第9回「江戸のヒー様」3月4日放送 演出:野田雄介

いよいよ江戸へ
深夜のお夜食の作り方を紹介し、ひそかに人気の料理番組「きじまりゅうたの小腹がすきました」の3月放送の4本は「西郷どん」とのコラボ企画であった。
先日、私が観た回は「西郷どん」に有村俊斎役で出演中の高橋光臣が出て、肉を切りながら、吉之助(鈴木亮平)の右肩の負傷の話をしていた。
9話では、吉之助の人生を規定した、この負傷にまつわる思い出が蘇る。
いろいろ番組宣伝にも工夫している「西郷どん」、いよいよ江戸へ。
斉彬(渡辺謙)のお供で江戸へと向かう吉之助。
道中、休憩中、斉彬は、もぐもぐとさつまいもを食べている。休憩中だから、食事かおやつを摂取することにはリアリティーがある。それこそ「小腹がすいた」のであろう。
やってもやらなくてもいいようなことをあえてやることで、斉彬が印象に残る。悪目立ちではなく、意味のあるオリジナルの動きをすることは、俳優にとって大事なことだ。渡辺謙、はなをかんだり、芋をくったり、芸が細かい。
斉彬一行は、薩摩を立って45日後、通常の行程よりも6日も早く江戸につくという余裕を見せる。
ドラマの最後のお決まりだった「西郷どん チェスト きばれ」のナレーション(西田敏行)が、しょっぱなから発されて、勇ましきタイトルバックがはじまる。
だが、快調に江戸編が幕開けと思ったら、薩摩藩上屋敷で吉之助はただの「38番」と呼ばれ、薩摩武士は、酒癖、女癖がわるいと悪名が高いためと厳しく管理されていた。斉彬にお目通りすることもかなわない。
唯一マシそうなのが、生活する部屋。薩摩の貧しい実家よりも良い感じだった。
開国か攘夷か
黒船がまた来て、幕府は下田、函館の2港を開いた。
水戸の徳川斉昭(伊武雅刀)は攘夷派、井伊直弼(佐野史郎)は開国派。互いに角突き合わす。
家定(又吉直樹)に判断を仰ごうとすると、落ちた豆を拾ってぽりぽりかじるという謎の行動をして、皆は呆気にとられる。冒頭の斉彬に続き、ここでも、何か食べている人の姿が描かれた。
評議は一気に開国に。だが、無策のままで開国するのは危険と、斉彬は、まつりごとを改るため、例の件(篤姫を嫁に出すことだろう)を急ぐ。
明るくて真っ直ぐな設定の篤姫(北川景子)が出てくると、画面がはなやぐ。
例の計画が急がれているとはつゆ知らず、篤姫は、吉之助に逢いたくてしょうがない。
彼を表すとき「こんなに太くて」と手を広げるが、鈴木亮平の吉之助はいまのとこ、そんなに太くはないと思う。でも再放送中の朝ドラ「花子とアン」(14年)に出演している鈴木亮平は若いこともあるが、もっと痩せている。
ヒー様登場
「こんなに太くて」と篤姫に言われている吉之助は、はじめての品川の宿場で、謎のお金持ちの旦那・ヒー様(松田翔太)に、牛の似顔絵を描かれることに。
ヒー様に会う前にはもうワンクッションある。
「小腹がすきました」に出ていた高橋光臣(有村俊斎役)と、「アンナチュラル」(TBS 金曜よる10時)であやしいブラックジャーナリストを演じている北村有起哉(大村格之助役)とつるんで、品川の、女性が酌をしてくれる店へと繰り出すと、2話に登場したふき(およし〈最近、サッカー選手槙野智章と結婚して話題になった高梨臨〉)と再会。
すっかり見違えて、大人の女性になったふきは、薩摩、下関、京都、江戸と流れ流れて身請けの話があると顔を輝かせる。生家は貧しかったため売られていった少女がたくましく生き抜いて来たことは尊いが、宿場を流れ流れて水商売をし続ける生活は苦悩もあったことだろう。だが、ドラマはそこには触れない。
