プーチンを追い詰める裏で「仲間割れ」…ゼレンスキー「お友達内閣」権力闘争が勃発、国防相と軍トップ“両成敗”の内幕
プーチンを追い詰める裏で「仲間割れ」…ゼレンスキー「お友達内閣」権力闘争が勃発、国防相と軍トップ“両成敗”の内幕

ウクライナの猛反撃で窮地に立たされているロシアのプーチン大統領。しかしウクライナ側でも、静かな権力闘争が勃発している。

7月には首相に続き、国防相と軍総司令官が相次いで交代した。政権は国防の2大トップを入れ替えた理由について、表向きは軍改革の加速を掲げる。だが、政権内部を知る関係者は今回の人事劇をこう表現する。「学校のクラスと考えてほしい。大統領という学級委員の近くに座れた者が権力を握る」――。

ゼレンスキー「お友達内閣」で権力闘争勃発

ゼレンスキー政権では、能力や実績だけでなく、大統領との距離や側近同士の関係が人事を左右してきた。ミハイロ・フェドロフ国防相とオレクサンドル・シルスキー軍総司令官の交代は、戦後の政治秩序を誰が主導するかを巡る争いを映し出した。

全面侵攻後、非常時の意思決定を支えた側近政治は、長期戦の下で別の顔を見せ始めている。

軍改革、外交、復興、そして将来の選挙。人事では「誰が何をできるか」だけでなく、「誰が大統領の側に立ち、誰が独自の力を持つのか」が問われるようになった。そして、戦時体制の陰で進んできた権力集中の実態に市民が抗議の声を上げ始めた。

人事の連鎖は、7月の政権再編から本格化した。ユリア・スビリデンコ首相の退任に伴う内閣改造に続き、ゼレンスキー氏は16日、フェドロフ氏を交代させた。

国防相就任からわずか半年での出来事だった。

長距離攻撃の能力整備も進めた「改革派の象徴」を交代

フェドロフ氏は、無人機や人工知能(AI)を戦略の中核に据える改革派の象徴だった。

ウクライナ企業による多様な無人機の開発と導入を後押しし、前線での偵察や攻撃だけでなく、ロシア領内のエネルギー施設や兵站拠点を狙う長距離攻撃の能力整備も進めた。

改革は装備にとどまらなかった。兵員不足への対応や待遇改善に加え、軍需調達への競争入札導入や省内の管理体制刷新を試みた。本人は解任後、こうした調達改革が省内外の強い抵抗を招き、更迭の背景になったとの認識を示した。

無人機、電子戦、衛星通信、精密打撃を組み合わせる現代戦では、装備を増やすだけでは足りない。旅団や軍団の指揮統制、訓練、人事、調達を一体で見直す必要がある。だが、改革は戦場への対応力を高める一方で、既存組織の権限や予算、人事配分を根底から変える。

フェドロフ氏が進めた改革の速度と手法は、従来の指揮系統や利害と衝突した。

「革新的すぎたのは事実だ。だが、それだけが更迭の理由ではない」

本人も軍と戦争の進め方を巡って意見の対立があったと認めている。しかし、ウクライナ政府高官は断言した。

「ミーシャ(フェドロフ氏の愛称)が革新的すぎたのは事実だ。だが、それだけが更迭の理由ではない」

その後、シルスキー氏も交代し、後任にはミハイロ・ドラパティ氏が就いた。ゼレンスキー氏には、対立した一方だけを切るのではなく、双方を入れ替えることで国民の不満を抑え、立て直しを図る狙いがあったとみられる。

ただ、この「両成敗」は、政権が政策上の対立を調整しきれなかったことの裏返しでもある。軍改革を巡る衝突と政権内部の主導権争いは、きれいに切り分けられない。

改革によって既得権に切り込んだ人物が、大統領府から独立した政治的な力を持ち始めたとき、政策論争は権力闘争へと変わる。

解任の背景には、ゼレンスキー政権が発足当初から抱えてきた人事構造の問題がある。

2019年、コメディアンから大統領へと転身したゼレンスキー氏は、友人や旧知の側近を重用して政権を発足させた。「お友達内閣」との批判は当初からあったが、政治経験に乏しい大統領が信頼できる人材で周囲を固めることには一定の合理性もあった。

泥沼すぎる「お友達内閣」の崩壊

ロシアの全面侵攻後、その結束は非常時における迅速な意思決定につながった。しかし戦争が長期化するにつれ、大統領との個人的な近さが公的な権力へと転化し、独自の経路で国内外に影響力を築く人物との間で摩擦が目立つようになった。

