「破局はすでに起きてしまった」斎藤幸平が提唱する、気候崩壊と戦争の時代を生き延びるための“暗黒社会主義”とは
「破局はすでに起きてしまった」斎藤幸平が提唱する、気候崩壊と戦争の時代を生き延びるための“暗黒社会主義”とは

酷暑が続いている。日本でも40度の気温を記録する日が珍しくなくなった。

気候崩壊はすでに不可逆の段階に入り、世界は「フェイズⅡ」へと踏み込んだのだ、と経済思想家・斎藤幸平は言う。成長と安定を前提とした近代の枠組みが崩れる中、選民的な終末論が台頭しようとしている。深い絶望を出発点に、それでもなお生き延びるための思想と構想を斎藤幸平とともにさぐる。

終わらない危機への「深い絶望」

──新著『人新世の「黙示録」』(集英社)からは、現在の状況に対するきわめて強い危機感が感じられました。タイトルにある「黙示録」も終末論的な響きがあります。あえてこうした言葉遣いに踏み込んだのはなぜでしょうか。

斎藤幸平(以下同) それはやはり、現状に対する深い絶望があるからです。コロナ禍の中で『人新世の「資本論」』が出て、想定以上に多くの読者に受け入れられました。当時、私が期待していたのは、日本でも世界でも、コロナ禍での混乱を踏まえて社会が反省し、少しは良い方向に進むのではないかということでした。そこで前著では、私たちは文明と野蛮の岐路に立っているという認識を提示したうえで、「脱成長コミュニズム」という新たな社会像を構想しました。

しかし、この5年間を振り返ってみると、「ビルド・バック・ベター(より良い復興)」のような動きは早々に潰されてしまい、ウクライナとロシアの戦争、ガザのジェノサイド、そして現在も続くアメリカ・イスラエルによるイランへの攻撃など、力によるむき出しの支配が横行しています。厳しい環境の中で「自分たちが良ければいい、自分たちだけが生き残ればいい」という気候ファシズムの未来へ、どんどん足を踏み入れてしまっていることに深い絶望を感じたのです。

『人新世の「黙示録」』はドイツに一年、滞在して書いていたのですが、最先端の気候変動問題の知見や社会運動から学べるという見込みでした。

しかし、時期がちょうどイスラエルによるガザ侵攻と重なり、ドイツでさえ、イスラエルを擁護する欺瞞的な対応をとったことに強い落胆を覚えました。

もはや、ある種の野蛮は避けられない。しかし、諦めたらそのままファシズムに飲み込まれてしまいます。そうではない道を探ろうとして書き上げたのがこの本です。

──本の中で「文明の危機は気候崩壊によって、フェイズⅡに突入した」と語られています。これは斎藤さんの状況判断ということですか。

そうです。気候変動に関しては、パリ協定で定めた「1・5度目標」「2・0度目標」がうまくいくか、いかないかという危機の段階が「フェイズⅠ」でした。2020年代前半は、資本主義の経済成長至上主義を自発的に手放し、気候崩壊を防ぐことができたかもしれない最後のチャンスでした。

しかしすでにパリ協定は実質的に破綻し、私たちは不可逆的な形で地球の限界を大きく超える時代に突入していきます。事態が悪くなったきりの、絶対に戻れない状態が「フェイズⅡ」です。もはや、経済成長を続け、物質的な豊かさを享受するという「近代社会の大前提」が維持不可能になってしまったわけです。

「暗黒啓蒙」への対抗

──今のアメリカ政府とテック企業が癒着して進んでいく先には、終末ファシズムが待ち受けていると指摘されています。

世界はすでにこの「フェイズⅡ」に向けて動き出しています。トランプや、彼を支持するイーロン・マスク、ピーター・ティールといったテック業界の大富豪たちは、すでに気候崩壊の危機を見据え、自分たちだけが生き残るための適応策をハイスピードで進めています。

これまでの30年間は、グローバル化を進め、新しいフロンティアを開拓して経済を成長させ、それに合わせて資本主義を広げていくという時代でした。そこには建前上ではあれ、成長が無限に続き、未来はますます良くなっていくという世界観がありました。しかし、その建前の世界観すら終わったのが現在です。地球環境は劣化し、資源制約が強まっています。土地や水など、新しい地球環境に適応するために必要な資源を、人間は人工的に作れません。

その限られた環境の中で、「いかに自分たちの快適な生活を露骨に守るか」という時代が、彼らの見据える「フェイズⅡ」の世界です。アメリカはテック企業も含めて、世界の秩序を大きく変えようとしています。「みんなが無理なら、俺たちだけにしようぜ」というのが選民的な終末論であり、それが切り捨てや分断を深めていきます。