流浪のすえ、彼女がついに出会った最強のご贔屓が、ヒー様。粋でいなせな江戸っ子を絵に描いたような人物。顔よし、金よし、申し分ない。
そして、絵もうまい。
「でかい男だな」と吉之助の似顔絵を牛として描き、「こいつは一生貧乏で終わる」「あいつは嘘のつけない目をしている」と予言する。
「ヒー様がお金もちなのは嘘つきだから?」とふきのツッコミはスルーして、ケンカを吉之助たちに任せると、軽妙な音楽に乗って、どこぞへ去っていくヒー様。
ヒー様の設定が、「遠山の金さん」や「水戸黄門」のような偉い人が庶民に扮して世直しする物語の主人公ふう。
長らく忘れられていた吉之助
世話物路線はエンタメ要素が濃くて楽しめる。伊武雅刀と佐野史郎も娯楽ドラマの曲者キャラとしてもお馴染みで、渡辺謙、伊武雅刀、佐野史郎が集まると、日曜劇場的な男の戦いのドラマができそうだ。
大きな盛り上がりを前に、9話では、いま一度、吉之助と斉彬の関係のおさらいが行われる。
品川宿で大暴れした吉之助が、おつとめの初日早々門限やぶりをして、罰として掃除をさせられていると、
そのまま、斉彬のお庭方になる。「直虎」の草履番といい、まずは下働きから。
そこからの展開は早く、斉彬に、徳川斉昭への手紙を届けるように言い渡される。
そこで、「そなたの命、わたしに預けてくれ」と斉彬に言われた吉之助は、自分の右腕が使えず剣が振るえないこと、そのことで絶望していたとき、斉彬に会って、生きる希望を得た話をする。
斉彬は、ようやく、吉之助のことを「あのときのやっせんぼ」と思い出す。
いま頃・・・と思うが、ここで思い出すことで、もう一回初心に戻す。長いドラマの場合、こうして、おりにつけ、そもそもの設定を振り返ることも大事だ。
斉彬は、吉之助の庭方の仕事は、いつでも斉彬の傍にいて、手となり足となることだと。秘密を守れないときはこれを使えと、おそろしく責任の思い太刀を吉之助に授ける。
ただし、「なんでもかんでも命をかけるな。命はひとつじゃ」と言う。
とても感動的な場面のあと、吉之助は、江戸の水戸屋敷に向かう。
だが、その地図が書かれた紙は、ヒー様の書いてくれた似顔絵の裏紙だという、おもしろ展開。
斉昭はでかでかと「尊攘」という書が飾られた部屋で、斉彬からの書状を破って捨ててしまうが、和親条約を結んだ幕府の悪口が書いてあるからだと言う。
なぜ、斉彬が斉昭に幕府の悪口を伝えるかというと、紀尾井坂御三家(紀州徳川、尾張徳川、水戸徳川)の集まる紀尾井坂の「井」は井伊家の「井」で、「水」でない。
そこにヒー様(一橋慶喜)がやって来た。それは水戸家が徳川から煙たがられている証拠と言い、斉彬は幕府を倒そうと思っているんじゃないかと不穏な発言をしたり、「父上の申すことうかうかと鵜呑みにしてはならんぞ」と真意のわからないことも吉之助に言ったり、飄々としている。
そこで似顔絵が見せるが知らん顔のヒー様に戸惑う吉之助。吉之助は恋愛以外でも鈍いようだ。
似顔絵の裏の地図には「紀尾井坂」が書いてあり、裏も表も何かと役に立った。
歴史的な出来事が主で、その出来事のために登場人物が存在し、機能する物語よりも、登場人物の個性が色濃く描かれていったほうが、最終的には盛り上がっていくと思う。「西郷どん」にはその芽を感じる。
(木俣冬)