『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の楽しそうなおじさん。

恐らく70年代以降に生まれた人にとって、故・松方弘樹の印象と言えば、いつもマグロを釣っている色黒のオヤジ、もしくは子どもの頃にテレビで見ていた「グラサン姿でビートたけしの横で笑っていた角刈りのおじさん」ではないだろうか。


全員反対したビートたけしとの共演


昭和の任侠映画の大スターで、バラエティ番組に有名俳優が出るような前例もない時代、周囲はたけしとの共演に全員反対したという裏話を知るのはずっと後のことだ。

1985年4月14日の第1回放送では、サングラスにスーツ姿で「部長」という肩書きで登場すると、松方は社長たけしの隣に座る。思わずたけしのギャグに吹き出すと、「今、笑いましたでしょ。2回笑っただけで150万円持ってく」と突っ込まれ、ハンカチで涙を拭いながら笑う松方。すると「これもギャラ入ってますからね。ハンカチ出すと30万円」と強面のイメージが強い大スター松方をたけしがイジリ倒す、緊張感を笑いに変える絶妙な掛け合いで伝説の番組はスタートした。

90年代の隠れた名作『流れ板七人』


松方弘樹と言えば、『仁義なき戦い』シリーズや70年代の東映ヤクザ映画ブームの立役者。それが90年代に入り平成に突入すると、ヤクザ映画も激減し、テレビドラマでの刑事役や時代劇での活動が多くなる。


いわば90年代は、役者・松方弘樹にとって決して恵まれていた時代ではなかったわけだ。そんな最中に制作されたのが、97年1月公開の『流れ板七人』である。原作は人気漫画『流れ板竜二』。花板の死と経営難で京都の有名料亭『ほこ多』に買収されかかっていた、東京の老舗料亭『閑日楼』の暖簾を取り戻すために立ち上がる七人の板前たちを描く本作。

物語の冒頭、閑日楼スター料理人の花板・松木精蔵(梅宮辰夫)は、自らの身体の異変に気付き、かつての弟子で岡山の田舎町で料理屋を営む梨堂竜二(松方弘樹)に手紙を書く。
ここで真っ黒に日焼けをして肉付きも良い梅宮がどう考えても明日死ぬようには見えないとか、体調を心配してくれる弟子の渡(東幹久)をいきなり「うるせぇ!」とぶん殴るパワハラが滅茶苦茶すぎる……とか突っ込み出すときりがないから先を急ごう。


とにかく梅宮演ずる松木は強引にあっさり急死、看板料理人を失った『閑日楼』は『ほこ多』に買収されかけ、調理師紹介所の女主人きぬ(いしだあゆみ)は梨堂竜二に助けを求める。そして、松木の弟子・渡の教育を託すと同時に、金沢のまほら温泉にある料亭『沢の家』を購入し、「打倒ほこ多」を目指し料理勝負を挑んで行くのである。

一般中年男性を演じた往年の松方弘樹


ちなみに「流れ板」とは日本全国を流れ旅する料理人のことだ。各地の特産品であらゆる料理を身体で覚えるプロ中のプロ。このゴルゴ13のような必殺料理人を54歳の松方弘樹が熱演している。ヤクザでも「元気が出るテレビ」のおじさんでもない一般中年男性を演ずる往年の松方の姿は必見だ。


本妻浅野ゆう子と女主人いしだあゆみの二大熟女が松方を取り合う渋い恋愛要素もしっかり抑え、東幹久、的場浩司、木村一八、酒井美紀といった当時の人気若手俳優たちも集結。
そしてなによりいい味を出してるのが、故・いかりや長介演ずる流しの箸売り喜八である。1万円もする箸を売り歩きながら「俺の隠し味は人生の苦労」なんて口にする胡散臭い元流れ板。この憎めないおじいちゃんが度々、梨堂をサポートする絶妙なストーリー。調理場には行き場を失った若い衆。そんな彼らを見捨てずに梨堂竜二は己の技術と経験を伝え、一本立ちさせるまでを描いてみせる。


誰も守ってくれず、己の腕一本で生きるすべての職人は消耗品である。そんな消耗品軍団を率いる松方弘樹は、まるで映画『エクスペンダブルズ』におけるシルヴェスター・スタローン的な立ち位置だ。料理人も役者もコメディアンも自分の代わりはいくらでもいる。それでも俺らはこれで生きてきた。いやこれからも生きてみせる。映画のラスト近く、箸売り喜八は梨堂と若い料理人達のチームを眺めてこう呟く。
「料理の命は人の心。金じゃ買えねぇ。貧乏で良かった」と。

70年代の映画スター松方とテレビスターいかりやがタッグを組んだ97年作品。いかりや長介は04年3月に72歳でこの世を去り、そして松方弘樹も今年1月21日に74歳でその生涯を閉じた。今こそ20年前の隠れた名作『流れ板七人』で彼らの生き様を振り返ってみてはいかがだろうか。



『流れ板七人』
公開日:1997年1月15日
監督:和泉聖治 出演:松方弘樹、いしだあゆみ、浅野ゆう子、東幹久、的場浩司、酒井美紀
キネマ懺悔ポイント:73点(100点満点)
いかりや長介と一緒にさりげなく加藤茶も出演。やたらと豪華な俳優陣だが、やはり映画序盤の辰兄こと梅宮辰夫と松方弘樹の師弟関係は涙なしでは見られない。
(死亡遊戯)


※イメージ画像はamazonより流れ板七人 映画パンフレット 監督 和泉聖治 出演 松方弘樹 東幹久 的場浩司 酒井美紀 藤田朋子 吉行和子 渡辺えり子 木村一八 浅野ゆう子 いしだあゆみ いかりや長介 他 1997年製作(製作国 日本)  パンフ プログラム