私たちはまずそこに向けて認識をアップデートし、どう抗っていくのかを考えなければならない地点に来ています。それをやらなければ、選民ファシズムになってしまう。



「フェイズⅡ」は確かに受け入れなければなりません。未来は暗く、もはや安定的な成長は見込めません。これは近代の啓蒙思想からの大きな転換です。しかし、それが必ずしも一部の人間だけが生き残る選民的な終末になる必要はありません。現在、哲学者のニック・ランドやカーティス・ヤーヴィンなど、テック系の選民思想家たちが提唱しているのは「暗黒啓蒙」ですが、私が目指すのは、人命の生存を最優先する「暗黒社会主義」です。

──ピーター・ティールたちの黙示録的な認識自体は正しいと?

ええ、ティールたちはアメリカのリベラルや民主党よりも現実をしっかり認識している部分があります。資本主義の進歩が終わり、有限な地球での無限の成長の余地はなくなりつつあるという認識自体は正しい。ただ、「だから俺たちで全部、囲ってしまおうぜ」という結論には絶対に同意できません。

しかし同時に、この暗黒さを根本に据えない限り、正しい解決策を導き出すことはできないのも確かです。「資本主義を倫理的にすれば、まだ成長できるし豊かになれる」という哲学者マルクス・ガブリエル的な処方箋は、希望を与える一時的な鎮痛剤としては有効かもしれませんが、現実の否認であり、欺瞞でしかない。成長も民主主義も可能だと言いながら、都合がいい時はロシアを非難しつつ、ガザは見捨て、アメリカにくっついていくヨーロッパのやり方では選民ファシズムを避けることはできない。

だからこそ、「暗黒社会主義」という、ぎょっとするような暗い言葉をあえて使いながら、ある種のニヒリズムではなく、現実を認識することで初めて見えてくるものを突き詰めて考えたのです。

マルクスの「レント資本主義」

──「資本主義はすでに死んでいる」と論じたヤニス・バルファキスの『テクノ封建制』(集英社)を引きながら、「いや、実際にはまだまだ資本主義だ」と批判しているくだりも読み応えがありました。

今のテック企業の儲け方は、例えばUberのプラットフォーム上でドライバーと乗客のマッチングをしてやるから、売り上げから2割を払え、というようなものです。Uber自体は運転をしませんが、マッチングの場を独占することで、「ショバ代」をかすめ取るビジネスが広まっています。バルファキスは、ユーザーである「クラウド農奴」からデジタル空間上の地代(レント)を徴収するようなビジネスがメインになった経済を「資本主義ではなく封建制だ」と主張しました。

しかし、これは普通におかしい。封建制は技術的革新もなく、貴族が土地を独占して伝統に基づいて農民から搾取する牧歌的な社会です。一方、現実のGAFAMはデータセンターに莫大な投資をし、技術革新にしのぎを削っています。新しいフロンティアを切り開き、労働者を資本のために使い尽くすという原理自体は全く変わっていません。

バルファキスが言うようにレントが支配的になっているのは事実です。しかし、実はマルクスも『資本論』の3巻の最後で、資本主義的なレントを分析しています。希少な資源を資本が独占し、アクセスフィーなどを徴収していく経済のあり方をマルクスもレントと呼んでいる。それに倣えば、プラットフォームが私たちの知識や作品を独占して囲い込み、レントを払わせるビジネスは「レント資本主義」と呼ぶべきです。

──マルクスはお見通しだったと?

そう読めます。

マルクスは資本主義の発展を「産業資本→商業資本→金融資本→レント資本」の順で叙述しました。すなわち、資本主義が実体経済でのフロンティアを開拓できず、独占して地代を払わせるレント資本主義は、資本蓄積が行き詰まった際に行き着く、資本主義の「最終的な姿」であることを意味しています。レント資本主義の中心であるアメリカを見れば、そのことは明らかです。

現在、S&P500のうちマグニフィセント・セブンと呼ばれるハイテク大手の7社だけが好調で、他の493社は停滞しています。富が一極集中するスーパー格差社会を食い止めなければ、彼らが思考や行動まで操る社会になってしまいます。

