「森保監督には誰も何も言えない」メディアも身内も批判を避けた4年間…ブラジル敗戦を招いた日本サッカー界の構造
「森保監督には誰も何も言えない」メディアも身内も批判を避けた4年間…ブラジル敗戦を招いた日本サッカー界の構造

日本サッカー協会(JFA)は7月23日、サッカー日本代表の森保一監督の半年間の続投と、アジア杯以降の大岩剛監督の就任が発表された。世間の関心は監督選びのプロセスとその意図に向かい始めている。

 

確かに、来年1月に始まるアジア杯まで森保監督の契約を延長し、その後に2028年ロス五輪を目指すU-21日本代表の大岩監督がA代表を兼任するという決定には、ツッコミどころはある。

 

ただ、その前にまずは、カタールW杯から今回の北中米W杯までの森保監督の功績について、メディアとの関係から振り返ってみたい。

森保監督は、ある意味では被害者

この4年間の森保監督は、被害者だった。最終的には、自身の偉大な功績に翻弄されてしまったのだから。

2022年の年末、カタールW杯が終わって間もない時期に森保監督の続投のニュースが出たとき、今回のような疑問の声は少なかった。それは森保監督が日本代表監督として初めて、W杯の舞台で、W杯優勝経験国を破った指揮官だったから。しかも、ドイツとスペインという2つの優勝経験国を倒している。それゆえに評価が大きく高まったのは当然の流れだった。

それ以降、森保監督の独占インタビューの機会を得ることや、それを元にした書籍を作ることは活字メディアにとって大きな価値が出た。雑誌や新聞は以前よりその影響力が弱くなって読者数で価値を測ることが難しい時代になり、ビュー数が把握できるWebの記事は公開のタイミングに左右される。

そんな時代に「素晴らしい実績を持つ」代表監督のインタビューが掲載できれば、そのメディアが“頑張った”証拠になる。

そして、森保監督には「日本サッカーの発展に寄与したい」という熱い想いがあるから、白や黒で判断できない混沌とした状況が生まれた。森保監督に厳しい問いを向けるようなメディアが少なくなってしまうのは必然だった。

偉大な功績を残したことは、完璧な仕事をしていることを意味するではないのだが……。

デイリー新潮が北中米W杯期間中に配信した「森保氏を“批判できない空気”が流れている」と題した記事は、決して的外れなものではなかった。

なお、本稿はそうした論調の他のメディアを「外」から批判するつもりは一切ない。筆者もメディアの一員で、「中」の人間である。この状況を招いた責任を感じているし、猛省しないといけない。

「それはあなたが監督になった時に」

そもそも、最近は聖人君子や良い人というイメージのついた森保監督だが、職務中に熱くなることはよくあった。

東京五輪でメダルを獲得できずに終わった後のエピソードは有名だ。

2021年11月、カタールW杯のアジア最終予選で日本代表が苦戦を強いられていた時期に配信されたSportivaの記事でフリーライターの浅田真樹が以下のように回想している。

森保監督について言うと、オリンピックが終わったあとのメディア対応で、ある記者さんが『もうちょっとメンバーを代えたほうがよかったんじゃないのか』という質問をしたら、『それはあなたが監督になった時にやってください』と言っていた。そう言われちゃうと身もふたもない

※日本代表、ベトナム戦&オマーン戦の結果と内容次第で森保監督の去就が決まる可能性(2021年11月10日配信)

なお、ここで言及されているのは、2021年の東京五輪が終わったタイミングで、あのときの代表チームを長く取材してきた通信社の記者からの質問への答えだったという。ちなみに、筆者も別の機会で、ほぼ同様に「ミムラさんが監督をやったときに……」と返されたことがある。

ただ、当時と、カタールW杯後の4年間では、決定的な違いがあった。筆者が把握している範囲では、東京五輪当時、森保監督の応答について「さすがにあの回答は良くない」といさめたり、たしなめるような記者が少なくとも2人はいた。そして、そうした記者はカタールW杯のときにもまだ現場にいた。

