12月30日(月)に放送される年末特番「プロ野球戦力外通告~クビを宣告された男達」。TBSの菊野浩樹チーフプロデューサーに聞く、番組の歴史と取材秘話、後編です。
前編はこちら


《もし彼らがプロ野球の世界に戻れなかったとしても》

─── 今年の「プロ野球戦力外通告」、見どころはどこでしょうか?

菊野 毎年、戦力外通告を受けた人とその家族が、もう一度夢に向かって戦うという基本的なところは変わりません。ただ、野球界もますます厳しくなっている状況の中で、例年にも増してクビになった選手がもう一回プロ野球チームに入るというのは非常に厳しくなっている、というのは、取材をしていて感じることですね。その中で、今回は辻内崇伸(元巨人)、細山田武史(元DeNA)、山室公志郎(元ロッテ)、安斉雄虎(元DeNA)の4人を中心に構成する予定です。たとえばその中の山室さんは、トライアウト5日後に結婚することを決めていた。その状況からの彼の戦いを取材しています。

─── 実に、「戦力外通告」らしいドラマ性ですね。


菊野 一般社会がこれほど厳しい状況の中で、プロ野球の世界だけ甘いなんてことは当然ありません。でも、だからこそ彼らが苦闘しているところを、頑張っているところを見て、視聴者が少しでも勇気というか力が出るといいなぁと。毎回、考えることは同じなんですが。

─── 今回に限らず、特集する選手を選ぶポイントは?

菊野 「選ぶ」なんていうのは、もうおこがましいことで。

─── すみません。

菊野 特番になって10年、「ZONE」からさかのぼれば99年から継続していますので、15年近く続いてきたコンテンツです。
そのため、球界の中でも番組の存在が認知される様になりました。それ故、プロ野球選手の方々にとって、この番組の取材を受けることが、ある種の「決断」になってきてしまっている。つまり、この番組の取材を受けてしまうと、自分が最終的にプロ野球の世界に戻れたか戻れないかも、番組の中で告知することになるんですね。

─── 苦労する姿を見せたくない、戦力外された自分をさらしたくない、という人もいますよね。

菊野 さらに、クビになった、という精神的にも厳しい状況の中で我々の取材カメラが引っ付くという、異なる状況のプレッシャーを彼らに与えることにもなります。そのような中で「選ぶ」なんておこがましいことではなく、「受けてくださった」方を取材させていただいている状況ですね。
だからこそ、決断をして取材を受けてくださった方々には、テレビに出ることでちょっとでもプラスになればいいなぁと毎回思っているんです。

─── それは、具体的には?

菊野 取材を受けた人たちが後悔をしないような番組を作るということ。そして、もし彼らがプロ野球の世界に戻れなかったとしても、この番組に出たことで、野球以外の第二の人生を見つけやすくなる状況を目指す。今、心がけているのはその2つですね。実際、毎年番組が終わった後に、「もしプロ野球に戻らなかったらウチの会社で働いてくれないか?」という問い合わせが来るんです。僕らはそれを全て選手にフィードバックするようにしています。


─── たとえば條辺剛(元巨人)さんのうどん屋は、セカンドキャリアの典型として、この番組に出たからこそ認知されたことだと思います。

菊野 そうかもしれませんね。そしてもちろん、プロ野球に戻った人たちに関しては、色んな形で……たとえば「バース・デイ」という番組でその後を追いかけさせていただいて応援をする。変な話ですけど、「テレビに出演して苦闘する姿を画面に出す」。それって、視聴者にとってはその選手と感情を共有することになる。来年その選手がどこかのチームに行ったら「応援しよう!」となるじゃないですか。
そんな風に番組も選手を応援したいし、この番組に出て良かったなと思えるような番組作りをとにかく今は心がけています。


《「パチンコ代がぁ」と泣き言を言うディレクターも…(笑)》

─── 毎年ひとりはトライアウトを合格する選手が出ています。番組としての引きの強さを感じるんですが。

菊野 でも、ひとりも合格しなかった回が過去に一回ありました。その時はしんどかったですねぇ。でも、ドキュメンタリーで追いかけているので、合格するかどうかなんてもちろんわからないんですよ。
その中で毎回、最低でも5人くらい、できれば10人位を追いかけて、放送する時に3人か4人をピックアップする。でもそれは、他の人をカットするということではなく、「バース・デイ」というレギュラー番組の中で取材した成果を出させていただいて、「戦力外通告」という特番の中では紹介するのは3人か4人に絞る。その中から、できれば一人くらい合格する方をお伝えしたいなぁというのは、僕らの希望でもあります。

─── 過去の放送で、苦労した点や取材をする上での難しさは?

菊野 選手のそばに、ずっとカメラが密着して取材をする点ですね。トライアウトを受ける前までは練習に取り組む様子だったり、トライアウト前日の家族との団欒だったりと、ポイントポイントで取材をすることができるんですが、問題はトライアウトを受けた後なんですね。トライアウト後は、合格の電話連絡がいつ来るのかがわからない。でも、僕らとしてはその「電話」を撮りたいんですよ。これがなかなか大変で……。

─── 去年の放送でも、松本幸大選手の電話に合格の連絡が来る様子が描かれていました。

菊野 一週間ずーっと電話が鳴らないことだってある。その間、ずっと撮ってなきゃいけないわけです。ちなみに、この番組以外でもいろんなスポーツ番組や他局でも似たような企画を見ることがあります。見ていて一番違うと思うのは、他の番組の場合、トライアウト当日と、合否判定の後にインタビューを撮りに行く、という形で番組を作っていることが多いかなという印象を受けます。