ハイエクの呪縛を解き放つ民主的計画

──今回の本では、最大の論敵としてフリードリヒ・ハイエクの思想を詳細に検討しています。ハイエクに標的を絞ったのはなぜですか。

新自由主義はもう終わりだということは、保守派の佐伯啓思さんや松原隆一郎さん、左派の松尾匡さんなど、様々な人がすでに指摘しています。しかし、多くの人は「新自由主義はダメだけど、ハイエクが言うように計画しすぎて市場を否定するのも良くないから、いい感じの資本主義にしよう」というマイルドな話で止まってしまう。ハイエクの自生的秩序は、保守派にとっても左派にとっても、いい塩梅の話なんです。

私は、資本主義そのものを問題視するためには、ハイエクまで批判しなければならないと思いました。ハイエクは「計画か市場か」という二択を突きつけ、「計画は隷属への道であり全体主義につながる」と、自生的な市場を擁護しました。そして現実の世界でも、ソ連の計画経済は失敗に終わった。

その結果として、私たちは、市場以外の想像力を働かせることができなくなってしまいました。

ところが、コロナ禍では市場にブレーキをかけ、国家が介入しなければ命を守れませんでした。市場だけではうまくいかなくなっているのに、いまだにオルタナティブを示せないのは、この「ハイエクの呪縛」のせいです。実際には、資本主義の下でも様々な計画が行われてきましたし、ソ連型ではない社会主義的計画も存在します。ハイエクが見えなくしてしまった「新しい計画の道」を開くことが、この本の大きな狙いの一つです。

──それに対して、ハイエクと同世代のオットー・ノイラートを「計画経済」という点から再評価しています。

ノイラートは論理実証主義のウィーン学団で活動し、ピクトグラム(絵文字)の元祖のようなものを考案した非常に幅広い思想家・実践家です。

彼は1920年代の「赤いウィーン」と呼ばれる時代に、貧困や失業、疫病が蔓延する中で公営住宅を増やすなど、社会民主党のマルクス主義者たちとともに「計画」という概念を洗練させていきました。彼は、価格にすべてを還元してしまう市場が、外部の情報や制度の問題を見えなくしてしまうことを問題視し、現実世界の多元的な価値を保ったまま議論し、多様な参加者の意見を反映させていくことこそが民主主義だと主張しました。

ところが、同時代にウィーンにいたハイエクはこれが気に食わず、のちに一連の計画批判論を展開してノイラートをこてんぱんにしてしまいました。その結果、計画という概念は切り捨てられてしまったんです。

現在、英語圏ではノイラートを再評価し、官僚的なソ連型ノルマ主義ではなく、デジタル技術や暗黙知を活かした「民主的計画」を実現しようとする議論が盛り上がっています。その機運はアレクサンドリア・オカシオ=コルテスなど、アメリカの社会主義を掲げる人たちにも影響を与えています。

中国が計画的にAIや高速鉄道網をつくり上げているのに対し、アメリカは産業が空洞化しブルシット・ジョブ(無意味な仕事)ばかりになっていることへの批判として、「民主的計画をもっとやれば、再エネも増やせるしアフォーダブルな住宅もつくれる」という議論が出ているんです。

一番危険なのは、私たちがぼーっとして国家が計画をしないままでいると、結局GAFAMなどのテクノ資本が我々の代わりに計算し、非民主的な計画を進めてしまうことです。AIが私たちの買うものや投資先、採用まで決めるようになれば、アメリカの利潤最大化に合わせたトップダウンの計画が関与しないところで行われてしまいます。だからこそ、私たちが主体的に参加し、社会の重要事項を反映した「民主的計画」を意識的に導入する構想をオープンに議論しなければなりません。

「緑の戦時経済」とエコロジー独裁の必然性

──『人新世の「黙示録」』のキーワードの一つに「緑の戦時経済」というものがあります。アメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃への報復措置として、今ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態にあり、深刻なエネルギー・物流危機に直面することが懸念されています。まさに現実の「戦時経済」がひたひたと忍び寄っている感じがします。

もともと「緑の戦時経済」という言葉は、ドイツの経済ジャーナリストであるウルリケ・ヘルマンが『The End of Capitalism(資本主義の終焉)』というベストセラーで提唱したものです。

彼女は、気候崩壊という非常事態を生き延びるために、経済成長を諦め、国家主導の計画経済によって意図的かつ急速に経済規模をダウンサイズさせることが必要だと説いています。そこで参照するのが、イギリスの戦時経済なんです。これまでの市場の自由に任せたやり方や、グリーン・ニューディールのような、経済成長を前提とした楽観的な環境政策では、もはや破局に間に合わないという危機感は、私も共有しています。