しかし、様々な事情から、今大会に彼らはいなかった。カタールW杯後の4年間の多くの試合で、彼らが現場に来ることはなくなっていた。

もちろん、森保監督と信頼関係で結ばれ、指揮官を陰で支える記者はいた。ただ、指揮官が代表で実績を積み重ねていくなかで、耳の痛い指摘をしづらい構造には拍車がかかった。

外部の視点から森保監督に、ときに厳しい助言ができる存在がほとんどいなくなってしまったのは、森保監督にとって不運だった。

メディアが指摘できなかった森保監督の課題

ちなみに、身内であるJFAにも、森保監督をしのぐ成績を残した指導者などおらず、ある種のアンタッチャブルな存在になっていた。その状況も森保監督にとっては、結果的に、厳しい状況を招いた。

もしも日本代表が、森保監督の就任以前にもっと多くの功績を残していたら、森保監督にとって耳が痛くとも、血や肉となるような厳しいアドバイスを送れる人はいたはずだ。

他にも、「周囲にいさめる人がいたら……」と感じられる振る舞いは多々あった。森保監督がW杯を終えて帰国してすぐに行なわれた記者会見で、宮本恒靖会長が大会後の監督人事について質問を受けたときにほくそ笑むような表情を浮かべたり、先日の契約延長会見でも同様の表情を見せ、日本サッカー協会の価値をおとしめるようなアクションを起こしたのもそうだ。

【会見全編】日本代表・森保監督が帰国会見 采配への〝悔い〟や今後の去就について言及(サンスポ)

また今大会中には、チュニジア戦前日の記者会見で、筆者が質問をする順番を当てられたタイミングで、大きなため息をついて見せたことで波紋を呼んだ(スポーツライターの木崎伸也が映像メディア「PIVOT」内で、別の理由で森保監督が苛立っていたという説を紹介しているが、いずれにしても世界中が注目する大会中の公式記者会見での振る舞いとしてはほめられたものではない)。

何より、キャプテンの遠藤航の離脱を発表したタイミングで、自身がメディアの前では説明せず、山本昌邦技術委員長に説明させたこともそうだ。山本委員長も「監督の決断」であると認めていたとおり、監督には決断をする権利がある。

しかし、オランダ戦前日のFIFAによって定められた記者会見まで沈黙を貫いたのは、遠藤への誠意を欠いていた。あの決断からオランダ戦当日まで、遠藤離脱後のチームマネージメントについて毎日、口を開いていた板倉滉の誠実な姿勢とは、あまりに対照的な監督の振る舞いだった。

結局、チームの内外で森保監督に「そうした行動は良くない」と説得したり、助言をする人が十分にいなかったのは、監督本人にとってプラスに働くことはなかった。

そして今大会の森保監督の決断でいえば、選手選考、戦術起用、試合中の采配などで多くの課題を露呈させた。本大会に至るまでに筆者を含めたメディアは、そうした課題にしっかり気づき、指摘しておくべきだった。その部分については、我々にも責任はある。

では、周囲から指摘されずに、“そのまま”になっていた課題とはどのようなものか。

それが如実に表れたのは、逆転負けを喫した最終のブラジル戦だった。前半に先制しながら、後半に相手が戦い方を変えてきたときに有効な手を打てず、逆転されてしまった。

実は、「相手が試合中に戦い方を変えてきたときに対応ができない」という森保監督への疑問は、2022年に行なわれたカタールW杯までは多く投げかけられていた。

しかし、あの大会の後は、森保監督をほめることがトレンドになり、そうした声はほとんど聞かれなくなった。トレンドが崩れたのは2024年、ダントツの優勝候補となって挑んだアジア杯にベスト8で敗退した後の1ヶ月間くらいだ。

ちなみにアジア杯で敗退を喫したイラン戦では、ロングボールを多用され、セカンドボールを拾えずジリ貧に。打つ術がないまま終了間際に失点、逆転負けを喫している。同大会ではその3試合前、イラクとの試合でもロングボール対策が課題となっていたが、有効な手を打てていなかった。