その象徴が、長く大統領府長官を務めたアンドリー・イエルマーク氏である。外交や人事を幅広く取り仕切り、欧米との交渉にも深く関与した。

政権内外で「影の支配者」と呼ばれるほどの影響力を持つ一方、その強引な手法は多くの反発も招いた。

2025年11月、イエルマーク氏は解任に追い込まれた。政権の中で、イエルマーク氏批判の急先鋒だったのがほかでもないフェドロフ氏だった。

イエルマーク氏は解任後、汚職捜査の対象となり、国外に出られない状況に置かれた。

しかし、ゼレンスキー氏との個人的な関係や政権内に築いた人脈はなお失われていない。フェドロフ氏の交代を巡っても、イエルマーク氏が報復としてゼレンスキー氏に進言したとの見方は根強い。

公職を離れた側近がなお人事に影響力を持つとすれば、問題は個人間の確執にとどまらない。

「フェドロフ氏が戦後の大統領選を意識している」

正式な役職や制度の外側で意思決定が行われ、大統領への接近経路を持つ人物が権力を維持する構造そのものが問われている。

筆者がフェドロフ氏の交代説を初めて聞いたのは6月だった。当時、ウクライナ軍はロシア国内への無人機攻撃を拡大し、石油施設などに打撃を与えていた。その能力整備を主導した改革派の象徴を交代させるという情報には違和感があった。

だが同時に、「またか」との思いも拭えなかった。ゼレンスキー政権では、実績だけでは説明できない人事が繰り返されてきたからだ。

欧米との独自のパイプを築いた閣僚や、国民的人気を得た軍関係者は、能力を評価される一方、大統領府から独立した政治的存在になることを警戒されてきた。

その頃、「フェドロフ氏が戦後の大統領選を意識している」との観測も広がった。軍改革の実績や若い世代からの支持を背景に、将来の政治的地位を狙っているのではないかとの見方である。こうした観測が政権内で流布すること自体、実績を上げた閣僚が潜在的な競争相手とみなされる空気を示している。

フェドロフ氏の交代後、ゼレンスキー氏は側近のキリロ・ブダノフ大統領府長官らと対応を協議したとされる。元スパイのトップであるブダノフ氏は、シルスキー氏も交代させることで、フェドロフ氏だけを狙い撃ちしたとの印象を和らげるべきだと提案したという。

フェドロフ氏の交代後、キーウでは抗議活動

表向きは改革派と現場派を共に退けた「両成敗」でも、実際には、大統領府から独立した基盤を持ち得る人物を排除し、忠誠と影響力の線を引き直す作業だった可能性がある。

誰が解任されたかだけでなく、その後、誰が大統領の隣の席に座ったのかを見なければ、この人事の本質は分からない。

フェドロフ氏の交代後、キーウでは軍改革の継続や透明な意思決定を求める抗議行動が起きた。退役軍人や市民らが参加し、月末には数千人規模に広がった。人事への不満だけでなく、兵士の命を守る戦い方や調達の透明性、軍の立て直しを求める声が重なった。

市民が求めているのは、改革派か現場派かを単純に選ぶことではなく、何が失敗し、誰が責任を負い、改革を今後どのように続けるのかを説明することだ。

しかし、政権が「改革の加速」を掲げるだけでは、なぜ改革を主導した人物を外す必要があったのかという根本的な疑問には答えられない。

大統領選の早期実施を求めるトランプ大統領

人事の理由が曖昧なままでは、市民は政策上の必要性よりも、大統領への忠誠や側近同士の力関係が優先されたと受け止める。

その先には選挙問題がある。米トランプ政権は和平交渉を急ぐ中で、和平案を問う国民投票と大統領選を早期に実施する案をウクライナ側と協議してきた。報道では、5月中旬までの実施を求める圧力もあったとされる。

ただ、ウクライナ法は戒厳令下での大統領選を認めていない。前線の兵士、国外避難民、ロシア占領地域の住民に投票機会をどう保障するかという実務上の問題も残る。

選管関係者は準備に少なくとも半年程度を要するとの見方を示しており、戦闘が続く現状での実施は現実的ではない。

同時に、選挙の時期が見通せないからこそ、現在の人事が重要になる。誰が軍を掌握し、誰が欧米との交渉を担い、誰が復興資金や行政機構を動かすのか。

それは戦争遂行のための役割分担であると同時に、戦後の選挙をにらんだ政治的な陣地取りでもある。

今回の首相、国防相、軍トップの連鎖的人事は、軍改革を巡る単なる路線対立ではない。戦時下に膨張した権力を誰が握り、次のウクライナを誰が設計するのかを巡る争いでもある。

ゼレンスキー氏に問われているのは、実績を上げた人物をなぜ外し、その後に誰へ権限を与えたのかを市民に説明することだ。それができなければ、「お友達内閣」は非常時を乗り切るための結束ではなく、戦後の権力を囲い込む装置だったとの疑念を強めることになる。

文/東銀座コンフィデンシャル 写真/shutterstock

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