─── はい。

菊野 その場合、インタビューだけなら、合格の3日後ぐらいに「合格した今の心境は?」と、30分程カメラを回せばいいわけです。でも、僕らは合否の電話を待っている選手の姿を撮らせていただきたい。選手の方々とこうした取材状況を許してくださるまでの信頼関係を構築するのは大変ですし、実際の労力も大変ですよ。

─── 想像するだけで大変そうです。

菊野 選手たちも結果を待っている間、もちろん一日中練習をしているわけじゃないんですね。練習のあと何をしているかといえば、喫茶店で新聞読むことがあれば、選手によってはパチンコに行く場合もあるわけですよ。当然、取材ディレクターもパチンコに付いて行くわけですが、お店に怒られてしまうので、隣に座って一緒にパチンコを打つわけです。結果、1日に2万も3万も注ぎ込んでずっとパチンコやってる、みたいな状況になる場合もあります。「パチンコ代がぁ」と泣き言を言ってくるディレクターもいるんですが、「いや、それでもお前一緒にいろ!」と(笑)。そして、電話がかかってくるとお店の外に出てもらってカメラを回す。というようなことが実際にありました。


《時代によっても年齢によって感じるところは変わってくる》

─── 10年続いたこの番組で、変わらないのがナレーションの東山紀之さんです。東山さんとは普段、この番組に関してどんな話を?

菊野 東山さんは、「ZONE」時代からナレーションをお願いしているので、今年で13年のお付き合いになります。東山さんもその間に結婚され、お子さんを持ち、と環境が変わる中で、東山さん自身もものの感じ方が変わっていると思うんです。その時その時にいろんな選手が出演するので、シーンによってはVTRを見ながら声を詰まらせてちょっと止まったりだとか、VTRを見入ってしまって「あ、読むの忘れちゃった!」という時もあるんですね。でもそれは東山さんに限らず、時代によっても年齢によって感じるところは変わってくるじゃないですか。

─── 家族ができるとこういうシーンでグッとなっちゃうとか。

菊野 独身だと、選手個人が頑張っている姿やバットを振り続けているシーンにグッと来る。それはひょっとしたら、東山さんも同じ役者としてストイックに戦っている部分とシンクロするのかもしれません。今は東山さんが色んな感情を持ってこの番組のナレーションを読んでらっしゃるんじゃないかなぁと想像しています。

─── 特番である「戦力外通告」とともに、「バース・デイ」も10年近く続いているんですね。

菊野 そうですね。11月に放送400回を迎え、来年が10年目になります。今回「400回記念」として、番組ナレーションを務める東山紀之さんのたっての希望で、横綱・白鵬関との対談を行っています。1月4日(土)にその対談を放送しますので、そちらもぜひご覧いただきたいですね。それにしても、「バース・デイ」が400回も続くとは思わなかったですねぇ。「ZONE」が200回くらいだったですからねぇ。

─── もう既に「ZONE」の倍の歴史を持っているんですね。

菊野 「バース・デイ」はありがたいことに、長く続けたことで認知もいただいています。でも、「バース・デイ」って、もともと考えていたタイトルは「あしたのジョー」だったんですよ。曲もアニメのあの曲を使って、タイトルCGをちばてつや先生に描いてもらって。そして毎回、オープニングは「今週の『あしたのジョー』は?」で始まる……。でも、結局「あしたのジョー」というタイトルにはせず、代わりに“挑戦者たちの誕生日”ということで、今の「バース・デイ」というタイトルになったんです。「あしたのジョー」のままだったら、どうなってたんでしょうかね?


《僕は希望に満ちた番組だと思って作っています》

─── 最後になりますが、この番組で今後も訴えていきたいことは何でしょうか?

菊野 不況と言われ、若者に不安が満ちているなどといろいろ言われている時代ですが、何だかんだ言っても人間、前を向くしかないなぁと。もちろん悩むことも大事なんですが、まずは、動いてみるしかない! と。

─── やらなきゃ何も始まらない。

菊野 以前、なでしこジャパンの澤穂稀さんがこんなことを言っていました。「やるかやらないか悩むってことは、本当はやりたいけど自分の中にいろんな理由をつけて色々考えてしまっている。だから、やるしかないんだよ!」と。つまり、悩んでいるくらいなら行動しなさい、ということを言っているんです。同様に、「戦力外通告」で取り上げる選手たちもクビになってしまって、でも、悩みながらもとにかく先に進もうとしている。厳しい時代だからこそ、僕らが普段悩んでいる中で、ヒントというか勇気みたいなものを感じることができるんじゃないかなと思います。

─── 今回も期待しています。

菊野 今年は12月30日(月)の夜10時~という、あまり遅すぎもせず、一番落ち着いて、1年を振り返りながら見られる時間だと思いますので、できれば家族で見て欲しいですね。タイトルからは希望がない番組のように思われるかもしれませんが、僕は希望に満ちた番組だと思って作っていますので。

「プロ野球戦力外通告~クビを宣告された男達」
12月30日(月)夜10時~ 全国TBS系でON AIR
<今回取り上げる主な選手>
辻内崇伸(25) 投手 大阪桐蔭高~巨人(高校生ドラフト1位)
細山田武史(27) 捕手 鹿児島城西高~早稲田大~DeNA(ドラフト4位)
山室公志郎(26) 投手 桐光学園高~青山学院大~ロッテ(育成)
安斉雄虎(22) 投手 向上高~横浜~DeNA(ドラフト3位)

(オグマナオト)