そもそも、森保監督が得意なのは、試合開始から上手くいかなかったときに、状況を大きく代えるような手を打つこと。

その手腕が輝いたのが、W杯優勝経験国を初めて破った4年前のカタールW杯のドイツ戦だった。昨年10月のブラジルとの親善試合も同様だ。

なお、そういうときに有効な手を打てる理由の一つが、代表選手たちの所属クラブのプレーを徹底的に見て、その組み合わせを代表戦で試すから。

そんな彼の仕事熱心さを象徴する有名なエピソードがある。森保監督は代表選手たちの所属チームでの映像を時間の許す限り見ることで有名だ。日本代表のコーチングスタッフの拠点は千葉県の幕張市にあるのだが、森保監督が作業に没頭するあまり、他のコーチ陣が先に帰りづらいという逸話まである。

森保監督は選手たちの所属チームでの動きをしっかり見ているため、頭の中でAという選手とBという選手を縦に並べたらこういう動きができて、Cという選手とDという選手を横に並べると、あのような動きが……といった形でイメージを膨らませられるという。

しかし、相手が打ってきた策をみて、試合中に対応するのは苦手とする。

ブラジル戦では、前半の日本は手堅い守備を武器に、非常に良い戦いを見せた。ただ、後半になって相手が戦術を変え、クロスを多用してくると、有効な対策を見出せないまま防戦一方になり、最後に逆転ゴールを許し、敗れてしまった。

結局、相手が状況を変えようと手を打ってくると、対抗策を見いだせないという傾向は4年以上前から度々、見られてきた森保監督の弱点だった。

しかし、前回のW杯からの4年間の大半では、「試合前に準備したプランが上手くいかなかったときに、状況を大きく代えるような手を打つ」手腕や、その得意な部分を伸ばすための取り組みを賞賛され続けてきた。

自戒を込めて繰り返すが、筆者も、その部分の解像度を上げ、適切な批判をすべきだった。その声にどれだけの効果があるかはわからないがーーあるいはほとんどないのかもしれないが――そうしたクリティカルな指摘ができなかったところにメディアとしての責任がある。そこは痛恨の極みだ。

メディアの仕事

ここから先、森保監督は超異例ともいえる3期目に突入する。しかも2027年1月開幕のアジアカップまでという、極めて異例の約半年間の“超短期”の契約となった。そして、その後は大岩監督が就任することまで決まっている。

なお、今後の代表監督の方針として、森保監督は、大岩監督と連携しながらも、任期中の選手選考や采配は最終的に自ら判断する考えを示した。実際、大岩監督の意向を色濃く反映し指揮をする可能性について問われたとき、森保監督はこう答えた。

「コミュニケーションは取りたいと思いますが、最終的には私の判断で決めたいと思っています(中略)。私の任期期間中は、コミュニケーションをしっかりと取りながら、最終的には私の判断で、チームマネージメントしていきたいなと思っています」

ともかく、この半年間の森保監督は、これまでの8年間とはまったく違う立場に置かれる。契約はアジアカップまでと区切られ、後任も決まっている。W杯を戦い抜いた監督ではなく、任期の終わりが見えている監督になる。

皮肉な話だが、そこにはひとつの可能性がある。この4年間、メディアを縛っていた構造そのものが、半年間だけ緩む。だとすれば、この期間こそ、外部の視点からの問いかけを取り戻せる時間になり得る。

代表監督を単に礼賛することも、盲目的に吊るし上げることも、メディアの仕事ではない。適切な距離から問いを投げ、答えを引き出し、記録として残す。そんな当たり前のことが、この4年間は十分にできなかった。

そして、その代償を最も大きく払わされたのは、ほかならぬ森保監督自身だったのではないか。

来年の3月、日本代表は大岩剛という新しい監督とともに2030年へ向かう。そのときにまた同じことを繰り返さないために、みんながメディアの役割を考え、声を上げていく必要がある。

7月27日、株式会社UDN SPORTSが森保監督とエージェント契約を結ぶことが発表された。日本の課題はヨーロッパの第一線で活躍する指導者が極端に少ないこと。このニュースは、同社のバックアップを受け、森保監督がヨーロッパ進出の準備を進めていくと理解すべきだろう。

このタイミングではさらに、マネージメント契約も同社と結んだ。メディアとの関係を含めて、様々なサポートを受けることになる。森保監督が、変わろうとしている準備を始めたことは最後に付け加えておく。

取材・文/ミムラユウスケ

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