームだと言えるでしょう。

そうしたチームでは、仕事や課題を巡って意見を交わす「健全な衝突」が起こり、イノベーションにつながりやすくなります。だからこそ心理的安全性が大切なんです。

定例会で意見が出ないのは、メンバーのせいじゃない。率直な対話を生む「目的のひと言」と、心理的安全性のつくりかた
――率直に意見を伝えることと、単に言いたいことを言うのは、何が違うのでしょうか?

石井氏:たとえば、部下がつくった提案資料に対して上司が「この資料は全然ダメだね」と言っても、資料の質が高まるわけではありません。

停滞しているプロジェクトに「うまくいっていない」と指摘するだけでも、前進にはつながらないでしょう。

その人がより良い資料をつくれるようになるには、どのように声をかければよいのか。プロジェクトの課題を出し合い、前へ進めるには何を伝えればよいのか。相手や仕事にとって役立つ「効果的なコミュニケーション」を考えることが重要です。

若手社員が上司に意見を伝える場合も同じです。「この理解で合っていますか」「ここにリスクがあると思うのですが、本当にこのままでよいでしょうか」といった疑問や懸念は、積極的に伝えたほうがよいでしょう。心理的安全性が高ければ、自分の仕事を完遂し、組織の成果につなげるために必要な質問や意見を伝えられるはずです。

1on1と心理的安全性は“鶏と卵”の関係にある

――心理的安全性を高めるため、1on1や傾聴研修などを導入する企業が増えています。こうした取り組みが定着する企業と、形骸化してしまう企業の違いはどこにあるのでしょうか?

石井氏:心理的安全性と、1on1や傾聴は、「鶏と卵」のような関係にあると思います。

たとえば、普段から心理的安全性が低く、部下から「怖い」と思われている上司が、1on1研修で学んだ質問を投げかけたとします。いくら質問の内容が素晴らしくても、部下は「本当に話して大丈夫なのだろうか」と警戒するでしょう。1on1で深い話をするには、日ごろからの信頼関係が前提になるからです。

一方で、1on1が関係性を変えるきっかけになることもあります。

普段は忙しく、断定的な言い方をしがちな上司が、「この時間はあなたのための時間です」と腰を据えて話を聞く。そこで部下が「この上司も、きちんと話を聞いてくれるのだ」と感じられれば、普段の会議でも意見を伝えてみようと思えるかもしれません。

その意味では、「まず心理的安全性を高めてから1on1を始めよう」とか、「1on1さえ実施すれば心理的安全性が高まる」という単純な話ではないんですよね。日常的な関係づくりと1on1の両方を大事にしながら、良い体験を積み重ねていく必要があります。

――そうした体験を生み出すには、研修を実施して、心理的安全性に関する基礎知識を伝えるだけでは不十分なのでしょうか?

石井氏:知識は、ないよりもあったほうがよいでしょう。しかし、「研修で説明したので、あとはよろしく」では定着しません。会議をどのように進めるのか、1on1でどのように話すのか、日ごろどのような声をかけるのか。継続できる具体的な行動や施策とセットで考えることが大切です。

管理職だけでチームの心理的安全性を高めるのは難しい

――管理職からは、「本来の業務で忙しい中、人事から1on1などの新たな施策を求められて負担が増えている」という声も聞かれます。なぜ、このような状況が生まれるのでしょうか。

石井氏:「役員決裁済みの施策なので、マニュアルに沿って実施してください」と伝えるだけでは、やらされ感が生まれるでしょうね。「最初は導入に手間がかかるけれども、将来的に現場の負担を減らすための取り組みです」と、施策に込めた意図や意味まで伝えることが、定着のためには重要です。

私たちはよく、「タスクのコミュニケーションから、意味のコミュニケーションへ移りましょう」とお伝えしています。

現場には「1on1を実施してください」というタスクだけが降りてきて、「何のために取り組むのか」が十分に伝えられていないことがあります。しかし、1on1がうまく機能すれば、メンバーが感じている懸念を、重大なトラブルや事故が起きる前に把握できるかもしれません。問題が起きてから慌てて対応する事態を避けられれば、結果として管理職の負担も軽くなります。こうした「意味」を伝えることが大切なのだと思います。

――ただ、心理的安全性を高める取り組みは、管理職個人のスキルやマネジメント力に委ねられがちな面もあると思います。この点をどのように見ていますか?