ただ、彼女の場合、「戦時経済の下でも私企業が競争し貨幣が存在する、資本主義は延命する」と、社会主義への転換を拒んでいます。

それに対して私は、資本主義のまま戦時経済に突入すれば、ますます格差が拡大し強者が総取りする環境破壊が進むと考えています。だからこそ、この危機をきっかけとして、資本主義的な利潤追求や搾取をなくしていく「社会主義版の緑の戦時経済」へ転換しなければなりません。

ホルムズ海峡が封鎖されて原油が枯渇するような瞬間がいつ来てもおかしくない中、どこを優先して配給していくのか、危機が来てからではなく今からしっかり議論しておくべきです。

──その社会主義版の戦時経済の構想として、上からの「エコロジー独裁」を提唱しています。「独裁」という強い言葉をどのように捉えればいいでしょうか。

エコロジー独裁は、スターリンや毛沢東のような一部の権力者が国民を支配する「暴政」や「専制」のことではありません。マルクスが「プロレタリアート独裁」という言葉を使ったのも、一部の人間の利潤が世界を覆う「資本の専制」を打ち破り、大衆が社会をつくり変えるための、より民主的な社会を考えるためのものでした。

戦時経済がそうであるように、危機が深まれば、「上からの介入」は自動的に要請され、不可避になります。これはコロナ禍やリーマン・ショックの時もそうでした。とすれば、私たちが考えるべきは「その上からの介入の仕方をどうするか」ということです。左派はフーコーや(ジョルジョ・)アガンベンのように、「生政治」や国家の介入をネガティブなものとして嫌がる傾向にあります。しかし、その結果として右派の陰謀論と呼応してしまうことも起きています。

私は、危機対応としてお年寄りや貧しい人を守るポジティブな生政治を考えるべきだと思っています。国家の介入をより平等主義的で、意思決定を参加型の民主的なものへとコントロールする準備をしておけば、ファシズムを防ぐ最終的な歯止めになりますから。

──レベッカ・ソルニットが描いた『災害ユートピア』(亜紀書房)のような自発的な相互扶助には期待できないでしょうか。

災害ユートピアは短期間、あるいは小規模だから起きるのであって、恒久的な欠乏経済では、万人の万人に対する闘争のような自然状態が戻ってきてしまいます。そうなれば、自発的な助け合いや思いやりの精神は機能しなくなり、弱肉強食の資源の奪い合いに発展してしまうリスクが高い。それを防ぐためにこそ、緊急措置的なエコロジー独裁について議論しておかなければなりません。

──本の中では、2050年までにエコロジー独裁を打ち立て、2080年頃に暗黒社会主義が完成するというビジョンが描かれています。戦時経済が終わったあとも、前著で語られた「ラディカルな潤沢さ」は維持できるのでしょうか。

1920年代の「赤いウィーン」がやったことはまさにそれです。第一次世界大戦後に困窮していたオーストリアの欠乏経済の中で、ウィーンは「ラディカルな潤沢さ」を目指しました。物質的な制限があるからこそ、コモン(共有財産)や相互扶助、ケアの場所を作り出すことで、不安に駆り立てられてファシズムや命の選別に向かうのを防ぎ、社会全体を維持していきました。

誤解しないでほしいのですが、この本は前著で主張した「脱成長コミュニズム」の否定ではありません。下からのコミュニズムが不要だと言っているわけではなく、ラディカルな潤沢さや脱成長はますます重要性を増していきます。ただ、危機が不可逆的な形で進んでしまった現状をはっきりと認め、私自身もとらわれていた、ハイエクの「自生的秩序の呪い」を意識的に乗り越えようというのが本書の提案です。

思想書として、あえて「独裁」や「黙示録」といった過激な語彙を使うことで、実際の政策議論ではできないような限界までの思考実験を行い、社会を違う視点で見られるようにしています。

私は危機を待望しているわけではありません。しかし、破局はすでに起きてしまった。その不可逆的な変化が恒久的に起きる世界において、私たちがいかにファシズムを避け、ともに生き延びていくか。ポジティブな変化はこうした状況においても多様にありうるということを、この本を通じて強く伝えていきたいと思っています。

インタビュー・構成/斎藤哲也 撮影/樋口 涼
※「kotoba」2026年夏号に掲載

人新世の「黙示録」 

斎藤 幸平
「破局はすでに起きてしまった」斎藤幸平が提唱する、気候崩壊と戦争の時代を生き延びるための“暗黒社会主義”とは
https://amzn.asia/d/06p3APGk
2026/4/61,870円(税込)320ページISBN: 978-4087370102

【戦争と選民ファシズムの時代が到来。「世界の終わり」を生き抜くための羅針盤!】

世界的ベストセラー『人新世の「資本論」』続編!!

