90年代の終わり頃、とある大学の映像学科に入学した直後、日本各地から集まった10代後半の男同士でそれぞれ好きな映画の話をしていた時のことだ。
みんな最初はそれぞれスカして見栄を張り、クエンティン・タランティーノやデヴィッド・フィンチャーやダニー・ボイルといった、当時のいわゆる「格好いいお洒落な映画監督」の名前を上げていた。
驚いたのはその場にいた10人弱の男子全員が、本作をテレビ放送時に観ていたということだ。
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』は、1993年にフジテレビ系列で毎週木曜の夜8時から放送されていた『if もしも』というオムニバステレビドラマシリーズの一作である。
あの『世にも奇妙な物語』のレギュラー放送終了後に始まった本番組は、タモリが語り手として登場。ストーリーの途中で分岐点があり、主人公はどちらかを選択。そのAパターン、Bパターン両方のエンディングが描かれる。
例えば当時30歳の岩井俊二が監督した『打ち上げ花火〜』の場合では、小学6年生の典道(山崎裕太)とクラスメイトの祐介(反田孝幸)がプールで50メートルの競泳勝負をして、勝った方が美少女なずな(奥菜恵)に花火大会に誘われる。
ここで視聴者は、典道がレース中に足を怪我するアクシデントで敗れ、なずなに誘われなかった物語をドラマ前半で体験し、直後に「あの時オレが勝ってれば…」という台詞とともに始まるドラマ後半部では、典道が競泳勝負に勝ってその夜の行動をなずなと共にする物語の両パターンを観ることができるわけだ。
驚きの展開もなく進む『打ち上げ花火~』
千葉県の海沿いの街を舞台にしたドラマの内容的には驚きの展開があるわけでもないし、何か決定的な事件が起きるわけでもない。両親の離婚に傷つくなずな、女の子に対するほのかな興味はあるものの、まだまだガキっぽい5人組の男子。
「花火って横から見たら丸いと思う? 平べったいと思う?」というどうでもいい話題で熱くなり、なら実際に今夜見て確かめようと少年たちは集まる。もちろん男だけで。彼らの世界の中心にあるのは、当時開幕したばかりのJリーグであり、スーパーファミコンであり、スラムダンクの最新巻である。
小学校高学年の男子というのは、可愛い女の子より大事な何かを持っている。
美少女なずなの登場、平和な世界観が崩れる
だが、そんな少年たちの平和な世界観はひとりの美少女なずなによって崩される。本作のなずな演ずる奥菜恵はアイドルムービーとしても完璧だ(特にラストのプールシーンは邦画史に残る名場面だと思う)。
そりゃあ同じクラスの男子は好きになるよなという説得力。「あんなブス好きなるかよ」なんて照れ隠ししながら、目では追ってしまうあの感じ。
ミステリアスで大人びてる美少女は、バスの中で典道が「家出? 家出してきたのか? なんでだよ」と聞くと、「家出じゃないわよ!駆け落ち、駆け落ちって言うのこういうの」と返してみせる。「ふたりで死ぬの?」とビビって聞く典道に「それは心中でしょ」と言い放つなずな。まるで大人と子どものやり取りだが、それこそが岩井俊二が本作で描きたかったことなのではないだろうか。
典道は彼女を通して外の世界(大人の世界)を垣間みるのだ。
岩井作品が苦手な人にこそ薦めたい一作
普遍的なテーマなので、今観ても『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の魅力は全く色褪せていない。それどころか、45分のドラマ版として作られた本作は、その後の岩井俊二の長編映画にありがちな冗長なシーンや回りくどい退屈な台詞がほとんどないため、『スワロウテイル』や『リリイ・シュシュのすべて』といった岩井作品が苦手な人にこそ薦めたい一作だ。
ちなみに93年8月26日の『if もしも』は「誘拐するなら男の子か女の子か」を放送予定だったのだが、その直前に本当に誘拐事件が起きてしまい、急遽『打ち上げ花火〜』に差し替え放送されたという。
本作は同年の日本映画協会新人賞を受賞。95年8月には再編集版が劇場公開された。そして、岩井俊二はこれをきっかけに、90年代の邦画界を代表する売れっ子映像作家として歩み始めることになる。
『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』TV放送日1993年8月26日
監督:岩井俊二 出演:山崎裕太、奥菜恵、反田孝幸、小橋賢児
キネマ懺悔ポイント:98点(100点満点)
美少女なずなを演じた奥菜恵は今年3月に9つ年下の俳優と自身3度目の結婚を発表。37歳になった今もなずなの魔性ぶりは健在の模様。
(死亡遊戯)
※イメージ画像はamazonより打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? [DVD]