石井氏:管理職だけでチームの心理的安全性を高めるのは難しいと思います。

多くの日本企業では、マネジメントの方法そのものを体系的に学ぶ機会が十分に用意されていないケースがあります。管理職は、自分が過去に受けたマネジメントを参考にしながら、手探りで部下と接しているのです。

中には、「自分はパワーハラスメントに近い指導を受けながら育ってきた。しかし、今は同じことをしてはいけない。では、どうマネジメントすればよいのか」と迷っている人もいるでしょう。

もちろん、マネジャーがチームに与える影響は大きいです。

しかし、心理的安全性の高い組織はマネジャーだけではつくれません。

定例会で意見が出ないのは、メンバーのせいじゃない。率直な対話を生む「目的のひと言」と、心理的安全性のつくりかた
――メンバーにも役割があるということでしょうか?

石井氏:はい。上司と部下の関係だけでなく、同僚や先輩、後輩の間にも、「危ないことをしているように見えるけれど、指摘しにくい」といった状況は起こります。

たとえば、誰かが意見を言うたびに、強い口調で否定するメンバーがいるとします。上司が心理的安全性を高めようと懸命にはたらきかけても、その人の反応が変わらなければ、他のメンバーは発言しにくいままでしょう。上司や人事が本人と個別に話し、「異なる考えを示してくれるのはありがたい。ただし、すぐに否定せず、まずは受け止めてみよう」と伝える必要があります。

心理的安全性は、管理職だけに責任を負わせるテーマではありません。全員が効果的なコミュニケーションを意識し、それぞれに責任の一端があると理解することが大切です。

――近年は、ハラスメントへの懸念から、管理職が部下に必要な指摘をできなくなるケースもあると思います。

石井氏:管理職が部下に対して何かを言えない、言いにくいのであれば、管理職側の心理的安全性が損なわれている可能性があります。

私たちが心理的安全性を測定すると、企業によっては、一般社員や部長職よりも、その間にいる主任・課長クラスの数値が大きく下がることがあります。

上からも下からも要求を受け、板挟みになっている層だと考えられます。

だからこそ、管理職に「部下が話しやすい環境をつくってください」と求めるだけでは不十分なんです。管理職自身が困っていることを率直に相談し、必要な支援を得られる、管理職にとって心理的に安全な環境も、組織として整えなければなりません。

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評価・コミュニケーション・業務プロセスを変えて心理的安全性を高める

――心理的安全性を組織全体で高めるための具体策を教えてください。

石井氏:まずは評価制度について考えてみましょう。

ミスの件数に応じて評価を下げる制度があるとします。これではミスを報告するのではなく、隠す方向にインセンティブがはたらくでしょう。ミスが起きたときに、いち早く報告した行動を評価する設計にしなければ、組織にとって重要な情報が上がってこなくなるんです。

ただし、制度を変更して新たなKPIを設ければ、それで全て解決するわけでもありません。数字だけを追うと、その数値を良く見せるための「KPIハッキング」が起きる可能性があります。

たとえば、売上だけで営業担当者を評価すると、「自分は受注しやすい顧客を選び、難しい顧客を新人に任せている人」が高く評価されるかもしれません。

個人の売上は伸びても、チーム全体にとって最適な行動とは言えませんよね。売上だけを評価基準とするのではなく、「現在の仕事よりさらに難しいミッションに挑戦していることを評価する」などの工夫が必要だと思います。

挑戦やチームへの貢献が正当に評価される設計にすることで、失敗を恐れずに意見を出したり、新しい仕事に手を挙げたりしやすくなります。

――日常のコミュニケーションで重視すべきことはありますか?

石井氏:上司から部下へ「手を挙げてくれて助かった」「失敗はしたけれど、よく挑戦してくれた」と声をかけている様子が周囲にも聞こえれば、「このチームでは挑戦する行動が歓迎されているんだ」と伝わるでしょう。

評価への納得感も、コミュニケーションによって変わります。上司から「あなたの仕事をこう見て、このように考えたから、この評価にした」と説明されれば、多少低い評価でも納得できることがあります。反対に、評価が高くても「上司は自分たちの仕事を見ていない」と感じれば、エンゲージメントの低下や離職につながりかねません。

制度で評価の観点を定めるだけでなく、対話を通じて運用してこそ、実態のある評価になります。

――業務プロセスには、どのような工夫を組み込めますか?