資本主義が招いた気候崩壊。そこから世界は極度の欠乏経済へ。奪い合いの不安のなかで、他者を切り捨てる「選民ファシズム」が蔓延し戦争も次々と勃発する。破滅への行進をどう止めるのか? 気鋭の経済思想家が、その秘策を提示する!

【各界が絶賛!】
■落合陽一氏(メディアアーティスト)
久しぶりに赤線を引きながら唸った。反論したい箇所ほど面白い、稀有な本。
■三牧聖子氏(国際政治学者)
飽くなき技術革新が人類を救う――
そう囁くテック・エリートが造る「ノアの方舟」にあなたの席はない。
普遍的な人類の救済へ、ラディカルな希望をつなぐ書。
■國分功一郎氏(哲学者)
「暗黒社会主義」の衝撃。この絶望的な提案が、私たちの大きな希望になる!
■柄谷行人(思想家)
資本主義の暴走による諸システムの崩壊により、少数の富裕層以外は地獄のような苦境に追いやられ始めているという著者の絶望を私も共有している。本書が提言する、新たなる「計画経済」「プロレタリア独裁」の行方を見守りたい。

【おもな内容】
・気候崩壊によって世界は欠乏経済へ
・なぜ、戦争が止まらない時代になったのか?
・「選民ファシズム」にどう対抗するのか?
・テック・エリートたちは「世界の終わり」にどう適応しようとしているのか?
・欠乏と格差を固定化させるテクノ資本主義
・不安の悪循環を逆回転させ、「破局」の時代を共に生き抜くための切り札とは?

【目次】
はじめに――未来はファシズムだ!
第1章:気候崩壊による恒久欠乏経済
第2章:テクノ資本主義で進むファシズム
第3章:「世界の終わり」と加速主義
第4章:計画経済が全体主義を連れてくるのか
第5章:「ハイエクの呪縛」を解くために
第6章:デジタル社会主義は可能か
第7章:ハイエクの盲点と「緑の戦時経済」
第8章:晩期マルクスの独裁論
第9章:エコロジー独裁への道
第10章:暗黒社会主義という希望
おわりに――名もなき者たちの「黙示録」

人新世の「資本論」 増補新版

斎藤 幸平
「破局はすでに起きてしまった」斎藤幸平が提唱する、気候崩壊と戦争の時代を生き延びるための“暗黒社会主義”とは
人新世の「資本論」 増補新版
2026/4/61,980円(税込)352ページISBN: 978-4087370096

【「人新世」シリーズ累計57万部突破(2026年3月時点)&
19言語に翻訳された世界的ベストセラーに
あらたに「補考」を書き下ろした完全版!】

人類の経済活動が地球を破壊する「人新世」=環境危機の時代。
気候変動を放置すれば、この社会は野蛮状態に陥るだろう。
それを阻止するには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければならないが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるのか。いや、危機の解決策はある。
ヒントは、著者が発掘した晩期マルクスの思想の中に眠っていた。世界的に注目を浴びる俊英が、豊かな未来社会への道筋を具体的に描きだす!
続編『人新世の「黙示録」』へのブリッジである、あらたに書き下ろした補考「オーバーシュートと進歩の終わり」を収録した完全版!

【各界が絶賛!】
■スラヴォイ・ジジェク氏(哲学者)
生き延びたい人には、必須の書だ。
坂本龍一氏(音楽家)
気候危機をとめ、生活を豊かにし、余暇を増やし、格差もなくなる、そんな社会が可能だとしたら?
■水野和夫氏(経済学者)
資本主義を終わらせれば、豊かな社会がやってくる。だが、資本主義を止めなければ、歴史が終わる。常識を破る、衝撃の名著だ。
■ヤマザキマリ氏(漫画家・文筆家)
経済力が振るう無慈悲な暴力に泣き寝入りをせず、未来を逞しく生きる知恵と力を養いたいのであれば、本書は間違いなく力強い支えとなる。

【おもな内容】
はじめに――SDGsは「大衆のアヘン」である!
第1章:気候変動と帝国的生活様式
第2章:気候ケインズ主義の限界
第3章:資本主義システムでの脱成長を撃つ
第4章:「人新世」のマルクス
第5章:加速主義という現実逃避
第6章:欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
第7章:脱成長コミュニズムが世界を救う
第8章:気候正義という「梃子」
おわりに――歴史を終わらせないために
補考:オーバーシュートと進歩の終わり

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