石井氏:まず、会議の目的を明確にすることです。決定事項を伝える会議なのか、参加者からアイデアを集める会議なのか、意見を交わしながら意思決定する会議なのか。目的によって、参加者に求められる発言は異なりますよね。

ところが、実際には「今日は定例会です」とだけ伝えられ、何を期待されているのかがあいまいな会議も少なくありません。決定事項を伝える場であれば、参加者が別案を出す必要はありません。一方、議論する場だと明示されていれば、ドラフト案に対する懸念や提案を出しやすくなります。

1on1でも、最初に「今日は話を聞いてほしいのか、アイデアが欲しいのか、何かを決めてほしいのか」とメンバーに目的を確認するとよいでしょう。「今日はとにかく聞いてほしい」と言われたら、上司はすぐに助言せず、まず話を聞くことに徹する。会議や1on1の目的を最初に定義するだけでも、コミュニケーションのすれ違いを減らせるはずです。

定例会で意見が出ないのは、メンバーのせいじゃない。率直な対話を生む「目的のひと言」と、心理的安全性のつくりかた

心理的安全性は、日常の仕事に組み込んだ「小さな約束」を守ることから始まる

――限られた予算やリソースの中で取り組む中小企業は、何から始めればよいでしょうか?

石井氏:管理職や経営者が、「メンバーから出た意見をまず受け止める」と約束してみてはどうでしょうか? これなら、予算をかけずにすぐ始められます。

ここで注意したいのは、全ての意見を「受け入れる」わけではないということです。A案、B案、C案が出たとき、全案を採用した折衷案をつくれば現場の仕事があふれてしまいます。「今回はB案を試す」と決めれば、A案とC案は採用されません。しかし、意見を受け止め、その発想に至った背景を聞き、そして、それでも今回は不採用とした理由を丁寧に説明することはできます。

極端な例ですが、「週休4日にしてほしい」といった、すぐに実現するのは難しい要望が飛び出すかもしれません。これもそのまま受け入れる必要はありません。ただ、「それほど休みが必要だと感じるのは、かなり疲れているからでしょうか。状況を教えてください」と聞けば、要望の背景にある問題を捉えられます。意見を笑ったり、無視したりせず、まず受け止めてもらえる。その実感が、次の発言につながります。

――発言時のルールを定める方法も有効でしょうか?

石井氏:有効ですが、ルールを増やし過ぎると覚えられません。「これだけは実践する」というものを1つ、多くても3つ程度に絞り、推進するリーダーが率先して行動することが大切です。

ある鉄道会社の例では、部下が「確認ですが…」と話し始めたら、上司は必ず「確認ありがとう。どうしたの?」と返すルールを取り入れています。鉄道の現場では、いざというときに運行を止める判断が人命を守ります。一方で、運行を止めれば経済的な損失も生じるため、その判断には大きな責任が伴います。特に若手が上司へ「今は止めたほうがよい」と伝えるのは簡単ではありません。

そこで、「少なくとも最初のひと言では叱責されない」とシンプルにルールを決めたわけです。結果、若手から懸念を伝えられる機会が増えたと現場の管理職は実感しています。

――仕組みとして取り入れられる方法が他にもあれば、ぜひ教えてください。

石井氏:「3割レビュー」という会議を設ける方法があります。経営者や役員に資料を提出する際、完成品だけでなく、想定問答や補足資料までつくり込んでいる企業がありますよね。しかし経営者が実際に求めているのは、概要をまとめた1枚の資料だけかもしれません。このすれ違いを放置していると、作成者が誤った方向に労力を費やし、無駄な時間を使うことにつながってしまいます。

そこで、完成度が3割ほどの段階で大きな方向性だけを確認する「3割レビュー」会議を行うのです。この場では、資料の線の引き方などの細部は指摘しないと約束することが重要です。「粗い状態でも出してよい」「細部ではなく方向性を確かめる会議だ」と共有できれば、相談のハードルと、資料作成にかかる無駄な負担を減らせます。

心理的安全性は、現場へ「つくりなさい」と指示して生まれるものではありません。会議の進め方や最初のひと言など、日常の仕事に小さな約束を組み込み、その約束を繰り返し守ることから始まります。人事、管理職、経営者、そしてメンバー一人ひとりがこの意識を持って実践すれば、組織は少しずつ変わっていくと思いますよ。

定例会で意見が出ないのは、メンバーのせいじゃない。率直な対話を生む「目的のひと言」と、心理的安全性のつくりかた

【取材後記】

石井さんの話を聞いて強く印象に残ったのは、心理的安全性が「壮大な制度や特別な施策でつくられるものではない」ということです。「確認ありがとう」と返す、未完成の資料を出せる場を設ける。そんな小さな行動や約束の積み重ねが、職場の空気を変えていきます。心理的安全性の低い職場では、「相談するための資料づくり」に時間を費やすような場面が見られるのかもしれません。日々の何げないやりとりや、そこで交わされる反応を見直すことから始めたいと感じた取材でした。

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企画・編集/平尾千晶(doda人事ジャーナル編集部)、岩田悠里(プレスラボ)、取材・文/多田慎介、撮影/塩川雄也

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